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ゆかりの地巡り

謎の神サルタヒコゆかりの地(猿田彦の祠・恵利原の水穴・風穴)

投稿日:2022/06/27 最終編集日:2022/06/26

こんにちは!『古事記FUN!!』ライターのY.Yです。
日本の歴史や神話が大好きです。これまでに巡った古事記ゆかりの地、神社などをマイペースに紹介していこうと思っています。よろしくお願いします!

今回は猿田彦大神(猿田毘古大神)に関するスポットを紹介します!

サルタヒコとは

皆さんは”サルタヒコ”と聞くと、どんな神様を思い浮かべますか?

道開きの神様?道祖神?天狗?庚申信仰?コーヒー?
もしかしたら、手塚治虫先生の『火の鳥』にしばしば登場する、”肥大化した鼻を有する異形の民”を思い出す方もいるかもしれません。

猿田彦命 – 岐神 を御祭神とする鼻節神社(宮城県七ヶ浜町)

上の例はすべて猿田彦大神の“顔”を表していると思います。そう!!猿田彦大神は極めて多くの“顔”を持つ謎多き神様なんです!!

私ごときズブの素人が「その謎に迫る」と言うのは何ともおこがましい話ですが、興味が沸いてしまったものは仕方がない。欲望の赴くままに筆を走らせたいと考えているわけです。

温かい目で見てください🥺

それでは早速、主役の紹介といきましょう。

天孫降臨と猿田彦大神

まずは、記紀の天孫降臨の段をざっくりと紐解いてみます。

大国主神(オオクニヌシ)から豊葦原中国(地上世界)を譲り受けた天照大御神(アマテラス)は、孫の瓊瓊杵尊(ニニギ)に同国の統治を命じます。

これを受け瓊瓊杵尊は、天宇受売命(アメノウズメ)をはじめとする五伴緒神を従えて、地上へと天降ります。

天孫一行が天降ろうとしたとき、天の八衢(十字路)に立ち、高天原から豊葦原中国までを照らす神がいました。

その神は七咫の長さの鼻を持ち、背の高さは七尺、目は八咫鏡あるいはホオズキの様に光輝いていました。

この神こそ猿田彦大神(サルタヒコ)であり、天孫一行を道案内するために迎えに来ていたのです。

関連:ラノベ古事記『天孫降臨』

ここでまず注目していただきたいのは、猿田彦大神の容姿です。

猿田彦大神を祀る椿大神社の看板(三重県鈴鹿市)

記紀神話には数えきれないほど多くの神様が登場しますが、姿形についてこれほど詳しく書かれているのは彼以外には八岐大蛇(ヤマタノオロチ)くらいしかいません。

めっちゃレアなんです!

しかも、ホオズキの様な目を持つという表現はオロチとお揃いです。
ちょっと不気味じゃないですか?

さらに

・禅智内供も驚くほどの長い鼻!
・人間離れした身長!

おおよそ普通じゃないですよね!まさに天狗!!

この良い感じの怖さが猿田彦大神の魅力の一つだと思っています。

日本一の大天狗、太郎坊 阿賀神社(滋賀県東近江市)
※こちらの神社の御祭神はアメノオシホミミです(念のため)

これらの描写は、かの柳田國男先生が『遠野物語』で記述した“山人”の容貌とも通じるものがあり、猿田彦大神が瓊瓊杵尊をはじめとする天孫族-天津神(天界の神々)とは明らかに違う文化圏の神である事を示唆しているといいます。

黒船来航の際、(瓦版や錦絵で)ペリーが天狗のような風貌で描かれた事とも似ていますね。


平たく言うと“平たくない顔族“だったというわけですね(違)。

この文化の違いが縄文人-弥生人の違いなのか、もともと日本にいた人-渡来人の違いなのか… 。ロマンを感じます。

猿田彦命を御祭神とする白鬚神社(滋賀県 高島市)

ちなみに、猿田彦大神を祀る代表的な神社の1つである白髭神社の“白髭(しらひげ・はくしゅ)” は新羅あるいは百済からきているという説があり、同社の祭神を渡来神とする説もあるようです。※もっとも、同社は古くは比良(山)の神を祀っていたという経緯(伝承)があり、祭神が猿田彦大神と同一視されるようになったのは同地に流布されていた『三尾大明神本土記』の記述に基づいてのことらしいです。

