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速秋津日子神(ハヤアキツヒコノカミ)
(速秋津日命(ハヤアキツヒノミコト))

速秋津日子神

イザナギとイザナミの神生みで、海の神・大綿津見神(オオワタツミ)に続いて登場するのが、速秋津日子神(ハヤアキツヒコ)です!

水戸(みなと)をつかさどり、川の水が海へ流れ出る「水の出入口」を守る神様です。すぐ後に生まれる速秋津比売神(ハヤアキツヒメ)とともに、川と海をつなぐ役割を担っています。ここでは二柱の関係や名前の意味、現在の信仰について解説します。

古事記・日本書紀での描かれ方

神産み系図

古事記では、神生みの九番目に登場!

古事記上巻で、国生みを終えたイザナギとイザナミが神生みを始めます。大事忍男神から数えて九番目が速秋津日子神です。本文では「水戸神」と紹介され、続いて速秋津比売神が生まれます。

この「九番目」は、国生み後の神生みにおける順番です。二柱の誕生後、河と海の分担や、新たな八柱の神々の誕生が語られます。

日本書紀では「速秋津日命」

日本書紀(神代上・第五段の一書第六)には、異伝として、水門の神・速秋津日命(ハヤアキツヒノミコト)が登場します。

古事記では二柱(日子神・比売神)ですが、日本書紀の異伝では一柱として描かれています。文献ごとの違いを読み比べるのも面白いですね。

速秋津日子神とは?

ひとことで言えば、「川と海がつながる水の出入口をつかさどる、イザナギとイザナミの子」です。

川から海へ出る場所は、陸からは川の出口、海からは川の入口にあたります。そんな「境目」の神様を意識すると、いつもの川の景色も違って見えそうです!

神様の名前 速秋津日子神
ハヤアキツヒコノカミ
親神 イザナギ・イザナミ
対となる神 速秋津比売神(ハヤアキツヒメ)
古事記での登場 上巻・国生みの後。神生みの九番目
本文に記された役割 水戸(みなと)の神
日本書紀での表記 速秋津日命
※第五段の一書第六では一柱として登場

名前の由来・意味

「速」は、水の流れや神様の勢い

國學院大學の神名データベースによると、「速」は潮流の速さ、または神様の力の盛んさをたたえる言葉とされています。水の出入口の神様らしい、勢いのある名前です。

「秋」は、季節の秋とは限りません

「秋」という字は季節の秋だけでなく、「開く」や「明らかになる」という意味に結びつける説もあります。

河口が開いている様子、口を開けて呑み込むこと、穢れが清まって明らかになることなど、解釈は多様です。「津」を港とする説もあり、名前全体で水の流れや出入口を連想させます。

「日子」と「比売」が並ぶ名前

ハヤアキツヒコとハヤアキツヒメ。名前の通り、男女対の神様です。古事記でも二柱は続けて登場し、物語の中で常にセットで語られます。

登場する神話(国生みから神生みへ)

水の神々

国生みの後、最初に生まれる十柱がこちらです。速秋津日子神と速秋津比売神は、海の神に続く「水の出入口の神々」として登場します。

順番 神様の名前 読み 関わるもの・解釈
1大事忍男神オオコトオシオ国生みや神生みの大事業に関わるとする説
2石土毘古神イワツチビコ住居に関わる神という説
3石巣比売神イワスヒメ住居に関わる神という説
4大戸日別神オオトヒワケ住居に関わる神という説
5天之吹男神アメノフキオ住居に関わる神という説
6大屋毘古神オオヤビコ家屋に関わる神という説
7風木津別之忍男神カザモツワケノオシオ住居に関わる神という説
8大綿津見神オオワタツミ海の神
9速秋津日子神ハヤアキツヒコ水戸(みなと)の神
10速秋津比売神ハヤアキツヒメ水戸(みなと)の神

※国生みを終えた後の、神生みでの順番です。「住居に関わる神」は神名に基づく解釈。海の神・水戸の神という役割は古事記本文に記されています。表が画面に収まらない場合は横にスクロールできます。

広い海から、川と海の境目へ

大綿津見神が「海全体」の神なら、速秋津日子神・速秋津比売神は「水の出入口」の神々です。広い自然を大雑把に捉えるのではなく、場所ごとの働きに細かく目を向けていることがわかります。

