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淡島あわしま
淡洲あわしま

日本の神話で、イザナギノカミとイザナミノカミの国生みの時に生まれた「淡島(アワシマ)」。この神様(島)は、ヒルコと同じように「正式な子ども(島)の数には入れない」とされ、神話の最初のほうで一度姿を消してしまいます。

しかし、この「仲間外れにされてしまった」という悲しい生い立ちこそが、後に世の中の弱い立場の人々、特に病気に苦しむ女性たちを優しく救い上げる「最強の守り神」へと進化する大きな理由になりました。

ここでは、淡島がどのようにして女性たちのヒーローになったのか、その感動的な歴史をご紹介します。

古事記と日本書紀に描かれた「淡島」の正体

最初の神話では、淡島は完成された立派な島ではなく、どこか不完全な存在として描かれています。

文献名 区分 表記 読み 性格・文脈
古事記 本文 淡島 あわしま 国生みの失敗で生まれた子。「子の数には入れない」とされました。
日本書紀 四段一書一 淡洲 あわしま 国生みの途中でできあがった島とされています。
日本書紀 四段一書六 淡洲 あわしま 島々を産んだ時の「胞(え=胎盤)」からできた島とされています。
日本書紀 八段一書六 淡島 あわしま 小さな神様・少彦名命(スクナヒコナ)があの世へ旅立つ出発地点として登場します。

『日本書紀』の別のお話(一書第六)では、淡島は「島々を産んだ時の『胞(えな=胎盤)』からできた」と書かれています。

胎盤とは、お母さんのお腹の中で赤ちゃんを包み込み、栄養を届ける大切なクッションのことです。つまり、本州や四国といった巨大な島々を「元気な赤ちゃん」だとすると、淡島は彼らが無事に生まれるために絶対に欠かせなかった「生命のゆりかご(お母さんの体の一部)」だったのです。

昔の日本では、へその緒や胎盤をただの体の一部とは考えず、「赤ちゃんのもう一つの命(守り神)」として大切に土に埋める風習がありました。淡島は、独立した大きな島にはなれなかったかもしれませんが、日本という国を生み出すための「見えないお母さんの愛情とパワー」を一身に背負った、とても尊く神秘的な存在でした。

のちに淡島様が「安産や女性の病気の守り神」として全国の女性たちから熱烈に愛されるようになるのも、一番最初の生まれた時から「命の誕生」と深く深く結びついていたからなのです。

なお、この「胎盤からできた」というお話は、名前がよく似ている長男の島「淡路島(アワジシマ)」の誕生シーンでもあります。(日本書紀本文)「あわしま」と「あわじしま」。どちらの解釈にしても、この二つの島が、日本列島という巨大な命を産み落とすための「偉大なゆりかご」としての重要な役割を共有していたのでしょう。

また、仁徳天皇が遠くを眺めて詠んだ歌にも「淡島が見える」というフレーズがあり、昔の人々にとっては、今の兵庫県や和歌山県の沖に浮かぶ実在の島々(友ヶ島など)のイメージと結びついていたようです。

