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「サホヒコ王の反乱」をテーマにした幻の少女小説、「銀の海 金の大地」が面白い

投稿日:2022/08/25 最終編集日:2022/08/25

歴史に興味が湧いてきた…という時に、スルっと、ドボンっと、その世界に没入させてくれる最強アイテム「小説・マンガ・映画」。

記紀が題材の良作として「銀の海 金の大地」は中高生に紹介したい小説です。悲劇「サホヒコ王の反乱」の前章譚。

骨太なスケールとリアリティで繰り広げられる異色の少女小説で、豪族の勢力関係もイメージしにくい古代の感覚も、くっきり肌で感じられて楽しいですよ。

「銀の海 金の大地」のあらすじ。すべては佐保の王子と息長の娘の出会いから

稲穂

「銀の海 金の大地」は「古代転生ファンタジー」と銘打った少女小説で、記紀にある佐保の兄妹の滅亡を基にしています。1991〜1994年に雑誌Cobalt(集英社)で連載され、コバルト文庫として全11巻が発行されました。

作者は氷室冴子さん。「なんて素敵にジャパネスク」で、平安京を舞台にサバサバとした現代的な感覚を持つ主人公を描き、コバルトの看板作家となった人です。

物語は息長の邑で暮らす奴婢の娘・真秀が、客人として訪れた佐保の王子・佐保彦に出会うことで進んでいきます。

佐保彦は大和に古くからある一族の王子。母である女首長・大闇見戸売(おおくらみとめ)に疎まれて育ちました。大闇見戸売は佐保の領土を狙う和邇の首長・日子坐王(ひこいますおう)のむりやりな求婚で子をなし、佐保彦はその面差しと酷似していたからです。佐保彦は母と離れて共に育った妹の佐保姫を慈しみ、日子坐王と、その企てに加担し失踪した大闇見戸売の姉を憎んでいました

一方の真秀は淡海の息長に暮らし、幼児ほどの知恵しか持たない母と目耳の不自由な兄を支えながら奴婢として暮らしています。息長出身ではないヨソ者意識を持ちながらも、からかいや差別に動じず、物心ついた頃から気丈に働いて母兄を守ってきた少女。父は海の王族で母は一時の戯れの相手だったと聞いていました。

真秀はある日、兄と瓜二つの佐保の王子に出会い、母の生まれ故郷が佐保と知って恋慕にも似た同族への憧れを抱きますが、佐保彦をはじめとする一族は、真秀の母が大闇見戸売の双子の姉とわかると憎悪をあらわにし、和邇に連なる息長に隠されていた警戒もあって、親子を排除しようと動き出します。

春日の地を愛し古の霊力を宿す佐保と、中央集権化する大和で勢力を広げる和邇。ふたつの相反する王族の血筋をひく真秀は、謀略に巻き込まれ、血と涙を流しながら、やがて佐保でも和邇でもなく「己の心」を「自分の国」と定めて、なににも属さず自分の生きる術を切り開いていきます

和邇の日子坐、丹波の美知主の知略に翻弄されながら、自分の浅はかさを知り、回を追うごとに行動に深みを増していく佐保彦と真秀。舞台が淡海から大和へと移り、三輪の王権まで広がっていくのも目が離せない展開です。

ココが面白い!読むほどに暮らしの温度が伝わってくる情景描写

秋の実

本作の楽しさは、なにげない当時の暮らしを掘り下げた情景描写にもあります。

目まぐるしいアクションやファンタジーの展開を、現地取材に基づいた古代の生活シーンが支えています。作者の氷室さんは物語のイメージが湧き起こるまで、6年をかけて古代史の資料を集め、滋賀や奈良を取材したそう

まるで主人公の目を通しているかのように、馴染みはないはずの古代の情景が脳裏に広がります。

籠の中には、腫れものや血の病にきく女郎花の根っこ、食のほそい真澄にききそうなリンドウの茎根をはじめ、アケビの茎、白茅の茎根、ムカゴの実、百合根など、すぐに御影に煎じてあげたい薬草が、雑踏や枯れ草にまぎれて、どっさりと入っている。
午前(ひるま)だけで、これだけたくさんの薬草がとれたのは、さすが蒲生野だった。

