天皇記『サホビメの決意』

サホビメの決意

サホビメの決意

サホビメは居ても立っても居られず、気づけば裏口から皇居を抜け出し全速力で実家に向かって走っていた。

サホビメ

サホビメ

このままじゃお兄ちゃんが殺されちゃう。早く知らせなくちゃ ・ ・ ・

しかし実家の城に着くと、すでに稲穂を積み上げた即席の砦が作られ、兵が慌ただしく行き来していた。サホビコは朝廷にスパイを送り込んでおり、いち早く情報を手に入れていたのだ。

そんな中、城に入るとすぐにサホビコが迎えに来る。

サホビコ

サホビコ

サホビメ!よかった、無事だったか。

サホビメ

サホビメ

お兄ちゃん!!

安心したサホビメは思わずサホビコに飛びつく。

サホビコ

サホビコ

でも、お前・ ・ ・ 何でしくじったんだよ。あいつのこと、散々嫌いだって言ってたじゃないか。

サホビメ

サホビメ

あの・ ・ ・ ごめんなさい・ ・ ・ ・ ・ ・

サホビコ

サホビコ

はぁ、お前が殺ってくれれば簡単に天下が取れると思ったのに・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

ごめんなさい ・ ・ ・

サホビメの沈んだ顔に、サホビコもため息を漏らす。

サホビコ

サホビコ

はぁ ・ ・ ・ いや、ごめん。いいよ。人殺しなんて頼んだ俺も悪かった。

サホビコ

サホビコ

とにかく、戦の準備だ。

サホビメ

サホビメ

ごめんなさい、お兄ちゃん・ ・ ・ さほも・ ・ ・ ・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

ぅっ・ ・ ・

サホビコが戦の準備に向かおうと離れた瞬間、サホビメは急にふらつき、その場にへたりこんでしまう。

サホビコ

サホビコ

おぃ、大丈夫か?

サホビメ

サホビメ

うぅ・ ・ ・ きもちわるい ・ ・ ・ ・

急に走ったせいで、つわりがヒドくて吐きそうだ。

サホビコ

サホビコ

ってお前、まさか・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

お兄ちゃん ・ ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・

サホビメは何度も謝るものの、自分が垂仁の子を身籠っていることをサホビコに言えなかった。

サホビコ

サホビコ

はぁ ・ ・ ・ まったく。お前は本当、バカだな。妊娠してんなら言えよ。

そうは言っても、バレバレのようだが。もう、いろんな罪悪感で心が押しつぶされそうだ。

サホビメ

サホビメ

ごめんなさい ・ ・ ・

サホビコ

サホビコ

今からでもアイツんとこ戻った方がいい。

サホビメ

サホビメ

えっ!?

その言葉に、サホビメは目を見開いた。だって、自分の失敗で兄が窮地きゅうちに追い込まれているというのに、その自分だけが戻るわけにはいかない。

サホビメ

サホビメ

嫌だ!さほ、お兄ちゃんと一緒にいるっ!!

サホビコ

サホビコ

つっても、戦になったら、どーせ勝てないから。お前と子供まで死ななくたって ・ ・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

さほ、お兄ちゃんに死んで欲しくないっ!!

サホビコ

サホビコ

そう言われてもな ・ ・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

さほがなんとかするからっ!!さほが垂仁にお願いすればきっと大丈夫だから!!

サホビコ

サホビコ

うぅん ・ ・ ・ ・

サホビコは困ったような顔で、しばらく黙りこくる。

サホビコ

サホビコ

・ ・ ・ ・ ありがとう。でも、俺、この戦いから逃げる気ないから。

サホビメ

サホビメ

え?でもっ ・ ・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

わっ!

サホビコは急にサホビメを抱きかかえて寝室に移動する。

サホビメ

サホビメ

・ ・ ・ ・

サホビコ

サホビコ

とにかく今はココでゆっくり休んでろ。

城の外が急に慌ただしくなる。垂仁の率いた軍が着いたのだ。

サホビコ

サホビコ

大丈夫。垂仁のヤローは返り討ちにしてやるよ。兄ちゃん、お前が思ってるよりも強いんだから!