小さな神様「スクナヒコナ」との不思議な関係

神話が進むと、淡島(粟島)は、国造りを手伝った小さな神様「少彦名命(スクナヒコナ)」と深く結びつくようになります。

スクナヒコナは、お仕事を終えた後、「粟(あわ)」の茎に登ったところ、その茎が弾けて、永遠の楽園である「常世(とこよ)の国」へと飛んでいってしまいました。

この「アワ」という言葉の響きから、淡島は穀物(粟)や農業、そしてスクナヒコナが得意だった「医薬」と結びつくようになります。

鳥取県の米子市にある「粟嶋神社」などは、まさにこのスクナヒコナが粟を蒔いた場所、あの世へ旅立った場所だと言い伝えられています。

嵐の海と神功皇后

全国の淡島信仰のトップである和歌山県の「加太(かだ)淡嶋神社」には、歴史上のヒロインである神功皇后(じんぐうこうごう)のドラマチックな伝説が残っています。

皇后が船で海を渡っている時、激しい嵐に襲われました。神様に祈ると「船の帆を海に投げ、波の向くままに進みなさい」とお告げがありました。

その通りにすると、ひとつの島(友ヶ島)に無事にたどり着くことができました。そこにはスクナヒコナとオオクニヌシが祀られており、皇后は感謝して宝物をお供えしました。

これが淡嶋神社の始まりであり、後に仁徳天皇が対岸の「加太」の町へ神社をお引越しさせたと伝えられています。

悲劇の妻から、女性たちの救世主へ

時代が江戸時代に近づくにつれ、淡島は神話の枠を超えて、強烈な「女性の守り神(淡島明神)」へと変身します。その背景には、こんな泣ける伝説がありました。

住吉の神様に捨てられた悲しいお后様

淡島様は、もともと海の神様である住吉大神の奥さんでした。

しかし、女性特有の病気(婦人病)にかかってしまったため、夫に嫌われ、神社の扉に乗せられて海へ流されてしまいます。

和歌山の加太に流れ着いた淡島様は、「私と同じように、誰にも言えない女性の病気で苦しむ人たちを、私がすべて救いましょう」と誓いを立て、女性のための神様になったのです。

※これは歴史的な事実と民話が混ざり合ってできた伝説ですが、当時の女性たちの心を強く打ちました

全国を歩き回った「淡島願人(あわしまがんにん)」

「淡島様が女性を救ってくれるらしい!」という噂を日本中に広めたのが、淡島願人と呼ばれる旅の僧侶たちです。

彼らは淡島様の人形を背負って全国の村や町を歩き、「女性の病気を治しますよ」「安産のお守りですよ」と説いて回りました。

昔は男性のお医者さんに女性特有の悩みを相談しにくかったため、この「痛みを知ってくれている女神様」の存在は、当時の女性たちにとって、とても心強かったことでしょう。

日本各地に残る淡島(粟島)の不思議な伝説と風習

淡島様やスクナヒコナの噂は、全国に広がるにつれて、その土地ならではのドラマチックな伝説や、ちょっと変わったお参りの風習を生み出しました。

人魚の肉と、800年生きた少女の伝説(鳥取県米子市:粟嶋神社)

スクナヒコナが「粟」に乗ってあの世へ旅立ったとされる鳥取県の粟嶋神社には、もうひとつ、少し切なくて神秘的な「八百比丘尼(やおびくに)」という伝説が残る洞窟があります。

昔、ある漁師が海から正体のわからない珍しい肉を持ち帰りました。それを、何も知らない18歳の娘が食べてしまったのです。実はそれは、食べると不老不死になる「人魚の肉」でした。

娘はそれから何年経っても18歳の美しい姿のまま。しかし、家族や親しい人が次々と先に亡くなっていくことに悲しみ、世をはかなんだ娘は尼さんになり、粟嶋の洞窟に入って静かに命が終わるのを待ちました。

800歳でようやく眠りについた彼女は「八百姫(やおひめ)」と呼ばれ、今では延命長寿の守り神として大切に祀られています。

一寸法師の神様と「日本一小さな鳥居」(熊本県宇土市:粟嶋神社)

熊本県にある粟嶋神社には、縦・横がわずか30センチしかない「日本一小さな鳥居(ミニ鳥居)」があります。

江戸時代、重い病気で苦しんでいた人が淡島様にお祈りをしたところ、奇跡的に病気が治りました。その感謝の気持ちを込めて作られたのが、このミニ鳥居です。

一緒に祀られているスクナヒコナが、手のひらサイズの小さな神様(一寸法師のモデルとも言われています)だからこそ、このサイズになったのですね。

現在でも、この小さな鳥居をお腹をへこませて見事にくぐり抜けることができれば、婦人病の回復や安産、良縁に恵まれると言われ、多くの女性たちがチャレンジしています。

スポーンと産まれる「底抜け柄杓(ひしゃく)」(全国の淡島神社など)

江戸時代、和歌山の加太にある総本山まで直接お参りに行けない全国の女性たちの間で、自分の住む地域の淡島神社(神奈川県横須賀市の淡島神社など)で独自のお祈りをする風習が生まれました。