(中略)

奴婢たちは、男も女もうれしげに歓声をあげて、興奮していた。狩場での手入れはそんなに辛くない作業で、しかも気もちのよい秋の野原で働けて、秋の恵みの木実や草実のおこぼれもある、いい仕事なのだ。

真秀もこれまでに何回か、狩場の手入れにゆき、そっと薬草をそっと盗みとってきたことがあった。真秀にとっても、狩場の手入れはいい仕事なのだった。

ー「銀の海 金の大地」第四巻 P14より引用 ー

蒲生野は万葉集にも登場する有名な野原。古くから王権の薬猟場で、古事記で雄略天皇が市辺押磐皇子を狩猟中の事故にみせかけて暗殺するのもこの場所です。

王族の遊び場の手入れをする奴婢たちが仕事であっても歓喜する姿には「当たり前にある労苦」、おこぼれを狙う「したたかさ」がうかがえます。こうした奴婢や従婢、舎人といった身分の低い者たちの生活・たくましさが随所に描かれ、物語の奥行きを広げています

炎

作中では海外からきた最新技術・製鉄を佐保彦が見学する場面も。敵国へ入り常に神経を尖らせていた佐保彦が、思わず緊張を忘れて夢中になる若者らしい姿が描かれています。

巫女に祓いきよめてもらった白い神衣(かむみそ)をまとった金屋子は、小屋内に三人きり。フイゴで、炉に風をおくる役。匙のような鋤で、もくもくと正砂鉄をはこぶ役。いまひとりは、控えの者。鉄(くろがね)つくりは三人きりで三日三晩、寝ずの作業だという。ひとりが眠り、あとのふたりがひたすら、鉄つくりに身をささげる。

見ていた佐保彦の全身から、じきに汗が吹きだし、滝のように流れだして、衣が膚にはりついてきた。顔じゅうの汗が顎にたまり、ぽたぽたと音をたてて落ちてきた。それでも、外にでて、秋風に吹かれたいとは、一瞬でも思わなかった。

ー「銀の海 金の大地」第四巻 P38より引用 ー


この後に族人(うからびと)でも立ち入れない場と知り、佐保彦は敵将軍が自国の勢力を一目で示し、有利な交渉に持ち込む手段に使ったのだと気付かされます。なにげない場面にキャラクターの性質や相関が現われる設定も見どころのひとつです。

ココが面白い!作者による記紀の人物のオリジナルな配置

海と夕日

題材となっている「サホヒコ王の反乱」は、垂仁天皇の后・佐保姫が「俺を愛しているならば、夫を殺してくれ。ふたりで天下をおさめよう」と兄の佐保彦に暗殺を頼まれ、心優しい姫が兄も夫も選べず、すべてを天皇に告白して、兄とともに滅びたという伝承です。

「銀の海 金の大地」に登場する記紀の重要人物は、佐保彦・佐保姫、日子坐・美知主・大闇見戸売。設定もそのままで、物語の中核になっています。

記紀で「日子坐王」は、春日・佐保・山代・淡海・丹波と諸豪族を血縁で結ぶ人物。陸海と、大和から日本海側まで力が及び、子女を多く持ちますが、なかでも美知主は崇神天皇の将軍として地方平定に貢献しています。一方の「大闇見戸売」は巫女を示す名で、その母からみて母系継承の可能性がある人物です。

「銀の海 金の大地」は、他族を受け入れない佐保一族が因習によって内部崩壊し、その隙を逃さない和邇氏に飲み込まれる、ハラハラする予兆を含ませて終わるのですが、記紀と照らして人物たちの役どころを見ていくと、西暦350年頃を舞台に和邇と佐保の対立を描くことで、国土統一にむかい、母系から政治中心の父系社会にうつりゆく時代を「サホヒコ王の反乱」に示唆しているように受け取ることもでき、おもしろいです。