國學院大學の解説では、「水戸」は河口だけでなく、海峡や流れの速い瀬戸も含むとされています。現代の人工的な水門だけを指すわけではありません。

速秋津比売神との関係と、続いて生まれる八神

水の神々の子ども

二柱で、河と海を分担する

古事記では、速秋津比売神の前に「妹(いも)」と添えられています。そして、二柱が河と海を「持ち別ける(分担する)」ことが語られます。

どちらが川・海を受け持つかは明記されていませんが、二柱が協力して川と海のつながり(水の世界)を支える姿が描かれています。

二柱に続く、水に関わる八柱

続いて以下の八柱が登場します。二柱を親神とする解釈では、これらは速秋津日子神・速秋津比売神の子にあたります。

速秋津日子神・速秋津比売神に続く八神

  • 沫那藝神(アワナギ)
  • 沫那美神(アワナミ)
  • 頬那藝神(ツラナギ)
  • 頬那美神(ツラナミ)
  • 天之水分神(アメノミクマリ)
  • 国之水分神(クニノミクマリ)
  • 天之久比奢母智神(アメノクヒザモチ)
  • 国之久比奢母智神(クニノクヒザモチ)

ただし、この「生む」の主語には諸説あります。國學院大學の注釈では、「二柱が生んだ(度会延佳の説)」と「イザナギ・イザナミが生んだ(本居宣長の説)」の双方が紹介されています。

女神側については、速秋津比売神(ハヤアキツヒメ)の記事でも詳しく紹介しています。

「持ち別けて」に、少し立ち止まってみる

ここからは私なりの見解です。「河と海を持ち別けて」という言葉には、単なる役割分担以上の意味があるように感じます。

同じ父母を持つ二柱だからこそ?

速秋津日子神と速秋津比売神は、どちらもイザナギとイザナミから生まれた同母兄妹です。

古事記において、木梨之軽太子と軽大郎女のように「同母兄妹の結びつき」は禁忌として扱われ、悲劇として描かれます。神代においても、近しい者同士の結びつきが無条件に認められていたわけではありません。

「イザナギとイザナミも兄妹神では?」と思うかもしれません。しかし、古事記ではイザナギ・イザナミの父母は示されておらず、「同じ父母から生まれた」と明確に語られる速秋津日子・速秋津比売とは描かれ方が異なります。

先行研究にも、兄妹の関係に着目する読みがあります

西宮一民の論文(※)でも、「二柱が生む」と解釈すると同母兄妹婚の禁忌に触れる問題が指摘されています。そのため西宮は、八神を生んだ主体をイザナギ・イザナミと考えています。(※萬葉学会データベースの論文要旨より)

一方、『古事記注解』(國學院大學注釈)には、「二柱が持ち場を分担し、関わり合うことで神々が派生した」とする解釈もあります。「生まれる」という言葉の捉え方も多様です。

夫婦の交わりではなく、自然の働きから生まれたのかも

これらを踏まえ、私はこう考えています。二柱から神々が生まれるとしても、それは夫婦の交わりによるものではないのではないでしょうか。

古事記に登場する神々は一柱だけでも神を生みますし、アマテラスとスサノオのように、口に含んだ物実(ものざね)から神々を生み出すこともあります。そのため、神話において「子が生まれる=夫婦の交わりがあった」とは限らないのです。

河と海の働きが交わることで新しい神々が生まれる。「持ち別けて」には、そんな自然界の連鎖が込められている気がしています。同母兄妹だからこそ、性的な生殖とは異なる「神々の誕生」を語ったのではないか。これが私の考察です。

同じ表現は、大山津見神と鹿屋野比売神(山と野の神)にも使われています。この二柱もイザナギとイザナミの子。川と海、山と野。それぞれの自然の働きが重なり、新たな神様が誕生すると考えると、しっくりきます。

もちろん、「持ち別けて」が同母兄妹の禁忌を意識した表現なのか、単なる領域の分担なのかは本文からは断定できません。これはあくまで先行研究を手がかりにした私個人の所感です。

「誰の子か」だけでなく、「どんな働きから生まれたのか」に目を向けると、短い神生みの場面からもより豊かな景色が見えてきます。

大祓の神とのつながり

『延喜式』の六月晦大祓の祝詞には、海へ運ばれた罪を呑み込む速開都咩(ハヤアキツメ)が登場します。速秋津比売神と結びつけられがちですが、國學院大學の解説では両者を区別する見方も示されています。

一方、湊口神社などでは、水戸の神々を「祓い清め」の信仰と結びつけています。古事記における「出入口の神」と、神社に伝わる「祓いの神」。この二つの側面を知るのも、二柱を学ぶ楽しさです。