また、猿田彦大神の目は八咫鏡にも例えられています。八咫鏡は三種の神器の1つであり天照大御神自身をあらわす極めて神聖なものです。一介の国津神の容姿を例えるにはやや大げさな気もしますね。
このように猿田彦大神は記紀中で“VIP待遇”されていることから、天照大御神と同じ太陽神的な性格を有する特別な神である可能性も指摘されています。

猿田彦大神の誕生と最期

さて、謎が深まってきたところで…
次に猿田彦大神の生い立ちを見てみましょう。

左:佐太大神の誕生神話(加賀の潜戸)のオブジェ 玉造温泉 (島根県 松江市)
右:猿田彦大神のお膝元、伊勢の猿田彦神社(三重県 伊勢市)

江戸時代後期の国学者 平田篤胤の著した『古史伝』の説に基づけば、猿田彦大神は佐太大神と同一神であるといいます(あくまでも一説です)。

佐太大神の母は支佐貝比売命(キサガイヒメ)という貝(一般には赤貝とされる)を神格化した女神です。この母神は大国主神が八十神によって焼き殺された時に治療を施した二柱の女神の内の一柱であり、神産巣日之命(カムムスビ)とも関係が深い出雲系の神様です。ラノベ古事記ディープユーザーの皆さんからしてみれば「あ!あの神様か!」って感じですよね。
関連:ラノベ古事記『八十神の復讐』

『出雲国風土記』には、佐太大神(猿田彦大神)は加賀の潜戸と呼ばれる場所で誕生したとあります。この佐太大神の誕生神話も(佐太大神の太陽神的な側面が垣間見えて)面白いのですが、話すと長くなるのでここでは割愛します。※ちなみにY.Yは加賀の潜戸も佐太神社も未踏なので(2022年6月現在)、他のライターさんがスポット紹介してくださると泣いて喜びます(小声)。

左 天岩戸神社 西本宮 鈿女の舞のモニュメント(宮崎県 西臼杵郡 高千穂町)
右 安積国造神社 天宇受売命の面(福島県 郡山市)

天孫一行を無事に道案内した後、猿田彦大神は天宇受売命と結婚し、天宇受売命は猿女君と名を変えます。天孫降臨の地である宮崎県の高千穂には二人の新居である荒立神社も存在し、二人の仲睦まじさがうかがい知れます。

というわけで、末永く二人は幸せに暮らしましたとさ。めでたしめでたし。。

と…そうは問屋が卸しません。なんたって一癖も二癖もある記紀神話です。そんなノーマル&ベタなハッピーエンドなどほぼないわけです。
二人の結婚生活は意外な形で終わりを迎えます。

左:猿田彦大神を祀る二見興玉神社 夫婦岩に掛けられていた大注連縄
右:二見興玉神社 境内のオオシャコガイ (三重県 鳥羽市)

ある時、伊勢の阿邪訶の海で漁をしていた猿田彦大神は比良夫貝に手を挟まれてしまいます。そして、それっきり海から上がることはなく…。
少なくとも記紀神話の表舞台からは忽然と姿を消してしまうのです。
関連:ラノベ古事記『コノハナサクヤヒメ』

今ならSNSがざわつきかねない不可解な失踪事件。
記紀神話の中でもトップレベルのミステリーなのではないでしょうか?

個人的には貝の神から生まれた猿田彦大神が貝に帰っていくという点も興味深いと思います。『石神問答』中で述べられている説に基づけば猿田彦大神は岬(すなわち海辺)の神らしいので、海へと帰って行くのは必然だったのかも知れませんが…。

日本の昼を守る伊勢と夜を守る出雲の両方の海に猿田彦大神関連の神話が残っているのも面白いです!

日の本の夜を守る出雲 日御碕神社 (島根県 出雲市)

ああ…細かいことを書きたくなってしまう。僕の悪い癖。このままだと永遠にマニアックな話を語り続けてしまいそうなので、いい加減スポット紹介に移りましょう!

猿田彦の祠・恵利原の水穴・風穴を訪ねて

場所は三重県 志摩市

道開きという御神徳に加え、庚申信仰や道祖神とも結びついたことで広く人口に膾炙した猿田彦大神。彼を祀る神社は日本全国に存在します。中でもとりわけ猿田彦大神の濃度が高いのは、彼の”ふるさと”である三重県ではないでしょうか?