サホビメ

サホビメ

お兄ちゃん ・ ・ ・ ・

サホビコ

サホビコ

危なくなってもサホビメだけは逃げれるようになんとかするから ・ ・ ・

サホビコ

サホビコ

だから、ちゃんと大人しくしてるんだぞっ!

そう言うと、サホビコは軍の元へ向かってしまう。

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部屋に一人ポツンと残されてしまったサホビメは、いたたまれない気持ちで布団にくるまった。

サホビメ

サホビメ

あぁっ!!さほは何をやってるのっ!!!

さほはバカなのっ!?バカはさほなのっ!?バカさほバカっ!!!

ちょっとした浮気心が、ここまで大きな事態になるなんて、思いもしなかった。

サホビメ

サホビメ

最初からお兄ちゃんが垂仁に勝てないこと分かってたのに。

あのとき、さほが引き受けなければ、お兄ちゃんは謀反むほんなんて起こさなかったのに!

サホビメ

サホビメ

ぜんぶぜんぶ、悪いのはさほじゃないっ!!!

サホビメ

サホビメ

お兄ちゃんが言った通り、帰れば垂仁はさほのこと許してくれるだろうけど ・ ・ ・

サホビメ

サホビメ

さほだけ助かるなんて絶対に無理っ!!!

サホビメはくるまっていた布団をバサッと払いのける。

サホビメ

サホビメ

やっぱり、お兄ちゃんを助けるためには、垂仁にお願いするしかない。

サホビメ

サホビメ

それでももし、お兄ちゃんの命が助からなかったら ・ ・ ・ ・ さほも一緒に死のう。

そして、人知れず固い固い決意をした。

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廊下ではバタバタと人が行き交い、外からはザワザワとうごめく音が聞こえてくる。サホビメはじっとしていることができず、重い体を起こすと高見台に登った。

サホビメ

サホビメ

垂仁っ!!すいにーん!!やめてー!!軍を止めてー!!

サホビコ

サホビコ

えっ!?お前、何やってんだよ!?

高見台の下から兄に止められたが、なりふり構わず叫び続ける。

サホビメ

サホビメ

ねぇー!!すいにーん!!軍を止めてー!!

サホビコ

サホビコ

はぁ ・ ・ ・ あのバカ。謀反起こしておいて助けてとか、俺がカッコ悪すぎだろ。

しかし、そんなサホビメの姿を見た垂仁の軍には戸惑いが広がっていた。

そりゃそうだ。だって、さっきまで皇居にいた天皇の妻が、敵地で必死に手を振っているのだ。

垂仁も思わず取り乱す。

垂仁天皇

垂仁天皇

はぁっ?なんでだよっ!あいつ妊婦のくせにココまで走ってきたってこと??

垂仁天皇

垂仁天皇

あぁーもぅ、意味わからんっ!!

こんな状況で、垂仁が攻撃できる訳も無かった。

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それからというもの、垂仁は何度も何度も城に遣いを送り、サホビメの説得を試みた。しかし彼女は頑なに城から出てこようとしない。

サホビメ

サホビメ

軍を引いてくれたら、さほも戻ってあげる。

家臣

家臣

・ ・ ・ ・ ・ ・ とのことで ・ ・ ・

と、遣いが垂仁に伝言をする。

垂仁天皇

垂仁天皇

はぁ?? ・ ・ ・ あの子、何言ってるの?バカなの?ピュアなの?なんでそんなに可愛いの??

垂仁天皇

垂仁天皇

謀反人を放っとけるわけないじゃんか ・ ・ ・

結局、何ヶ月もの間、垂仁は城を攻めることができず、サホビメは出産まで終えてしてしまった。

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それからもしばらく垂仁の軍は何もできずにただただ待機をしていた。

しかしある日、急に城の門が開き、サホビメが赤子を抱いて外に出てきたではないか。

サホビメ

サホビメ

・ ・ ・ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

さほ ・ ・ ・ !

