天皇記『サホビメとサホビコ』
サホビメとサホビコ
垂仁には何人か妻がいたが、その中でも最初にもらったサホビメをめちゃめちゃ溺愛していた。
佐保の出身だからサホビメ。超単純な名前だ。
垂仁天皇
さほ、だいすきー♡♡♡
サホビメ
さほも〜!垂仁だいすきぃ〜♡♡♡
と、2人は周囲がイラっとするほど、ラブラブだった。
しかし、サホビメが皇居に引っ越したてのラブラブイチャイチャなあの毎日から3年ほど経ったある日。彼女は垂仁を放置して実家の城に帰り、のんびりと羽を伸ばしていた。
サホビメ
はぁ ・ ・ ・ やっぱ、実家が一番 落ち着くわ ・ ・ ・ ・ ・
結婚しても実家を大切にする時代だったので、天皇の妻になったところで、家に遊びに行っても全然文句は言われない。
最近は実家にちょくちょく顔を出すようになっていた。
サホビメ
皇居って堅苦しくて息苦しいし、最近はベタベタしてくる旦那もウザいんだよなぁ。
サホビメ
もう、新婚じゃないんだからさぁ ・ ・ ・ まじいい加減にしてほしいわ。
彼女が縁側で庭をぼーと眺めていると、兄のサホビコがのぞきに来る。これまた単純な名前だ。
サホビコ
あれ?お前、また来てたの?
サホビメ
あっ!お兄ちゃん♡
サホビメは先程の不機嫌な表情から、キュルン♪と一転し、妹属性の可愛らしい笑顔を作る。
実は、このサホビコ。サホビメの初恋の相手だったのだ。
まだ一夫多妻性の時代なので、今とは
が、
サホビコは同父同母の兄。つまり、バレたら本気でまずい恋だ。
サホビメ
でも、垂仁じゃどうも優しすぎて物足りないし ・ ・ ・ ・ ・
サホビメは、ちょっとした兄への恋心とそれに対するスリルを楽しんでいた。
サホビメとサホビコはしばらく垂仁の悪口に花を咲かせ、ワイワイと楽しんでいたが、ふと兄が真剣な表情に変わる。
サホビコ
ところでお前さ、 ・ ・ ・ 兄ちゃんとアイツ、どっちの方が好きなの?
サホビメ
えっ?あいつって??
サホビコ
そりゃあ、垂仁のことに決まってんじゃんか。
突然の問いにサホビメは戸惑う。だって、どっちが好きかって言われたって、そう簡単な問題ではない。
しかし、今は完全に
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ お兄ちゃん。
だと思った。
サホビコ
・ ・ ・ 本当に?
サホビメ
うん、本当だよ。だってさほ、お兄ちゃんのこと、大好きだもんっ♡
サホビメの妹属性の笑顔が輝く。
サホビコ
・ ・ ・ 妹萌え万歳っ!!
しかし、どんなに『妹萌え』が古代から現代まで愛され続ける巨大ジャンルだったとしても、実の妹で、さらに人妻との恋愛なんてもちろんNGだ。しかも相手は天皇。
そこで、サホビコはサホビメに紐のついた鋭い短刀を渡した。
サホビコ
サホビメ、お前が本当に垂仁より兄ちゃんの事が好きなら、アイツが寝ている間に殺すんだ。
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ ・ え?
サホビメは兄の思いもよらない提案に、口がポカンと開き、思考が停止してしまう。
サホビコ
戦争となれば垂仁の軍に敵わないけど、お前がアイツを殺ってくれれば簡単に天下が取れる!
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビコ
2人が結ばれるためにはそれしか無い。垂仁を殺して一緒に天下を治めよう!!
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビメは、しばらく黙っていたが、兄の真剣な表情を見ると静かにこくりと頷いた。
垂仁天皇
さほぉ~!!お帰りぃ~~♥
サホビメが帰ると垂仁が笑顔で飛びついてきた。
サホビメ
・ ・ ・ ・ !!
いつもなら適当にあしらうのだが、この時は彼の目を見る事もできずに黙り込む。
垂仁天皇
今日、オレ、ちょー寂しかったんだけど。さほ、いつもより帰って来るの遅かったね。なんかあった??
サホビメ
えっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うぅん?別に??