今回ご紹介する「ゆかりの地」はそんな三重県の志摩にあります。天岩戸神話の伝承地の一つでもあるため、古事記好きなら誰でも楽しめる(感動する)場所だと思います。

ここからはY.Yの旅の記録です。(この場所は何度か訪れていますが、最初に参拝した時の感動を思い出しながら書いていきます!)

Googleマップで見つけた謎の場所

お伊勢参りを計画していたY.Yは、旅の前日にGoogleマップで何か変わった場所はないかと探していました。そんな時パッと目に留まったのは天の岩戸(恵利原の水穴)の文字!

「こんな三重の山中にも天岩戸が!?」

そう思って夢中で拡大してみると…。すぐそばには風穴もあり、さらに奥には「猿田彦の祠」という謎すぎる場所もあるではありませんか!

「旅のフィナーレはここで決まりだ!」

そう思って予定に組み込みました。

バスに揺られて

お伊勢さんを堪能し、別宮も回れるだけ参拝したY.Yは内宮近くの浦田町というバス停からバスに乗りこみました。目指すは天の岩戸口のバス停です。

バスはお伊勢参りの渋滞の中をゆっくりゆっくりと進みました。

やがて志摩へと続く伊勢道路へと入り、長めのトンネルを通ります。トンネルを抜けると(道幅は広いものの)木々に囲まれた一本道です。

この一帯は神宮宮域林。遷宮の際の御用材を切り出すための場所だったようです。言わずもがな、木の一本一本が御神木です。バスはこの“神聖な森”を縫うように進みました。

バスに乗ってから4, 50分は経ったでしょうか?
ようやく天の岩戸口のバス停にたどり着きました。

一之鳥居
天の岩戸の看板

一之鳥居と看板がありました。

天の岩戸(恵利原の水穴)

ここからは歩きます!
なかなか距離があります。

途中には大島桜や足形跡遺跡なる遺跡(?)があったりと…全く退屈することはありません。途中には大きな池もありました。

足形跡遺跡

そうこうしているうちに、二つ目の鳥居が見えてきました。両脇にはつぶらな瞳の狛犬様たちもいらっしゃいました。奥にはたくさんの灯篭が立ち並んでいました。異世界への入り口とはこういう所の事を言うのでしょう。

二之鳥居と狛犬様

狛犬様たちの熱い視線を感じながら、もう少し進むと駐車場があります。
車やバイクはここまで乗り入れることができます。
その先には舗装された林道が続いています。

道は続く

小川のせせらぎを聞きつつさらに進むと…。

第三の鳥居が!

三之鳥居

鳥居をくぐると何か聞こえます。

近づいてみましょう。

遠くに見えるのは?

禊滝です!落差は2~3 mくらいでしょうか?雨が降った後なので水量は多めでした。更衣室もあり滝行も行えるようです。禊滝の左側には天手力男神(タヂカラオ)のものと伝わる手形がついた石もありました!

禊滝
雨の降らないと日が続くとこれくらいの水量になります

天の岩戸(恵利原の水穴)はすぐそこです!
禊滝のわきの石段をのぼるとこんな狛犬様たちが待ち構えています。

岩戸の前の狛犬様

鳥居をくぐると…
ありました!!!
鳥居の奥にぽっかりと穴が空いています。
穴の奥からは冷たく清らかな水が滾々と湧き出しています。

天の岩戸(恵利原の水穴)
岩戸からは清らかな水が流れ出しています

恵利原の水穴の水は「名水百選」にも認定されているようで、とてもおいしかったです!

ここだけで満足してしまいそうですが、まだ先があります。もうちっとだけ続くんじゃ。

風穴

参拝を済ませ(ここに来られた感謝の気持ちを伝え)、いよいよ風穴と猿田彦の祠を目指します。ここからは山道です。

猿田彦の祠と風穴に向かう道

しばらく歩くと分かれ道が…!
先に風穴に向かいます。

分かれ道の先は険しかった

風穴に向かう道は険しいです。
細い山道を抜けると、ちょっとした岩場もありました。足を滑らしたら黄泉の国まっしぐらです。黄泉津大神のご尊顔を拝するのは…どうかご勘弁。。。「いや、黄泉戸喫さえ済ませなければワンチャン…」などとは考えないことです。

皆様も訪れる際はご注意を。

ついに見えてきました!

