そもそも古事記とは
ラノベ古事記 月間約50万PVを記録!

日本の神話・古事記の情報発信サイト

ゆかりの地巡り

古事記おとぎ話:桃太郎編 其の二  -吉備津神社- 

投稿日:2024/01/22 最終編集日:2024/01/22

お久しぶりです!もう2年半以上前になるんですが、前回の古事記おとぎ話シリーズ(勝手にシリーズ化)・桃太郎編其の一で、吉備津彦神社(きびつひこじんじゃ)を紹介させて頂きましたが、其の二は吉備津彦神社から彦を略した(いや、略じゃない)吉備津神社(きびつじんじゃ)を紹介します、其の一が2年半以上前なので、読んだけれど覚えてないよって方もおられると思いますが、またお付合い願えればと思います。

吉備津彦神社な其の一はこちら→古事記おとぎ話:桃太郎編 其の一

吉備津神社が御鎮座されているのは現在の地名では岡山県岡山市北区吉備津、前回ご紹介した吉備津彦神社は岡山県岡山市北区一宮、どちらも岡山市北区なうえに、両御社は2㎞ぐらいしか離れていません。車で約5分、徒歩でも約30分程歩けば到着です。

吉備津彦神社の回でも触れましたが、どちらの御社も神が宿るとされる神奈備山・吉備の中山の麓、吉備津彦神社は東北側、吉備津神社は北西側にそれぞれ御鎮座されているのです。

三分割された吉備の国

吉備津神社は現在では備中(びっちゅう)一宮とされています、あれ?吉備津彦神社も一宮じゃなかった?そう、吉備津彦神社は「備前(びぜん)」一宮、吉備津神社は「備中」一宮、大化の改新後、時の政権が西暦700年代以降に強大な吉備国を三分割し、敢えて吉備の中山の東側を備前、西側を備中としたのです。

これは時の政府政策あるあるで、強大な、もしかしたら謀反を起こされるかもしない地方の弱体化狙いらしいのですが、その「吉備分割しちゃうぞ大作戦・最終ミッション」が、一説によれば吉備の中でも良質な鉄資源を産出する地方を美作国(みまさかこく)として分ける事で、江戸時代にその美作国が津山藩、明治維新後に岡山県津山市になるので、我がスーパーヒーローナンバーワンロックスターは吉備出身!(と言ってもいいと思う。

っと話を元に戻して吉備津神社、分割される前の吉備国一宮が吉備津神社だったらしいのですが、分割後にこの吉備津神社の御祭神を分霊・勧請し創建されたのが備前一宮・吉備津彦神社と備後一宮・吉備津神社ですって、そりゃ一宮の主祭神が大吉備津彦命(おおきびつひこのみこと)な訳だよ吉備国!

あ、美作国一宮・中山神社の主祭神は今は「鏡作神(かがみつくりのかみ)」とおっしゃるのですが、吉備津彦命と記されている書物(他に大己貴命や金山彦命の説も有)もあるので、もしかしたらかつては吉備津彦命だったのかもしれません。

よってこの吉備津神社は、備中国一宮と同時に「吉備総鎮守」と備前・備中・備後(びんご)の「三備一宮」も名乗っておられます。

吉備津神社の創建はあまりにも古くて不明みたいですが、社伝では281歳で薨去され、吉備の中山にお隠れになられた大吉備津彦命を、5代後の御子孫の加夜奈留美命(かやなるみのみこと)が、大吉備津彦命がお住まいになられていた宮の跡地に社殿を造りお祀りした説や、仁徳天皇が吉備国に行幸された時に、大吉備津彦の偉業を称えて5つの社殿と72の末社を創建された説等があるとの事で、仁徳天皇の御在位から、西暦400年代には既に創建されていたと考えられます。

あちこちに桃太郎伝説!吉備津神社

吉備の中山の北西麓一帯が吉備津神社なのでその敷地は広大で南北に長く、そこに大吉備津彦命とその御家族をはじめとする方々や地主神、年月を経るごとに合祀された神々をお祀りする御社が点在しているのですが、拝殿真正面の北随神門(きたずいじんもん)から入る参道が表参道となります。

