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垂仁天皇陵と田道間守

投稿日:2022/06/05 最終編集日:2022/06/03

こんにちは、ひこなんです。方向音痴&インドア派なので「お出かけ」に縁遠い人生を送っていましたが、古事記がきっかけでぼっち旅をするようになりました。古事記、というか一番最初は「神様の御用人」という本を読んで、そこに出てくる神様がいる神社を見てみたい!あの場面のあの場所を私も見たい~というものすごくミーハーな動機ですが。今はマップアプリもあるし方向音痴に優しい世の中になっていますから、全国各地の方向音痴のみさんもぜひ、お出かけしてみましょう。

平成が令和になるという歴史的大イベントで盛り上がっていた2019年4月末、ついに憧れの奈良に行くことにしました。
なんせ昭和に生まれて改元を2度も体験するなんて貴重すぎるし、202年ぶりに上皇陛下も誕生するということで、ウキウキです。
奈良ってお寺も神社もありすぎて一体どこから行ったらいいのやら、と迷うところですがまずは垂仁天皇に会いに行こう!と決定。そうそう、「神様の御用人」第3巻第4柱にも登場する、垂仁天皇陵です。

垂仁天皇陵&田道間守の橘(泣)


尼ケ辻駅から徒歩5分くらいで垂仁天皇陵にたどり着けます。

垂仁天皇陵
垂仁天皇陵

駅から出たら基本マップアプリに頼りっきり、が正解ではありますが、駐車場っぽいところを抜けて、民家の並ぶ道を通ります。「陵」だから背が高い建物でもなく、駅からも全然見えないし不安がよぎるころ、右手になんだかこんもりもりもりしたものが。そう、このもりもりしたものが垂仁天皇陵です。
でかい~~。陵だからね、そりゃ当たり前なんだけど、でかい~~。
上からドローンで見られれば前方後円墳になってるそうです。

垂仁天皇陵の鳥居にたどり着くちょっと前に、松が植えられている道があります。

松の道
松の道

これ、「神様の御用人」第3巻第4柱で良彦くんが垂仁天皇に会うために通った道だよ~。私もついに来たわよ~スイニンちゃん、ということであっちをウロウロこっちをウロウロしました。
途中、20代くらいの二人連れが通って「墓だろ、墓」と言っていましたが気にせずウロウロ。墓だよ、墓。

垂仁天皇は第11代の天皇で、みんな大好きヤマトタケルのパパ(=景行天皇)のさらにパパ、です、たぶん。
ヤマトタケルさんについては神様の御用人にもちょっとアレなお姿で登場しましたが、「ラノベ古事記第3弾」にも登場するようなので楽しみですねー。
「ラノベ古事記第2弾」ではかわいらしく書かれている垂仁天皇ですが、奥さんに殺されそうになったり、そのくせ殺される寸前の奥さんに最後まで「このあとオレどうしたらいいのお?」とお尋ねしたりと、本によっては残念な紹介のされかたをされることもあるんです。
そして私の中の印象だと、殉死をやめさせたステキな人、だったのですがどうやらこれは妄想だったらしい・・。

日本書紀では、殉死があったとも取れる記述があるそうですが、実際には殉死の風習はなかったそうです。
垂仁の弟のヤマトヒコが亡くなった時に殉死を採用して、その様子を見た垂仁が殉死を禁止した、というのが史実みたいです。
あぁ妄想って、こわいね。

エライ人が死ぬとお墓に埋葬するんだけど、その時側近も一緒に生き埋めにしちゃうっていうこの「殉死」。
かわいそうだわぁ。ホラー映画だわぁ。絶対いやだわぁ。
エライ人ってたいてい側近「が」優秀だったりするじゃないですか。側近の生き埋めは才能の皆殺し、未来の日本が地獄まっしぐらだよねぇ。というわけで、垂仁天皇がどう思って実行したのか実際のところはきっと誰にもわからないんだろうけど、生殺し・・もとい殉死はやめて代わりに人形(=たぶん埴輪)を入れることにしたみたいですよ。みんなよかったねー。ニッポンばんざい。

「神様の御用人」に登場したタジマモリのお墓がここに

さらに、私が垂仁天皇陵に行きたかったのにはもうひとつ理由があったのです。


「神様の御用人」にタジマモリ(田道間守)というかわいい神様がでてくるんだけど、田道間守さんが命を懸けて尽くしたご主人様が垂仁天皇だったのです(「神様の御用人」第3巻第4柱「橘の約束」)。

田道間守さんは垂仁天皇のために不老不死の果実(=トキジクノカクノコノミ=橘=今で言うとみかんみたいなイメージ)を採りにお隣の国に舟でゆさゆさ行くんですよ(舟はエンジンついてない頼りないやつね)。
で、10年かけてウキウキと実を持ち帰ってみたら、実をあげたかった当の垂仁天皇は亡くなっていた、と。
そしてあまりの悲しさに泣き叫んで絶命した、というような記述が古事記にあるんです。

絶命したという部分を自殺した、ととらえる人もいるし、悲しすぎて泣きすぎて亡くなってしまった、ととらえる人もいるようですがいずれにしても私も泣く~。田道間守さん頑張ったのに悲しすぎるよね。スイニンちゃんそこはもうちょっと長生きしておいてくれよ(号泣)。

そんな、田道間守さんを悲しむ人が多いのか、垂仁天皇陵の横の小さい島が田道間守さんのお墓だと言われています。
ご主人様の横にお墓作ってくれるなんて、泣けるわー。かたや天皇だし。田道間守さんとしては畏れ多いのかな。それとも嬉しいのかな。本人にインタビューしてみたいところです。

垂仁天皇陵が見えるところに、田道間守さんの橘の木を増やそうと活動している人がいるようで橘の木が育てられています。

橘の木
橘の木
橘の木についての看板
橘の木についての看板

そんな活動すら泣ける。私も植えたい。なんなら埋まりたい。いや、生き埋めはいやだ。
ここ、ベンチがあって座れるので私はしばし座って橘の木を堪能しました。
はぁ~田道間守さんがいたら一緒に見たいよねー。ここからスイニンさんのお墓も見えるしねー。ほらほら~こんなに橘の木あるよ?!もぅ長生きしまくっちゃうよねー。そうそう、田道間守さんミカン大好き星人みたいに思われてるけど(誰に??)、ミカンが好きなわけじゃないのに大丈夫ぅ?。そもそもミカンを知らんよな?とかなんとか私の中で妄想会話が繰り広げられました。


ちなみにすぐそばに電車の線路が通っておりますので、妄想会話はほどほどに。みんなに見られるぞ。

「お菓子の神様」になったタジマモリ

この田道間守さんですが、橘の木を持ち帰った、という行動が後世の人のどんな思考パターンを辿ったのか「お菓子の神様」と解釈されるようになったらしく「菓祖神田道間守」という石碑も近くに立ってます。

お菓子の神様としての石碑
お菓子の神様としての石碑

兵庫県豊岡市に中嶋神社という神社があってご祭神が田道間守さんなのでいつか行ってみたいなー。
中嶋神社では思いっきり「お菓子の神様」として祀られています。大丈夫かしら、田道間守さま・・。たぶんお菓子のことは頼まれてもよくわからないんじゃないかと。生きていたら相談に乗りたい。そしてお菓子をいっぱい紹介したい。

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Writer ひこなん

畏れ多くも少彦名命から名前をとりました。薬草もわからず道も国も作れないけど温泉に入るのは大好きです。

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