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同じ歴史書なのに、なぜ内容が違うの?
古事記と日本書紀、何が違う?
「古事記」という名前を聞くと、セットで思い浮かぶのが「日本書紀」だと思います。
どちらも、日本の神話や古代の天皇について書かれた、奈良時代成立の歴史書です。
古事記は712年、日本書紀は720年に完成。
わずか8年の違い。
「そんな近い時期に、なんで似たような本を2冊も作ったの?」
と、疑問に思うかもしれません。
でも、この2冊。
読んでみると、意外と違うところが多いんです。
ざっくりイメージするなら、
古事記は、神話や歴代天皇の物語を、ひとつのストーリーとしてつないでいく歴史物語。
日本書紀は、さまざまな伝承や記録を集め、年代を追って日本の歴史を記していく国の歴史書。
古事記には「ふることふみ」と読む言い方もあります。ざっくり言えば、古い出来事を記した書。
対して「日本書紀」は、日本という国の歴史を記していく書物。
名前から受ける印象にも、ちょっと性格の違いが見える気がします。
ただし、「古事記と日本書紀には、まったく別の話が書かれている」わけではありません。
日本書紀の本文だけを見ると古事記と違うように見える神話でも、「一書」と呼ばれる別伝まで見ていくと、古事記とよく似た展開が出てくることがあります。
同じような伝承を持ちながら、どの話を採用して、どう並べて、どこまで別伝として残すのか。
その「編集の仕方」が違う。
ここが、古事記と日本書紀を読み比べる面白さなんです。
| 比較 | 古事記 | 日本書紀 |
|---|---|---|
| 完成 | 712年 | 720年 |
| 巻数 | 全3巻 | 全30巻 |
| 編纂 | 稗田阿礼の誦習を太安万侶が筆録 | 舎人親王ら |
| 範囲 | 神代~推古天皇 | 神代~持統天皇 |
| 書き方 | 漢字を使い、日本語の語順や音も表現 | 漢文を基本とする |
| 構成 | 一つの物語としての流れが強い | 年代順に記し、異伝も収録 |
| 特徴 | 神話・歌・人物の物語が豊か | 国史として記録の厚みがある |
712年完成
古事記の序文によると、始まりは天武天皇の時代。
天武天皇は、諸家に伝わる帝紀や旧辞に誤りが加わっていることを問題視し、稗田阿礼に内容を誦習させました。
ただし、天武天皇がいつこの作業を始めたのか、具体的な年は古事記には書かれていません。
その後、天武天皇の時代には完成せず、元明天皇の時代へ。
711年、元明天皇が太安万侶に稗田阿礼の誦習した内容を筆録するよう命じ、翌712年に完成しました。
720年完成
日本書紀も、編纂がいつ始まったのかを単純に一日で決めることはできません。
ただ、日本書紀には681年、天武天皇が川島皇子・忍壁皇子らに命じ、「帝紀及上古諸事」を記し定めさせたという記事があります。
さらに持統天皇の時代には、諸氏族に祖先の記録を提出させるなど、歴史資料を集める動きも続きます。
こうした事業が、のちの国史編纂へつながっていったと考えられています。
ただし、この天武天皇の事業と、古事記序文に書かれた稗田阿礼への命令が同じプロジェクトなのか、別のものなのかは決着していません。
最終的に、天武天皇の皇子・舎人親王を中心として編纂され、720年、元正天皇の時代に完成しました。
古事記と日本書紀は、完成こそ8年違い。
でも、その背景には天武天皇の時代から続く、長い歴史編纂の動きがありました。
全3巻
上巻・中巻・下巻の3巻構成。
コンパクト。
かなりコンパクト。
神話から歴代天皇まで入って、3巻です。
全30巻
巻1・2が神々の時代を記した「神代紀」。
そこから神武天皇、歴代天皇の時代を経て、最後は持統天皇まで続きます。
30巻。
古事記の10倍。
そりゃ重い。
神代~推古天皇
天地開闢から始まり、神々の時代を経て、推古天皇まで。
現存する日本最古の歴史書です。
神代~持統天皇
同じく神々の時代から始まり、最後は持統天皇。
古事記より後の時代まで、より詳しく記録されています。
漢字を使って、日本語をどう残すか。
古事記が面白いのは、文章そのものにもあります。
まだ平仮名も片仮名も成立していない時代。
使える文字は漢字。
でも、表したい言葉は日本語。
そこで古事記では、漢字を意味で使ったり、音だけを借りたりしながら、日本語の語順や響きを残そうとしています。
太安万侶自身も序文で、この表記には苦労したことを語っています。
安万侶、ほんとにお疲れ。
漢文を基本に書かれた歴史書。
日本書紀は、歴代天皇の事績や歴史上の事件を、基本的に漢文で記しています。
そして神代を除けば、年月を追いながら出来事を記していくスタイル。
さらに、帝紀や旧辞だけでなく、朝廷の記録、個人の手記、中国や朝鮮半島の史料など、さまざまな資料が使われています。
読み物というより、必要な情報を調べながら読む巨大な歴史資料集。
教科書とか資料集のイメージに近いかもしれません。
同じ話なのに、ここまで違う
記紀を実際に読み比べてみよう!