垂仁天皇
・ ・ ・ そ?でも、なんか今日元気ないみたい。
サホビメ
そおかな?さほは元気だよ??
垂仁天皇
そぅ ・ ・ ・ ・ ・
垂仁天皇
なら別にいいんだ。静かなさほも可愛いからっ♡♡♡
垂仁が、にへらっと笑う。
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ と、まぁこんな調子で皇居に引っ越してからの3年間 溺愛され続けた結果、サホビメは垂仁の愛の重さに疲れ果てていた。そりゃ、お兄ちゃんの方が好きだとか答えてしまうわけだ。
2人が部屋につくと垂仁は待ってましたと言わんばかりに甘えてくる。
垂仁天皇
さほー。昼寝したーい。膝枕〜♥
こうしてデレデレされると、マジでウザイ。
サホビメ
え ・ ・ ・ 昼寝って、もう夕方じゃない。
垂仁天皇
だって、今日すげー仕事忙しかったんだもん。
垂仁天皇
癒しが足りんっ!!
サホビメ
もぉー。しょうがないなぁ。
垂仁天皇
へへっ♥
サホビメが縁側を向いて座ると垂仁は彼女の膝を枕にして、いつものようにコロンと横になる。空は真っ赤に染まり、夕やけが美しかった。
垂仁はサホビメのお腹に頭をスリスリすると、幸せそうに微笑む。
垂仁天皇
さほ、おなか大きくなってきたね。
サホビメ
うん ・ ・ ・
サホビメもお腹をさする。兄のサホビコには言えていないが、彼女のお腹の中には垂仁との間に新しい命が宿っていた。
垂仁天皇
男の子と女の子どっちかな。さほはどっちがいい?
サホビメ
それは、もちろん男の子でしょう?だって、お世継ぎがいなくっちゃ。
垂仁天皇
んー。まぁ、そりゃそうなんだけどさ。女の子もいいよなぁ〜。
垂仁天皇
だって、ちっこいさほだよ??やばくない??絶対かわいいって。天使だって。
サホビメ
もぉー。垂仁はいっつも無責任なんだから。女の子が生まれちゃったら文句言われるの、さほなのに。
垂仁天皇
どっちでもいいよ。絶対かわいいもん。
垂仁は微笑んで彼女を見上げると優しくお腹に頬ずりをする。サホビメは彼と視線を合わせられず庭に目を向けた。
サホビメ
・ ・ ・ でも、この子はきっと男の子だよ。
垂仁天皇
わかるの??
サホビメ
うん、だってすごく元気なんだもん。
垂仁天皇
そっか。へへっ。楽しみ♥
そう言うと、垂仁は幸せそうにうつらうつらして、そのまま寝てしまった。
日が沈み、辺りに暗闇が拡がると、サホビメは垂仁が熟睡した事を確認する。相当疲れていたのか、彼は死んだようにぐっすりと眠っている。
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ ・
垂仁天皇
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビメはゴクリと息を飲み込むと、胸元からサホビコに渡された短刀を取り出した。
サホビメ
ここで垂仁を殺せば、この重苦しい生活から解放されて、またお兄ちゃんと一緒にゆっくり暮らせる ・ ・ ・
サホビメ
・ ・ ・ ・ よし!
サホビメは短刀を強く握りしめると、意を決して彼の首元に向かって振り下ろした。
垂仁天皇
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
垂仁は眠ったままピクリとも動かない。
短刀は振り切れずに垂仁からだいぶ離れたところで止まったままだ。
サホビメ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビメ
だ ・ ・ ・ だめだだめだ!!
ちゃんと垂仁のこと殺さなくっちゃ。さほがやらなきゃ。お兄ちゃんのためにっ!!
