天皇記『ヒバスヒメ』

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

家臣

家臣

陛下 ・ ・ ・ 皇后様をお連れしようとしましたが、髪を掴むと外れ、着物は破れ、腕飾りも切れてしまいまして ・ ・ ・

御子様だけをお連れしました。

母親から引き離された赤子が『オギャーオギャー』と大音量で泣いている。垂仁はうつむいて頭を抱えたまま報告を聞いていた。

垂仁天皇

垂仁天皇

嘘だろ ・ ・ ・ あの綺麗な髪を切ったのかよ ・ ・ ・ ・ ・

家臣

家臣

申し訳ございませんでした!!

垂仁天皇

垂仁天皇

あーくそ ・ ・ ・ どうすりゃいいんだよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

垂仁は出陣を決めていたにも関わらず、いざその時となると、『やれ。』というたった一言の指示を口に出せない。

垂仁天皇

垂仁天皇

はぁ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

ごめん。もう一回だけ遣いを送って、彼女にこの子の名をどうしたらいいか聞いてきてくれ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

子供の名前は母親が必ず決めるものだろ?

家臣

家臣

・ ・ ・ ・ ・ ・ はい。

垂仁は少しでも時間を稼いで、サホビメを連れ戻すチャンスを作りたかった。

しかし、彼の思いとは裏腹に、遣いはすぐ帰ってきてしまう。

家臣

家臣

御子様は、城が焼かれる時に生まれたので、ホムチワケにしろと ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

うわぁ ・ ・ ・ あの子、何でココでそんな重い名前ぶっ込んでくるかな ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

いや、そうなんだけど、そうじゃなくてさ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

母親の君がいなきゃ育てらんないって意味だよ。そう伝えてくれっ!!

家臣

家臣

は ・ ・ ・ はいっ!

しかし、遣いはすぐにまた帰ってくる。

家臣

家臣

乳母をつけろと ・ ・ ・ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ っんあぁっっ!!違うううう!!!

家臣

家臣

ごっ、ごめんなさいっ!!

垂仁天皇

垂仁天皇

もういい!!オレが行くっっ!!!

家臣

家臣

はぁっ!?ダメですよ陛下っ!!お待ちくださいっっ!!!

垂仁は家臣が止めるのを払いのけ、城の方にズカズカと歩いていく。

もう敵の矢の射程範囲内だ。兵たちは必死に垂仁を押し戻そうとし、自分を盾にする者までいる。垂仁はそんな彼らに構わず、大声で叫び出した。

 

垂仁天皇

垂仁天皇

さほおおぉぉぉっっっっっ!!!!!!

 

垂仁天皇

垂仁天皇

オレのっっ ・ ・ ・ ・ ・

 

垂仁天皇

垂仁天皇

オレの緒紐おひもはどうしてくれるんだあぁぁっっ!!!!

 

緊張感に包まれていた戦場の空気が一瞬にして凍りつく。

 

ん?緒紐?あの人、緒紐って言った??

 

もちろん緒紐おひもの意味なんてわからないであろう現代っ子のために説明を加えておくと、エッチした後に『次まで君と以外しないからねっ♥』っていう約束のためにお互い結び合う紐のことだ。

 

敵も味方も同様に、『この人、やっちまったぁぁ ・ ・ ・ !!』と衝撃が走る。

 

しかしそんな中、サホビメは垂仁のアホみたいなセリフに一人、ボロボロと涙を流していた。

サホビメ

サホビメ

緒紐ってなによ。ばっかじゃないの??さほ以外にもいっぱいお嫁さんいるくせに ・ ・ ・

本当のところ、彼女は垂仁の遣いが来る度に心が揺らいでいた。

サホビメ

サホビメ

でももう、戻れないよ ・ ・ ・ さほに戻る資格がないことくらい、垂仁だってわかってるでしょう??

そう言って、これまで必死に自分を言い聞かせて来たのに、今になって本人が出てくるなんて卑怯だ。

サホビメ

サホビメ

だいたいあの人、何で天皇のくせにしゃしゃり出てんの?心折れちゃうじゃない。

今も外から垂仁が自分を呼ぶ声が聞こえてくる。

サホビメ

サホビメ

さほ、わかってるもん。

垂仁は今になってさほが戻ったって

サホビメ

サホビメ

怒らないでぎゅってして、「よかった」って言って泣いてくれるんだ。

サホビメの心がまた揺らぐ。

サホビメ

サホビメ

あぁ!!ダメだダメだ!!甘えちゃダメだ!!

サホビメ

サホビメ

垂仁のところには戻れない。お兄ちゃんのこと見捨てるなんて絶対にダメっ!!!