ここからは、古事記と日本書紀で実際にどれくらい内容が違うのか、具体的なエピソードを見てみましょう。
まずは神話の始まりに近いヒルコから。
イザナギとイザナミが最初に生んだ子。
しかし、二神の結婚の手順に問題があったため、子の数には入れられず、葦船に乗せて流されます。
日本書紀では、ヒルコの誕生について複数の形があります。
古事記に近い位置で生まれる伝承もあれば、アマテラス、ツクヨミに続いて生まれる伝承まであります。
同じヒルコでも、物語上の立ち位置がかなり違います。
黄泉の国から帰ったイザナギが禊をします。
左目を洗ったところから、アマテラスが誕生。
右目からツクヨミ。
鼻からスサノオ。
三貴神が誕生します。
日本書紀では、アマテラスの誕生だけでも複数の伝承があります。
本文では、イザナギとイザナミがアマテラスを生みます。
一書では、イザナギが白銅鏡を手にしたことによってアマテラスが現れる話も。
さらに、古事記と近い禊の中で生まれる伝承まであります。
同じアマテラスなのに、誕生方法から違う。
しかも日本書紀では、一書まで読むとさらに別の形が見えてきます。
違うのは神話だけじゃない
同じ人物なのに、キャラまで違う!
そして、記紀の違いが面白いのは神話だけではありません。
どちらも神武天皇以降は、天皇や皇族たちの物語が続いていく歴史書。
同じ人物でも、古事記と日本書紀で描かれ方がびっくりするくらい違うことがあります。
父、息子を怖がる。
古事記のヤマトタケルは、かなり危うい少年として登場します。
兄をとんでもない方法で殺してしまった息子に、景行天皇はドン引き。
その後、ヤマトタケルは熊曾征討へ。そして帰ってきたと思ったら、今度は東国へ。
さすがのヤマトタケルも叔母のヤマトヒメに、
「天皇は、私に死ねと思っているのでしょうか……」
と嘆きます。
そして東征の帰り、ヤマトタケルは故郷へ帰れないまま亡くなります。
知らせを聞いて墓へ駆けつけるのは、后や御子たち。
景行天皇が葬送の場へ来た、という記述はありません。
ちなみに古事記の景行天皇条には、ヤマトタケルの妻・オトタチバナヒメが命を落とした海域と重なる「東の淡水門を定めた」という記述もあります。
……こういう細い記録が、オタクにはたまらない。
父、息子をめちゃくちゃ評価する。
ところが日本書紀では、景行天皇の印象がかなり違います。
ヤマトタケルが熊襲を平定して帰ってくると、その功績を高く評価し、特に寵愛。
東征へ送り出す時にも、
「姿は我が子だが、実際には神人である」
とまで称えます。
そしてヤマトタケルが亡くなったと聞くと、景行天皇は眠ることも食べることもできず、昼も夜も泣き悲しみます。
さらに約10年後。
「愛する息子を思う気持ちは、いつになったら止むのだろう。あの子が平定した国々を巡ってみたい」
と、ヤマトタケルが遠征した東国を自ら巡幸します。
もうこれ、息子の仕事現場を聖地巡礼してる父。
同じ景行天皇とヤマトタケル親子なのに、この違い。
古事記だけ読んだ時、日本書紀だけ読んだ時では、人物への印象まで変わります。
こういう細かな差を見つけると、オタクはもう一生遊べます。
古代には、さまざまな氏族や地域に、多くの伝承や記録が存在していました。
それらを歴史書としてまとめる時に、
どの伝承を採用するか。
どの順番に並べるか。
どうつなげるか。
別の説をどこまで残すか。