その代表的なものが「底抜け柄杓」の奉納です。これは、水をすくう柄杓の「底」をわざとくり抜いて筒状にしたものです。

水が途中でつっかえることなく、スポーンと勢いよく通り抜けることから、「赤ちゃんが途中で引っかかることなく、無事にツルンと産まれてきますように」という安産の切実な願いが込められています。

優しいご利益と、心温まる行事の数々

淡島様は、女性の生活と命を守るためのたくさんの行事と結びついています。

行事名 日付 内容 宗教的意味
針供養
(はりくよう)
2月8日または
12月8日
折れたり古くなったりした針を、お豆腐やこんにゃくに刺して供養します。 いつも固い布に刺さって頑張ってくれた針に「最後は柔らかいところで休んでね」と感謝を伝え、お裁縫の上達を祈ります。
雛流し
(ひなながし)
3月3日 全国から集まった雛人形を小船に乗せて、海へ流します。 自分たちの病気や災いを人形に身代わりになってもらい、清める意味があります。淡島様が海に流された伝説とも重なります。
定例祭 毎月「3」の付く日 神社で毎月行われるお祈りです。 淡島様の特別な日(お祭り)が3月3日のひな祭りであることに由来しています。

針をお豆腐に刺す「針供養」には、モノに対する日本人の優しさが詰まっていますね。また、淡島様は裁縫の神様(婆利塞女・ばりさいじょ)としても信仰されるようになりました。

淡島様(淡島大明神)の主なご利益

淡島様は、その数奇な生い立ちから「痛みを知る神様」として、特に女性のライフサイクルに寄り添った功徳(くどく)を授けてくださいます。

1. 女性特有の健康・病気平癒

2. 子授け・安産・育児

3. 裁縫上達・クリエイティブ(諸芸上達)

4. 厄除け・心身の浄化

淡島様をお祀りする主な神社

全国には、加太の神社から分かれた淡島神社がたくさんあります。

神社名 所在地 特徴
淡嶋神社
(加太淡嶋神社)
和歌山県和歌山市 全国の淡嶋神社の総本山。数万体の人形が並ぶ「人形供養」や「雛流し」で有名です。
淡島神社 福岡県北九州市門司 加太から神様を分けてもらった古い神社。九州での安産・子授けのパワースポットです。
粟嶋神社 鳥取県米子市 小さな神様・スクナヒコナが「粟」に乗ってあの世へ旅立ったという、神話の伝説が残る場所です。
浅草寺 淡島堂 東京都台東区 お寺の中にある珍しいパターン。江戸時代から都会の女性たちの信仰を集め、針供養の聖地として有名です。

「アワシマ」という名前に込められた4つの意味

どうして「アワシマ」という名前なのか、そこには歴史のロマンが詰まった複数の説があります。

「泡(あわ)」説
胎盤や水の泡からできたという、少しはかない、未完成な命の象徴。

「粟(あわ)」説
スクナヒコナが乗った穀物の粟。豊かな実りと農業の象徴。

「阿波(あわ)」説
食べ物の神様がいる四国の阿波国(徳島県)と関係しているという説。

「淡路(あわじ)」説
淡路島や、その入り口の海峡を指す地名からきたという説。

おわりに

現代に生きる淡島様

神話の中で「失敗作」として国生みのリストから外されてしまった淡島。しかし、その「弾き出された悲しみ」を知っているからこそ、病気に苦しむ女性や、行き場をなくした古いお人形たちの想いをすべて受け止める、巨大で優しい「慈悲の女神」になれたのです。

今でも「ひな祭り」や「針供養」として私たちの生活に溶け込んでいる淡島様のお話は、失敗やマイナスな出来事も、いつか誰かを救う大きな優しさに変えられるということを教えてくれます。

執筆のためのリサーチノート・参考文献


Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料をはじめとする古典文献の厳密な記述を参考にしつつ、作家・クリエイターである小野寺 優ラノベ古事記 著者)の視点から、独自の解釈で構成しています。

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