大沢の風穴

またしてもぽっかりと空いた穴!!
穴のまわりにかけられた注連縄は天岩戸を彷彿させます。

近づいてみるとわずかに風を感じます。中を覗かせていただくと、深い深い闇がどこまでも続いています。耳をすませば、微かに水の流れる音も聞こえます。もしかしたら先ほどの水穴とつながっているのかもしれません。

穴の中をしばらく眺めていたら、どこからともなく現れたトンボが穴に吸い込まれていきました。訪れたのは3月のはじめ。ちょっと恐怖を感じました。

あな恐ろし

耳をすますと水の流れる音も聞こえます

昔の人は、こんな神秘的な場所に神の姿を重ね合わせたに違いありません!!

猿田彦の祠
猿田彦の祠に向かう

先ほどの分岐点まで戻ってきました。猿田彦の祠はこの先です。

この道はかつては伊勢と志摩を結ぶ街道として使われていたようです。しかし自然の力は恐ろしい。今は木が生い茂るばかりで、根が道まで張り出しています。道と呼べるのかも怪しい状態です。麓においてあった登山者用の杖を借りてくるべきでした。なかなかの酷道ぐあいです。

道なき道をひたすら進む

途中で道がわからなくなりました。「あーこれは詰んだ。」そう思ったときに、上から人影が!

そう、猿田彦大神です!

って、そんなわけがありません。もちろん下山途中の方でした。

「祠はもうすぐだよ!」と言って、持っていた木の杖を一本貸してくれました。何という神対応! あるいは本当に神だったのかもしれません。
今となっては確かめる術もありませんが…。

何はともあれ目的地は近いようです。
歩き続けると大きな木や石が増えてきました。

そして…

ひときわ異彩を放つ一本の巨木が現れました!
木の根元には祠もあります!
そう!これこそが猿田彦の祠です!
すごく遠く感じましたが、分岐点からは20分ほどで来ることができました。時期によってはヒルも出るとのことなので、行かれる際はご用心を!ヒルの比礼が必要かもしれません(?)。

ついにたどり着きました!!

瑳婁儺秘祜大神と書かれています。
サルタヒコと読めます!間違いないですね!

瑳婁儺秘祜大神
猿田彦の祠と御神木

猿田彦の祠の先には逢坂峠があります。この地は伊勢の神宮(内宮)を流れる五十鈴川と伊雑宮付近を流れる神路川の分水嶺であり、極めて神聖な場所です。この祠は峠を行き交う人々をずっと見守っていたのでしょう。

すさまじい生命力を感じる御神木 連理木のようです

御神はかなりの老木です。部分的に枯れ始めているようにも見えますが、上を見上げると葉は青々と茂っています。すさまじい生命力を感じます。よく見ると違う種類の木が根元でつながっています。サルタヒコとアメノウズメのようですね!

御神木&祠との別れはとても名残惜しかったですが、いよいよ辺りも暗くなり始めてきたので帰ることにしました。

下山する途中、突然「パタパタ」とヘリコプターとも鳥ともつかぬ音が森中に響き渡りました。Y.Yはノミの心臓です。一目散に山を下りきり、一之鳥居まで戻ってきました。そのおかげで、完全に辺りが暗くなる前にバスに乗ることができました笑。あの音はいったい何だったのか、熊、イノシシ、それとも。。

と…Y.Yの旅はこんな形で幕を下ろしました。

猿田彦の祠へのアクセス

最後に

こ~んなに長い記事を最後までご高覧いただきありがとうございます!!!
今回は猿田彦大神にスポットをあて、古事記ゆかりの地として、猿田彦の祠、天の岩戸、風穴を紹介させていただきました。いかがでしたでしょうか?
お伊勢参りの際は、(少しだけ足を延ばして)是非この素敵な「ゆかりの地」を訪れてみてください!

参考文献

  • 鎌田東二(1999). 『隠された神サルタヒコ』. 東京, 大和書房
  • 鎌田東二(2000). 『ウズメとサルタヒコの神話学』. 東京, 大和書房
  • 神社本庁(2012). 『神社検定 公式テキスト2 神話のおへそ』. 扶桑社
  • 小野寺優(2017). 『ラノベ古事記 日本の神様とはじまりの物語』.KADOKAWA
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Writer Y.Y

日本の歴史や日本神話、化学と生き物と歌を愛してやまない妖怪です。研究者の端くれです。神秘的な場所を求めてさまよう旅人でもあります。

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