
それからイザナミはすぐに身籠った。
僕がイザナミの膨らんだお腹に手を乗せると、彼女は幸せそうに微笑む。
期待に胸を膨らませながら、僕はイザナミが安心して出産できるように、専用の産屋を建てた。

そして、いよいよ待ち望んでいたその日が来る。
イザナミは出産の準備をすると、緊張した面持ちで産屋に入っていった。

あー。緊張する……

イザナミ、遅いな……出産って、こんなに時間がかかるんだ

しかし、待っても待っても産声は聞こえてこなかった。
心配のあまり、僕は産屋の戸を叩く。

イザナミ……? 大丈夫?
返事はない。
しかし、産屋の中から微かにイザナミのすすり泣く声が聞こえてきた。
僕はごくりと生唾を飲み込むと、不安な気持ちで戸を開く。


イザナギ……ごめんなさい…………
イザナミが抱いていた布をそっとずらすと、赤黒くテカる肉塊が見えた。

……私っ……ちゃんとした赤ちゃん、産めなかった……
イザナミが、ポロポロと大粒の涙を流す。

イザナミ……
僕はすぐに駆け寄ると、彼女の背中をさすりながら、改めてその子をのぞき込む。

これが赤ちゃん?

まるで、ヒルみたいだ……
目の前の残酷な現実に眩暈がする。
でも、今、1番傷ついてるのはイザナミなんだ。
僕がしっかりしなくちゃ。

イザナミは悪くないよ……それより、身体は大丈夫?

……ごめんなさい…………
謝ることじゃないのに……イザナミは何度も僕に謝る。

今、「気にしないで」って言っても、無理だろうし……
こんな時、どうしたらいいんだろう。

ねぇ……イザナミ?

この子に名前をつけてあげないか?

僕らの最初の子なんだから
僕の言葉に、イザナミは涙に濡れた顔を少しだけ上げた。
そして、腕の中の子をそっと見つめる。

…………ヒルコ……

この子の名前は、ヒルコにする
イザナミのか細い声に、胸が張り裂けそうだ。

ヒルコか……

太陽の子みたいで、いい名前だね
こうして、はじめての夫婦の交わりで生まれた子は、ヒルコだった。
僕は、イザナミの気持ちが少しでも軽くなるようにと、ヒルコを葦の船に乗せて、海に流した。

僕らは、なんとか気持ちを切り替えようと、また寝室に入る。
――しかし次に生まれた子も、泡のように儚い『淡島』だった。

その姿は、今にも溶けて消えてしまいそうだ。
この子も、子どもの数には入れられない子だったのだ。
イザナミの悲しむ顔を見るのがつらい。

僕……何もできなくてごめん

ううん、悪いのは私だよ

ちゃんと赤ちゃんを産めない自分が恥ずかしい……

っそんなこと言うなよ!
僕は思わずカッとなる。

なんでイザナミはそうやって、全部自分のことみたいに言うんだよ

これは僕ら二人の問題じゃないか

僕にだって……一緒に背負わせてくれよ

イザナギ……

……でも…………今まで、私が生んだ子は良くなかったでしょう?

もう…………私、赤ちゃん生むの、怖い……
それは……そうなるだろう…………
だって、イザナミは自分のお腹に命を宿して、痛みを伴いながら赤ちゃんと向き合っているんだから。
これ以上、彼女を傷つけたくない。
そこで、僕らは相談して言った。

ねぇ、イザナミ?

このこと、やっぱり高天原に戻って、天津神に報告するべきだよ

確かに僕らはここまで失敗続きだけど、天津神の誰かなら、原因が分かるかもしれない!

…………うん……
そうして僕らは共に高天原へ参り上って、天つ神の判断を仰ぐことにした。


イザナギくん、イザナミちゃん……おかえりなさい!!
天津神の神殿に着くと、ミナカヌシ様が両腕をいっぱいに広げて駆け寄り、イザナミをギュッと抱きしめた。


えっ?

二人とも、よく頑張ったね!

つらかったよね、悲しかったよね……
いつもフワフワしているミナカヌシ様が、ポロポロ涙を流している。
それに、タカミムスヒ様とカムムスヒ様まで……造化三神が勢揃いしているではないか。

なんだ……全部知ってくれてたんだ
張り詰めていた緊張の糸が、ぷつりと切れ、イザナミが「わっ」と声を上げて泣き出した。

ミナカヌシ様っ! ごめんなさい、私……っ!!