その北側手水舎のすぐ傍に石(岩)があるのですが、これは中央政権から吉備国に海の向こうから渡ってきてやりたい放題やっていた温羅命(うらのみこと)を中央政権から討伐の為に派遣された大吉備津彦命が、吉備の中山に陣をとり、温羅命と互いに弓矢を射った時に大吉備津彦命が矢を置いた岩とされ、「矢置岩」と言われています。

駐車場から入るとすぐ目にする矢置岩も大吉備津彦命と温羅命の伝承に因む

初っ端から桃太郎伝説こと大吉備津彦命軍vs.温羅命軍のエピソードですが、現代では正月の四方祓神事にこの桃太郎の鬼退治を重ね、矢置岩に矢を置き弓を立てかけ、東・南東・南西・北西(艮・巽・坤・乾)に神矢を射て鬼神の侵入を防ぐ「矢立の神事」が昭和35年に復活し、正月三日に執り行われています。

その矢置岩の向かい側に豪快な達筆で神社名が刻まれた社号票がありますが、この社号票は前回の吉備津彦神社の回でも紹介した桃太郎パーティ・犬のモデルになった犬養健命の子孫・犬養毅第29代内閣総理大臣の手によるものだそうです。

犬養毅第29代内閣総理大臣の揮毫による社号票

社号票の奥の階段を上り、室町時代に再建された北随神門をくぐります。

上の拝殿側から見下ろす北随神門(重要文化財)

更に階段を登って授与所をくぐりぬけると拝殿があり、この拝殿に掛かる扁額の「平賊安民」は「賊を平らげ民を安んずる:賊を討伐し、民を安心させる」の意味で、前回紹介した温羅命伝承を知っている者としては何とも複雑な思いもしますが、なにせここは吉備のスーパーヒーロー・大吉備津彦命の本拠地です。

備中出身の漢学者・三島中州の手による「平賊安民」の扁額が掛かる拝殿(国宝)

本殿の広さは日本一、「比翼入母屋造(ひよくいりおもやづくり)」と呼ばれる入母屋造の2棟を1棟に結合した造りは我が国唯一なので、別名「吉備津造」とも言われます。

室町時代に時の将軍・足利義満が造営したとされる本殿(国宝)

本殿の主祭神は勿論大吉備津彦命、相殿神は御子孫の御友別命(みともわけのみことのみこと)仲彦命・(なかつひこのみこと)、御姉上の千々速比売命(ちちはやひめのみこと)・倭迹迹日百襲姫命(やまとととひももそひめのみこと)、御兄上の日子刺肩別命(ひこさすかたわけのみこと)、御妹君の倭迹迹日稚屋媛命(やまとととひわかやひめのみこと)、御弟君の彦寤間命(ひこさめまのみこと)、若日子建吉備津日子命(わかひこたけきびつひこのみこと) と大吉備津彦命ファミリーがお祀りされています。

ではここで吉備津神社に伝わる大吉備津彦命と温羅命の戦いをみてみましょう。

大吉備津彦命と温羅命がお互い矢を放つとどちらの矢も空中で当たりお互いの陣の間に落ち相手に届きません、そこで大吉備津彦命が一計を案じ、二本の矢を同時に放ち、温羅命は今まで通り一本の矢を放つと、お互いの矢が一本ずつ当たり、地上に落ちまそたが、大吉備津彦命が放ったもう一本の矢が温羅命の目に刺さり、その目からは多くの血が流れ出し、ひと筋の川となって流れ、下流の浜を真っ赤に染めました。

形勢が不利になった温羅命は雉に姿を化えて逃げたので、大吉備津彦命は鷹に姿を化えて追いかけます、追いつかれそうになった温羅命は今度は鯉となって川に飛び込み、すると大吉備津彦命も鵜になり川に飛び込んで追いかけます、逃げても逃げても追いかけてくる大吉備津彦命に温羅命はとうとうあきらめ、大吉備津彦命が温羅命を加えて捕まえ温羅命の首を刎ね、その首は曝されました。

現在では温羅命は本殿脇の艮の方角に建立されている艮御崎神社(うしとらおんざきじんじゃ)にお祀りされています。

江戸時代の怪異小説に登場!吉備津の釜

吉備津彦神社で特筆すべきは、やはりこの温羅命に縁の深い御竈殿(おかまでん)ではないでしょうか?御竈殿で執り行われる、釜の鳴る音で吉凶を占う鳴釜神事(なるかましんじ)は、特殊神事で国の重要文化財に指定されています。