サホビメはうずくまり、耳を塞いだ。それなのに、垂仁の呼びかけは尚も続いている。

サホビメ

サホビメ

垂仁のばか。さっさと殺してくれればいいのに。

そんな彼女を見兼ねて、サホビコが口を開く。

サホビコ

サホビコ

・ ・ ・ ・ 今からでも、あいつんとこに戻ったらどうだ?

その声を聞いたサホビメは、思いっきり兄に抱きついた。

サホビメ

サホビメ

やだ!!さほはお兄ちゃんと一緒に死ぬのっ!!!

サホビコ

サホビコ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

我ながら最低だと思いつつも、サホビコにくっついていないと、門の外に出てしまいそうだ。

サホビコ

サホビコ

わかったよ ・ ・ ・ ・ ありがとな。

兄はそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、優しく抱きしめた。

一方、垂仁の声はまだ響いている。

垂仁天皇

垂仁天皇

君は鬼かっ!!君が結んだんじゃないかっ!!

君以外に誰が解くんだよっ!!

垂仁天皇

垂仁天皇

っつーか、この紐、何ヶ月結びっ放しだと思ってんだっ!!

垂仁天皇

垂仁天皇

臭せぇーんだよバカあぁぁ!!!

 

『『バカはお前だあぁぁ!!!』』

 

その場にいた垂仁の兵は心を一つにして、彼を担いで陣まで運んでいく。しかし、そんな中でも垂仁は手足をバタつかせ必死に声を上げた。

垂仁天皇

垂仁天皇

嫌 ・ ・ ・ 嫌だっ!!さほっ!!出て来てくれよっ!!

垂仁天皇

垂仁天皇

本気で死ぬ気なのか!?泣き虫のくせにっ!怖がりのくせに!!

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ なぁ!!聞いてんだろっ!?

垂仁天皇

垂仁天皇

オレにっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ オレに君を殺させるつもりかっ!?

垂仁天皇

垂仁天皇

オイ!!答えろよ、さほっっ!!ふざけんなあぁぁー!!!!

垂仁は最後まで必死に訴えかけたが、彼女は出て来てくれなかった。

しばらくすると遣いが来て、『丹波に住むヒバスヒメとオトヒメに緒紐を解かせるように』との伝言が伝えられた。

・ ・ ・ と言っても別にそんなことは垂仁にとってはどうでも良かった。

垂仁は天を仰ぎ、しばらく黙りこくると、静かに、諦めたように口を開く。

 

垂仁天皇

垂仁天皇

ごめん ・ ・ ・ みんな、ありがと。もぉ、大丈夫。

 

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ やってくれ。

 

この指示で軍は速やかにサホビコの城を制圧してしまう。

今までの何ヶ月間が嘘のようにあっという間の出来事だった。そしてその日のうちに、燃え上がった城の中でサホビメが身を投げ自害したとの報告があった。

垂仁天皇

垂仁天皇

そぅ。ご苦労様。

と、垂仁は何でもない様子だったが、報告を終えるとみんなすぐに席を外す。しばらくすると部屋の中から、しゃくり上げながらサホビメの名前を呼ぶ声が漏れてきた。

彼が大丈夫じゃないことくらい、誰もがわかっていた。

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サホビメが亡くなってからすぐに垂仁は仕事に復帰した。

が、しかし。

垂仁天皇

垂仁天皇

大丈夫大丈夫~

とか言いながら仕事机にはついているものの、ぶっちゃけ全然使い物にならない。今、謀反を起こせば子供でも天下が取れるだろう。

見兼ねた家臣たちは、サホビメが後任に指名した、丹波のヒバスヒメとオトヒメを宮殿に呼ぶことにした。

すると喜んだ丹波の父親は、4人の娘全てを差し出して来た。家臣もこれで垂仁も少しは気が晴れるだろうと喜んだ。

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そして面会の日 ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

あれ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何で4人もいるの?

垂仁の物腰は柔らかいものの、どこか感情を感じさせない冷たい印象だった。彼の質問に長女のヒバスヒメが受け応えをする。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

丹波の娘は4人姉妹でございます。皆で陛下にお仕え致します。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ヒバスヒメとオトヒメはどの子?

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

はい、私がヒバスヒメ。彼女がオトヒメでございます。

垂仁天皇

垂仁天皇

そ。それじゃあ、後の2人は帰っていいよ。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

えっ? ・ ・ ・ しかし ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

ブスはいらないって言ったんだ。帰ってもらえるかな。

垂仁は冷たく言い放つと、そのまま部屋に戻ってしまう。

ニニギの名言再び!!