物語には日葉酢媛や歌凝姫、宿禰王や高額姫、葛城襲津彦、土蜘蛛なども登場します。強欲であったり陰湿な人物もいますが、生きることに必死な生い立ちが描かれているので、どのキャラクターも魅力があります

日葉酢姫と歌凝姫の異母姉妹などは、身分が高い日葉酢姫は美醜に、美しい歌凝姫は身分に、互いに劣等感を抱き、自分の持つ強みを武器に牽制しあっていて、それがさもしいけれど、とても人間的。日葉酢媛の肥大したコンプレックスは佐保姫の后入りの引き金にもなります(記紀では佐保姫の進言で后になりますが、本作では逆。歌凝姫も美人さんです)。

ちょい役も光っていて、葛城襲津彦は荒々しい気性として、幼い頃に久米兵の入れ墨に憧れて、王族の身である自分の顔に施してしまうエピソードがあります。若い王子ですが国を動かしていきそうな片鱗が見え隠れしています。

注)※ 人物・地名の表記は「銀の海 金の大地」に合わせました。
※ 記紀で違いがありますが、大まかに記載しています。

ごめんなさい、実は絶版なんです。じゃあ、どこで読めるの?

「銀の海 金の大地」第1巻カバー
「銀の海 金の大地」第1巻カバー

これだけ説明しておいて、実は現在、販売されていません。あわよくば、この記事が多くの人の目に止まって、電子書籍化してほしい…。

読むには図書館で借りるか、古本の入手になります。ちなみに私の住む奈良県橿原市では図書館に全巻ありました。また、出品数は少ないものの、amazonやメルカリで当時の定価以下で手軽に手に入りますよ(2022年8月現在)。

今回まったく触れませんでしたが、しっかりと少女小説的なツンデレ展開あり、美青年からイケおじまで眼福揃いの、キュンが豊かなストーリーなので、学生の皆さまはそこも期待してくださいね。

古事記を読んでいると、「うくつしい男が…」「うつくしい娘が…」と美醜の評価が「そこまでいう?」というくらい頻繁に出てくるので、作者はそこも合わせたに違いない。

書店で「入手できる本が読みたいよ」という方には、最後に氷室冴子さんが「好き」と評価するこちらの2冊を関連本としてご紹介します。暑い夏に冷房の効いた部屋で、いかがでしょうか。

「隼別王子の叛乱」田辺聖子/著(中公文庫)

隼別王子の叛乱
最新の文庫カバーは左です(amazonより転載)。右は私の所有品。カバーで印象がかわりますね

兄である仁徳天皇の若い后候補を迎えに赴いた隼別王子は、その姫とひと目で恋に落ちる。若い隼別王子と女鳥姫の悲恋と、鎮圧後に残された天皇と磐之媛の愛憎。各章で人物がかわる一人称の語りに魅せられます。著者が20年の歳月をかけた重厚な世界…ただただ圧倒されます。読後の余韻がものすごい。

「空色勾玉」「白鳥異伝」「薄紅天女」 荻原規子/著(徳間書店)

荻原規子の勾玉三部作 装丁
Kindleでは時折ある徳間書店のセールでお得な購入も

「空色勾玉」は天照大御神・月読尊・素戔嗚命の三神、「白鳥異伝」は倭建命、「薄紅天女」は更科日記+アテルイ伝説がモチーフになっています。強大な霊力を持つ少年とそれを支える少女の、心躍る冒険ファンタジー。古事記ブームを巻き起こした名作児童文学で、小学校中学年から楽しめますよ。

関連情報

【  サホヒコ王の叛乱、もっと知りたくなったら 】

天皇記『サホビメとサホビコ』

錦絵でたのしむ古事記!天才浮世絵師「月岡芳年」が描く、情感あふれる名場面 ※この記事内でサホヒコ王の反乱を描いた浮世絵を紹介しています

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Writer ゆり

奈良の心地よさが好きで橿原に移住しました。歩けば古事記ゆかりの地に出会う幸せ。ガイド本にはない体験を伝えられたらと思ってます。

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