その選び方や編み方によって、出来上がる物語は変わります。
古事記では、一つの物語として読める形に伝承がまとめられている。
日本書紀では、本文を立てながら、別の伝承も「一書」として残している。
だから記紀を比べると、同じ神様や人物なのに違う話が出てくるんです。
ここまで違うと、
「で、結局どっちが本当なの?」
って思いますよね。
でも、古事記が正解で日本書紀が間違い、あるいは日本書紀が正解で古事記が間違い、という単純な話ではありません。
むしろ面白いのは、「同じ伝承が、どんな形で残されているのか」を比較できること。
日本書紀の本文では古事記と全然違うのに、一書を読んだら、
「あっ!こっちは古事記と同じだ!」
なんてこともあります。
そうやって比較していくと、ひとつの物語の向こう側に、たくさんの伝承があったことが見えてくる。
神話や古代史が、一気に立体的になるんです。
古事記と日本書紀の違いについて、よく
古事記=国内向け
日本書紀=海外向け
と説明されることがあります。
確かに分かりやすい整理ではあるのですが、2冊の目的をそこまで単純に分けてしまうのはちょっと乱暴。
古事記は、天皇を中心とする系譜・神話・伝承を整理し、一つの大きな歴史として後世へ残す性格が強い。
日本書紀は、朝廷が編纂した最初の勅撰国史として、より多くの資料を用い、国家の歴史を体系的に記録する性格が強い。
もちろん、日本書紀が漢文で書かれていることや、当時の東アジア世界を意識した国史であることも重要です。
ただ、
古事記は国内向け。
日本書紀は外国向け。
以上!
と、それだけで終わらせると、ちょっともったいない。
違いばかり見てきましたが、もちろん共通点もあります。
つまり記紀は、
似ているからこそ、比べると違いが見える。
そして、その違いを見ることで、古代の伝承や歴史の広がりまで見えてきます。
初めてなら、私は古事記からをおすすめします。
理由は単純。
物語として追いやすいから。
まず古事記で、アマテラス、スサノオ、オオクニヌシ、ニニギ、神武天皇、ヤマトタケル……と、ひとつの大きな流れをつかむ。
そのあと日本書紀を開く。
すると、
「え、こっちではそうなるの!?」
が始まる。
日本神話も、古代史も、一冊読んで終わりじゃない。
私はそこが、記紀のいちばん楽しいところだと思っています。
まとめ
古事記と日本書紀は
「似ているからこそ面白い」
古事記と日本書紀。
どちらも、日本神話と古代の歴史を伝える大切な歴史書です。
でも、使われた資料、文章の書き方、物語の組み立て方、人物の描き方まで、それぞれに違いがあります。
その違いは、「どっちが正しい?」だけでは終わりません。
むしろ、古代の人々がどんな物語や歴史を伝え、それを後世へどう残そうとしたのかを知る手がかりになります。
同じ歴史。
でも、ひとつじゃない。
古事記を読んだら、日本書紀も。
日本書紀を読んだら、もう一度古事記へ。
行ったり来たりし始めたら、ようこそ記紀沼へ。
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この記事を書いた人
小野寺 優(おのでら ゆう)
『ラノベ古事記』シリーズ著者。古事記学会所属。著書に『いちばんわかりやすい日本神話』『マンガ古事記』など。日本神話や古事記を、初心者にも分かりやすく伝える活動を続けています。