サホビメはそう自分に言い聞かせて、3度も短刀を振り下ろす。
サホビメ
どうしよう ・ ・ ・ さほがやらなきゃダメなのに。さほが失敗して戦争になったらお兄ちゃん、絶対、垂仁に勝てないもん ・ ・ ・ ・
しかし、彼女の短刀が垂仁の首元まで届く事は無かった。垂仁は全く気付かずに眠ったままだ。
サホビメ
垂仁 ・ ・ ・ ・ ・ 気ぃ緩めすぎだよ。ばか。
サホビメ
こんなに幸せそうにスヤスヤ寝られたら、殺せないじゃない。
垂仁天皇
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビメ
いつ命狙われてもおかしくないくせに、こんなに爆睡しちゃって、本当にバカみたい。
サホビメ
垂仁はさほに甘すぎなんだよ。
さほが散々ワガママ言っても、冷たい態度とっても、すぐに許して、大好きって言ってくれるんだもん。
垂仁天皇
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビメ
はぁ ・ ・ ・ ・
サホビメ
なんで、あのとき「うん」って言っちゃったんだろう。
そんな人のこと、殺せるわけないのに。さほだって、垂仁のこと大好きだもん ・ ・ ・ ・ ・
サホビメ
えっ ・ ・ ・ 好きなの?
兄の前では散々「ウザイウザイ」と言っていた垂仁に、そんな感情がまだ残っていたとは、自分でも意外だ。
サホビメ
なんだ ・ ・ ・ さほは垂仁のこと、今でも好きだったんだ ・ ・ ・ ・ ・
この数年で、とっくに忘れていた感情と共に、一気に涙が溢れ出す。
サホビメ
っっ!!
その涙は拭く間も与えず垂仁の寝顔にポタポタッと落ちてしまう。
垂仁天皇
ん~~ ・ ・ ・
サホビメ
どうしよう。垂仁が起きちゃう!!
サホビメは慌てて涙を拭いたが、それでも後から後から湧き出し止まらない。
垂仁天皇
う〜〜ごめん、おれ、けっこー寝てた?? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ なんか今、変な夢を見ちゃった・ ・ ・
垂仁は彼女の膝の上で寝返りをうつと、少し膨らんだおなからに抱きついた。
垂仁天皇
あのな~、さっき、夢の中でオレが空を眺めてたらさ、さほの実家の方から雨が降ってきたんだ。
垂仁天皇
そんで顔に雨がかかったと思ったら、オレの首にちっちゃな蛇が巻き付いて来てさ ・ ・ ・ ・ ・
垂仁天皇
あれって、何かのお告げだったのかなぁ?
サホビメ
っっ!!
彼の話しを聞くと、サホビメの目からはさらにボロボロと涙がこぼれる。それに気付いた垂仁がハッと身体を起こした。
垂仁天皇
えっ??さほっ??泣いてんの??どしたっっ???
サホビメ
・ ・ ・ っっごめんなさい ・ ・ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
彼女の涙は止まらない。
サホビメ
・ ・ ・ ・ ひっく ・ ・
垂仁天皇
???
垂仁が困ってサホビメの頭を撫でていると、暗闇に慣れてきた彼の目に、『鈍く光るもの』が入ってきた。
垂仁天皇
!
とてつもなく嫌な予感に垂仁の胸がぎゅーっと締め付けられる。
垂仁天皇
・ ・ ・ ・ ・ ・ さほ ・ ・ ・ ・
垂仁天皇
その短刀 ・ ・ ・
垂仁天皇
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ どしたの?
サホビメ
!!
彼女の身体が硬直する。もう隠す事はできない。サホビメは項垂れると嗚咽を漏らしながら、兄のサホビコの謀反を打ち明けた。
自分の妻に殺されかけたと知れば、さすがの垂仁も激怒するだろうと思ったが、彼は気持ち悪いくらい冷静にしている。
垂仁天皇
ありゃりゃ。おれ、危うく騙されるところだったんだねぇ ・ ・ ・ ・ ・ ・
サホビメ
ごめんなさい ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・
垂仁天皇
んーー。さほには悪いんだけど、
サホビメ
うそ ・ ・ ・ ・ ・ ・
垂仁天皇
ごめんね、気付いてあげられなくて。
垂仁天皇
君がここの暮らしが嫌なら、他に家でもなんでも作るからさ。
垂仁天皇
でも、この件が片付くまでお留守番。それと今日のことは誰にも話さないこと。いいね?
優しく微笑み立ち上がった垂仁の袖を、サホビメは思わず掴んだ。
サホビメ
垂仁 ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ さほのことは、許すの?
サホビメの困惑した問いに、垂仁は答えず曖昧に笑う。
しかし、それ以上はサホビメの話しを聞かず、夜のうちにサホビコ討伐軍を集めた。