伝承の地

淡路島の湊に伝わる、二柱への信仰

淡路島にある南あわじ市の湊口神社と、洲本市の由良湊神社では、速秋津日子神と速秋津比売神の二柱を祀っています。

湊口神社は、古代の海人(あま)たちが祖神を祀ったことが始まりとされています。由良湊神社の鎮座する由良も紀淡海峡を望む港町。水の出入口の神々が、海とともに生きる人々に大切にされてきたことがわかります。

古事記本文にこの場所が誕生地として記されているわけではありませんが、地域の人々が神様を身近に感じ、大切に祀ってきたゆかりの地です。

歴史の中で伝えられてきた信仰

延喜式に名が見える、湊の神社

湊口神社と由良湊神社は、どちらも『延喜式』神名帳に名が見える「式内社」とされています。地域で長く信仰が続いてきた由緒ある神社です。

由良湊神社は、明治3年(1870年)に八幡宮と湊神社が合祀されて誕生しました。現在、速秋津日子神・速秋津比賣神とともに品陀和氣尊(ほんだわけのみこと)が祀られているのは、この歴史的背景によるものです。

海から離れた土地にも

滋賀県甲賀市の瀧樹(たき)神社にも二柱が祀られています。仁和元年(885年)に分霊を迎えたと伝わっており、海辺に限らず内陸部でも大切に信仰されています。

御利益(神徳)

開運招福・現状打破――滞りを流し、新しい一歩へ

由良湊神社では、速秋津日子神にちなむ「彦御守」を授与し、開運招福・現状打破の御利益を掲げています。水を出口へ押し出す神の力を「行き詰まりを解き、新しい未来へ進む力」として捉えています。

頑張っても前へ進めない時や、気持ちを切り替えて踏み出したい時。「この滞りを流し、進む力を貸してください」と祈りたくなる、心強い神様です。

厄除開運、豊漁・海上安全への祈り

湊口神社では、二柱の神徳として厄除開運を掲げています。また、同社の湊口祭は豊漁・海上安全を願うお祭りです。

「港を行き交う人々が無事に帰れますように」「海の恵みとともに穏やかな暮らしが続きますように」。水の出入口には、人々の切実な祈りが込められています。

祀られている主な神社

湊口神社(兵庫県南あわじ市)

湊口神社の公式サイトでは、主祭神を速秋津比古神・速秋津比売神と表記しています。所在地は南あわじ市湊里1287番地で、「秋津之宮」という別称もあります。

水戸の神々を祀り、祓い清めや厄除開運の御利益を伝えています。二柱が並んで祀られており、力を合わせて水の世界を支える姿が想像できます。

由良湊神社(兵庫県洲本市)

由良湊神社の公式案内によると、速秋津日子神・速秋津比賣神・品陀和氣尊の三柱を祀っています。由良の港町に鎮座する神社です。

男神にちなむ「彦御守」、女神にちなむ「姫御守」があり、二柱それぞれに親しみを持つことができます。授与品からも、現在の信仰の形が伺えます。

瀧樹神社(滋賀県甲賀市)

滋賀県神社庁の案内では、御祭神に速秋津日子神・速秋津比賣神を挙げています。読みは「たきじんじゃ」、所在地は甲賀市土山町前野155です。

古くは川田神社と称し、後に瀧樹神社と呼ばれるようになりました。海辺とは異なる内陸の風景の中で、地域の人々に守り伝えられています。

参考資料・出典

本記事の神話記述、神名解釈、系譜の諸説は國學院大學の公開資料に基づきます。祭神・由緒・御利益は各神社および神社庁の公式案内を参照しました。度会延佳・本居宣長・『古事記注解』の説は國學院大學の注釈から、西宮一民の論文は萬葉学会データベースの要旨から引用しています。なお、「持ち別けて」と兄妹の禁忌に関する考察は、先行研究を踏まえた筆者個人の所感です。

この記事の参考資料

國學院大學:古事記ビューアー「神生み」

國學院大學:神名データベース「速秋津日子神」

國學院大學:神名データベース「速秋津比売神」

湊口神社:御祭神・祓いの信仰

湊口神社:神社の概要・祭りの意味

湊口神社:由緒・歴史

由良湊神社:御由緒・御祭神

由良湊神社:御朱印・授与品(彦御守・姫御守)

滋賀県神社庁:瀧樹神社

國學院大學:古事記ビューアー「神世七代」

國學院大學:神名データベース「伊耶那岐神」

愛媛県生涯学習センター:「えひめの記憶」木梨軽太子・軽大郎女の伝承

萬葉学会:西宮一民「古事記上巻『神参拾伍神』考」論文要旨(『萬葉』142号、1992年4月、38〜60頁)

執筆のためのリサーチノート・参考文献


Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。

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