謝らないでよ……

イザナミちゃんは、なんにも悪くないんだもの
ミナカヌシ様がイザナミの頭を優しく撫でる。
その優しい手つきに、イザナミの表情が少しだけ和らいだ。

帰ってきて、本当によかった
すると、タカミムスヒ様が優しくこちらに微笑みかける。

二柱だけで、よくここまで頑張りましたね

原因を……探りましょうか
そう言うと、タカミムスヒ様は「太占」の道具を用意した。

牡鹿の肩甲骨を炙り、そこに入ったヒビで吉凶を占うのだ。

グスッ……私が見よっか

はい、お願いします
ミナカヌシ様は雄鹿の骨を、朱桜の木の枝で火を焚いて炙り始めた。
パチパチと心地よい音と共に、甘く香ばしい匂いが漂い、部屋中が煙に包まれると、なんだか頭がぼーっとしてくる。

僕もイザナミも、その神聖な空気に、ただ黙って見入っていた。
やがて、≪パキリ≫ と骨に鋭い亀裂が入った。ミナカヌシ様が、その亀裂をじっと覗き込む。
そして少し言いにくそうに、太占で占った結果を告げた。

結婚式の時……

女性から先に声をかけたのが良くなかったみたい
その答えに、僕は声を荒げる。

なんで、そんなことでっ!!
だって、これまで僕らが流した涙も、イザナミの苦しみも、ヒルコと淡島のことも、全部そんな些細なことが原因だったなんて……

やっぱり、私のせいだったんだ……
イザナミが、真っ青な顔でうなだれる。なんでこうなるんだ。
もうこれ以上、イザナミを傷つけたくないのに!
その瞬間、

と、カムムスヒ様がイザナミの肩を抱き寄せた。
そして、僕の方をギロッと睨みつけ、ネチネチ文句を連ねる。


ごごごごごごごごごめんなさい…………これまで全部イザナミに任せっきりでした……

ほら見なさい

どうせ式の時だって、イザナミちゃんに見とれて、アンタが鼻の下伸ばしてボーッとしてたんでしょう?
カムムスヒ様が、ビシッと僕の方を指さす。

おっしゃる通りです!!!!

失敗の原因は、イザナミの可愛さに見とれて硬直した、僕でしたあぁぁぁぁ!!!!!!!
イザナミは僕らのオーバーリアクションを、ぽかんと口を開いて見つめている。

イザナギ……?
すると、タカミムスヒ様が「フッ」と小さく吹き出し、穏やかに微笑んだ。

そもそも占いは、誰かを責めるためにあるのではありませんよ

未来をより良くするための、ただの指針ですから

そうそう! 原因が分かっなたら、もう一度やり直せばいいだけだしね?

えっ!? 結婚式をですか?

結婚式ってやり直していいの?

うん!
楽しいことは何回やったっていいでしょう?

ね、 タカミィ?

ええ、もちろんです

さぁ、また地上へ戻って、改めて言い直してきなさい
なんと! その発想はなかった。

でも……それなら、話は早い!!
僕はイザナミの前でかしづき、彼女の手を取った。

それでは改めまして……なぁなぁだったプロポーズから


僕は、頼りないところもあるかもしれないけど……

君のことが大好きで、大好きで、これからもずっと一緒にいたいんだ

僕と結婚してください
呆然として僕を見つめていたイザナミの目に、徐々に涙が浮かんでいく。
その瞳はまるで濡れた宝石みたいに、キラリと輝きを放った。

はいっ!
ああ……やっと笑ってくれた。
僕もこぼれそうな涙を吹き飛ばすように、思いっきり笑い返した。

ミナカヌシ様、タカミムスヒ様、カムムスヒ様……本当に、ありがとうございました!

ありがとうございました!
三柱も安心したように笑みを浮かべる。

ええ。あなた方なら、きっと成し遂げられますよ

幸せになるのよぉ~ん♡
カムムスヒ様が投げキッスを送ってくれた横で、ミナカヌシ様は優しい笑顔で僕らを見守ってくれていた。

……
こうして僕らは、今度こそ国を成すことを固く誓って、再びオノゴロ島へと帰り戻った。
そして、この前と同じように天の御柱の周りを巡る。
さらに、僕が先に言う。

今度は、イザナミが後から言う。
そうして言い終えると、僕らはまた御合をした。
――これだけで全てがうまくいく保障なんて、どこにもない。
また悲しいことだってあるかもしれない。
それでも、イザナミと2人ならなんだって乗り越えられる。
僕はこの時、心の底からそう思ったんだ。

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