鳴釜神事は湯を沸かした釜の上に置いた蒸篭(せいろ)の中にお米を入れて祈願し、そのお米を振った時に鳴る音で吉凶を占う神事で、古くは宮中でも行われていたとされていますが、発祥は吉備津神社と言われており、その鳴釜神事は江戸時代に上田秋成(うえだあきなり)が書いた怪異小説「雨月物語」の「吉備津の釜」篇にも登場します。

吉備津の釜あらすじ
 吉備国の井沢正太夫の息子・正太郎は色欲が強くいつも遊び歩いていたが、それを止めるために嫁を迎えようという話になり、吉備津神社神主・香央造酒(かんざねかさだみき)の娘・磯良(いそら)との縁組が持ち上がり、磯良の父はその先行きを占う為鳴釜神事を行った。釜のお湯が沸きあがる時、牛が吼えるような音が出たら吉、音が出なかったときは凶とした結果、何の音もでなかったので占いの結果は凶となったが、そのまま縁組は進められ、磯良は正太郎に嫁いだ。
 磯良は美しく非の打ち所がない嫁だったが、結局正太郎の遊び癖は治らず、外に袖という女に夢中になり家に帰らなくなった、そんな正太郎を父は厳しく諭したが正太郎は身を改める様子はなかった、しかし磯良はそんな正太郎と愛人の袖まで厚く世話した。しかし正太郎は磯良を騙して金を奪い紬と逃げた、磯良はこのあまりの仕打ちに病気で寝込むようになり、日に日に衰えていった。
 一方、袖と駆け落ちした正太郎は、袖の親戚の彦六の厄介となり、彦六の隣の家で暮らしたが、袖の様子が日に日におかしくなるので、これはもしや磯良の呪いではないかと思っているうちに、紬は死んでしまった。ある日その紬の墓に正太郎が行くと女がいて、仕える家の主人が死に、伏せてしまった奥方の代りに日参していると話す、美人だという奥方に興味を持った正太郎は女に付いていったが、家にいた奥方の顔は捨てた妻の磯良で恨めしそうに正太郎への復讐を宣言し、正太郎は気絶してしまった。
 気づくとそこは元の墓地で、帰って慌てて怯えながら彦六に話したら、彦六は正太郎に陰陽師を紹介し、その陰陽師は正太郎の体に呪文をびっしり書き朱符(しゅふ)を渡し、死にたくなければ今から四十二日間物忌みをし、戸に朱符を貼って一歩も外に出てはならないと告げた。その夜、正太郎が言われた通りにしていると、外から自分を恨む女の声が聞こえてきたが、女は朱符のお陰か家には入って来られなかった、正太郎は毎夜女の恨み言を聞く恐怖に耐えながら過ごし四十二日目を迎えた。その四十二日目の夜が明けたと思った正太郎は安心した、そこで戸を叩く音が聞こえたので、彦六かと思い開けると外はまだ暗く、明るいのは満月だった。正太郎の叫び声が聞こえた彦六は慌てて外に出てみたが、誰の姿もないので灯火であたりを照らすと、正太郎の家の壁から血がそそぎ流れているのが見え、更によく照らすと軒に男の髪の髻だけが引っ掛かってた。その後も正太郎の行方はついに分からずじまいだった。

鳴釜神事で音が鳴らなかったのを凶としたのに、しかもクズ男の見本のような奴に娘を嫁がせた結果の磯良の不幸と正太郎の因果ですが、この後地獄に落ちた正太郎と磯良は漫画「鬼灯の冷徹(講談社)7巻」に登場しますので良かったらそちらもどうぞ、笑えてきます。

そんな吉備津神社の鳴釜神事ですが、吉凶を占うのは大吉備津彦命に討伐された温羅命の首が鳴らす音なのです。

最愛の妻に御宣託!鳴釜神事

刎られ曝された温羅命の首は、なんとその後も大声をあげ唸り響きます、仕方なく犬に喰わせて髑髏にして御竈殿の釜の下に埋めましたが、唸り声は止むことがなく、大吉備津彦命は困り果てました。そんなある日、大吉備津彦命の夢枕に温羅命の霊が立ち、自分の妻で阿曽郷(あぞごう)の祝(ほうり)の娘・阿曽媛(あぞひめ)に御竈殿を任せれば自分は鎮まり、もし何か事あれば阿曽媛を通じてその竈に訊けば、幸い有れば豊に鳴り響き、禍い有れば荒々しく鳴り響くだろうと告げたので、その通りにすると唸り声は治まり平和が訪れたというのが、吉備津神社に伝わる鳴釜神事の起源だそうです。