垂仁天皇

垂仁天皇

さほだっ!!出てきてくれたっ!!

垂仁は、彼女の姿を見ると陣から飛び出し彼女から見えるところまで走る。

家臣

家臣

陛下っ!お待ちくださいっっ!!

家臣たちが敵の射程範囲に入らないよう慌てて彼を止める。しかし、サホビメはこちらまでは歩いてこず、途中で止まると、赤子を地面に置いてしまった。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ さほ?

サホビメ

サホビメ

垂仁っ!!この子があなたの子供だって信じてくれるなら、引き取って育ててほしいのっ!!

彼女がこちらに向かって叫ぶ。垂仁も声を大きくしてそれに答える。

垂仁天皇

垂仁天皇

何言ってんの?信じないわけないじゃんか!

サホビメ

サホビメ

なら軍を引いて。

垂仁天皇

垂仁天皇

それとこれとは話が違うだろ。サホビコのことは許せないよ。

垂仁天皇

垂仁天皇

でも、さほへの気持ちは変わってない。恨めるわけないだろ?戻ってきてくれよ!!

垂仁が願うように訴え掛けたが、彼女は頑なにその場から動かずにこちらを見据えた。

サホビメ

サホビメ

・ ・ ・ さほは戻らない。早くどうするか決めて。

垂仁天皇

垂仁天皇

さほ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

わかったよ。その子を迎えに行かせるから。ちょっと待ってて。

垂仁は、これが彼女の命を救える最後のチャンスだと思った。

垂仁天皇

垂仁天皇

オレの私情でこれ以上、国の仕事をなおざりにできないし ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

ここまで付き合ってくれたみんなのためにも、そろそろ本気でケリを着けなくちゃ。

こんなに何ヶ月も国の仕事を放置していれば、他の人が謀反を起こして見放されたって仕方ないのに、なんだかんだ文句を言いながらも、みんなで国の政をサポートしてくれていた。

垂仁天皇

垂仁天皇

もうこれ以上、オレのワガママで国を放っておくわけにはいかない。

垂仁は子供の引き取りに、俊敏な動きができる力自慢の兵を用意すると、指示を出す。

垂仁天皇

垂仁天皇

子供を連れ戻す時、必ずサホビメも連れて帰ってくるんだ。力づくでもいい。

そして、この作戦の結果がどうであれ、この日のうちに攻め入ることを誓った。

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こうして垂仁に送り込まれた兵は、ゆっくりと赤子のところへ向かった。

サホビメ

サホビメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

サホビメは少し離れたところからわが子を名残惜しそうに見つめている。これなら簡単に捕まえられそうだ。

垂仁も遠くから心配そうに様子を見守る。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

兵はサホビメの目の前まで足を進めると、そっと赤子を抱きかかえ、そのまま彼女を捕らえようとバッと手を伸ばして髪に掴みかかった。

 

しかし、その髪は思ったよりもずっと軽く、するりと彼女の頭から落ちてしまう。

 

サホビメ

サホビメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

『えっっ!?』

 

兵は、ショートヘアーになったサホビメに驚き、固まった。

そのスキに彼女は城へと走る。兵が慌てて手を握ると、ブレスレットの糸が切れ、服を掴むとボロボロと破れてしまう。訳がわからず混乱しているうちに、サホビメはさっさと城の中へと逃げ帰ってしまった。

サホビメ

サホビメ

垂仁が考えることくらい、さほはお見通しなんだから!

彼女は垂仁なら絶対に自分を連れ戻そうとするだろうと考え、自分の髪を切って、その髪でカツラを作り、ブレスレットの糸と服の布は腐らせ、掴めば崩れるようにしておいたのだ。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ うそだろ?

この様子を見ていた垂仁は、絶望的な表情を浮かべて固まった。

 

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