と言いたいところだが、別に彼女たちはブスなわけでもなく、垂仁の発言はただの八つ当たりに近かった。

しかし、姉妹の中で自分たちだけ返されるなんて恥だと考えた彼女たちは、帰りの道中で身を投げてしまう。

垂仁天皇

垂仁天皇

え?あの子たち、自殺しちゃったの。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ そう。

もちろん朝廷にもその話は届いたが、垂仁は彼女たちを可哀想だと思えなかった。

line

そんな事件の直後、垂仁の緒紐を姉のヒバスヒメが解くことになった。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

平常心 ・ ・ ・ 平常心 ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメはとても緊張していた。そりゃそうだ。だって、相手は妹たちが死んでも顔色ひとつ変え無かった人だ。何をされるか分かったもんじゃない。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

この人 ・ ・ ・ ・ 何考えてんだろ。怖い。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

でも、ここまできたら、やるしかないっ!

ベッドの上で垂仁と2人きりになったヒバスヒメは覚悟を決めて、そっと緒紐を解いた。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

はぁ ・ ・ ・ ・ 緊張する。

そしてその紐を彼の横に置く。すると、その上にポタポタと雫が落ちてきた。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

えっ?

不思議に思い、ふと彼の顔を見上げる。

垂仁天皇

垂仁天皇

っ ・ ・ ・ っっごめ ・ ・ ・ ・

垂仁の涙だ。一瞬だけ目が合ったが、彼は言葉を詰まらせてすぐに下を向いてしまう。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ごめんっ ・ ・ ・

そしてそのまま泣き出してしまった。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

どうしたらいいのか分からず、ヒバスヒメからは言葉が出てこない。垂仁が親に捨てられた子どもみたいに泣きつづけるので、困り果てたヒバスヒメは彼を抱きしめた。

垂仁天皇

垂仁天皇

別に ・ ・ ・ ・ ・ っっオレのとこに戻って来なくたって良かったんだ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

生きてさえ ・ ・ ・ いてくれれば ・ ・ ・ ・ ・ それでっ ・ ・ ・

ヒバスヒメは黙ったままうなずき、垂仁のことをぎゅっと包み込む。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼は何かの糸が切れたかのように泣きじゃくった。

垂仁天皇

垂仁天皇

おれ、さほと初めて会った時さっ ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

えっ?

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

どうしよう。この人、初夜なのに、前の女の話するつもり??

そして、垂仁はサホビメの萌えポイントについて延々と語り出す。

垂仁天皇

垂仁天皇

そんでっ ・ ・ ・ そんとき、頭コツンってやって笑ったのが、めっちゃ可愛くて ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

うわー。聞いてるだけで胸くそ悪くなるほどのぶりっ子。

垂仁天皇

垂仁天皇

さほってば、そこでコケちゃって ・ ・ ・ おっちょこちょいでしょ?放っとけなくて、だから ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

いや、それ絶対わざとでしょう ・ ・ ・ 男の人って、何でそーゆうのわからないのかしら。

ヒバスヒメは黙ったまま前の女の話を聞き続ける。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ そしたら、さほも偶然 ・ ・ それで、おれ、ちょー嬉しくて ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

うわ、計算高っ!!

垂仁天皇

垂仁天皇

あんとき、絶対、運命だと思ったのに ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

はぁ ・ ・ ・ ・ これじゃあ、騙されちゃうわ。

垂仁天皇

垂仁天皇

さほぉ ・ ・ ・ ひっく ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

なるほどね。サホビメさんが自分の後任に、お固い私を選んだのはそう言うことか。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 嫌な女。

しばらくして垂仁が落ち着くと、ヒバスヒメは新しい緒紐を結んでやった。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

はい、できましたよ。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

こっちのは、捨てておきますね。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ うん。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

焼却処分して跡形も無く消し去ってやる。

垂仁天皇

垂仁天皇

付き合わせちゃって、ごめん ・ ・ ・ ・ 疲れちゃったね。

垂仁は泣き疲れたのか、そのままゴロンとして、安心したようにすやすやと寝てしまう。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

えっ?もう寝ちゃったんですか??

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

はぁ。まったく ・ ・ ・ 子供みたい。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

安心してくださいね、私はあなたのことを裏切るようなことはしませんから。

ヒバスヒメは起こさないように小さな声でつぶやき、彼の頭をそっと撫でる。すると、寝ていると思っていた垂仁がぽつりと言葉を発した。

垂仁天皇

垂仁天皇

・ ・ ・ ありがと。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

起きてらしたんですか?

垂仁天皇

垂仁天皇

うん ・ ・ ・ ・ ・ ・ その ・ ・ ・ 妹さんたちのこと謝ってなかったと思って。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

あぁ ・ ・ ・

垂仁天皇

垂仁天皇

ごめんね。

決してゴメンで済むような話しではないのだが、今さら垂仁を憎む気にもなれない。

ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

いいんです。

ヒバスヒメは、それだけ言って小さくうなずいた。

この日はヒバスヒメの勝負下着も無駄になり、残念な思い出となってしまった初夜だったが、それ以来、垂仁は彼女の前で一度もサホビメの話しを出すことはなかった。

垂仁天皇

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