温羅命の最愛の妻・阿曽媛亡き後もそれはその子孫に受継がれ、温羅命の居城・鬼の城(きのじょう)近くの阿曽の郷の女性が阿曽女(あぞめ)として、現代でも鳴釜神事にご奉仕しているそうです。

実は、自分達がこの御竈殿の前を通った時に丁度鳴釜神事が執り行われていて、入口に座っている割烹着の女性が目に止まり、「神事のお手伝いをしている(パートの)おばちゃんかな?」と失礼な事を思っていたのですが、後に友人に鳴釜神事の女性は阿曽媛の子孫に受け継がれるだと聴いて、「え?あの割烹着のおばちゃんの立場、超重要で代々受け継がれているんだ!」と更に失礼にも驚きました。

長い廻廊の奥が御竈殿(中は撮影禁止)手前の割烹着を着た女性が阿曽女

吉備津神社の鳴釜神事は阿曽女が釜に水をはり湯を沸かし、神官が祈願した神札を竈の前に祀り祝詞を奏上する頃、釜の上に載っている湯気のあがった蒸篭の中に阿曽女が器にいれた玄米を振ります。そうすると鬼の唸るような音が鳴り響き、祝詞奏上し終わるころには音が止むそうですが、この釜からでる音の大小長短により吉凶禍福を判断しますが、その答えは今は奉仕した神官も阿曽女も何も言わず、祈願した人が自分の心でその音を感じ判断するそうです。

夫の御宣託を妻とその子孫が伝える鳴釜神事、どんな音がでるのかドキドキですが、それをどう響かせるかは自分の心次第という事でしょうか?

吉備津神社には他にも御竈殿に向かう廻廊の途中にあり、大吉備津彦に従い吉備国の平定に活躍した神々が祀られている南随神門等多くの御社や樹齢約600年のいちょう神木等見所満載ですが、とにかく広い!大吉備津彦命の御陵もその境内とされているぐらい広いんです。初めての参拝では時間の関係で回りきれなかった所も多いのですが、次伺う機会があれば、ゆっくり時間をかけて参拝したいと思っています。

おまけの桃太郎?伝説

吉備津彦神社の駐車場には桃太郎と愉快な仲間たちが佇んでいましたが、吉備津神社ではこちらの方がおられました。

何度も登場している桃太郎パーティ・犬の子孫:犬養毅氏

やはり地元の超有名人ですね、我がスーパーロックヒーローもいつか銅像に…と桃太郎、桃太郎。

参拝の後はこちらのお食事処で一休み、その名も勿論…

やはりここでも「桃太郎」

なんとこちらのお食事処「桃太郎」さん、戦前から営業しておられるそうです!その名物?は勿論?「桃太郎うどん」!

「桃太郎」にちなみ甘くないきびだんごや雉肉!が入った「桃太郎うどん」

やはり吉備国は「桃太郎さん」なのでした。

2年半以上間があいてしまいましたが、こうして吉備津神社篇をご紹介できて嬉しいです。そしてまた、自分達の身近にあるいろんな古事記に因むものをご紹介していきたいと思うので、よかったらまたよろしくお願いします。

今回も最後まで読んで頂いてありがとうございました。

もっと吉備津神社

吉備津神社へのアクセス
ラノベ古事記で知りたい!大吉備津彦命
ゆかりの地巡り一覧へ
Writer Panda

我が国の神話と歴史とB’zが大好きな越の国に生息するPanda、伊奈波神社の御祭神・五十瓊敷入彦命様が古事記最推し。アイコンは世を忍ばない仮の姿。

Homepage

ラノベ古事記ラノベ古事記

当サイト代表が運営する古事記をキャラ萌えしながら楽しめる読み物コンテンツです。月間約50万PVを記録した人気サイト!ぜひご覧ください!

Likebox