古事記FUN!! ロゴ

そもそも古事記とは
ラノベ古事記

日本の神話・古事記の情報発信サイト

登場人物紹介 Characters

大宜都比売神(オオゲツヒメノカミ)
(日本書紀には同名の神の記載なし())

大宜都比売神(オオゲツヒメ)

食べ物を生み出し、命を奪われた後にも、人々の暮らしを支える実りをもたらす。大宜都比売神(オオゲツヒメ)は、古事記に登場する食物の女神です。

スサノオに殺される物語が有名ですが、実は、四国の国生みにも、イザナギ・イザナミの神生みにも、八柱の神々の母としても、その名前が現れます。さらに日本書紀には、ツクヨミと保食神による、よく似た別の物語もあります。

同じ名前は、すべて同じ神様なの? どうして食物の神が殺されてしまうの? 悲しい最期だけでは語りきれないオオゲツヒメを、神話の場面と、それぞれの土地に受け継がれてきた信仰から見ていきましょう。

大宜都比売神とは?

項目内容
古事記の神名大宜都比売神(オオゲツヒメノカミ)
本文に見える表記大宜都比売・大気都比売神・大宜津比売神など
名前から考えられる神格食物をつかさどる女神
神生みでの親神伊邪那岐神(イザナギ)・伊邪那美神(イザナミ)
古事記での登場国生み/神生み/五穀の起源/大年神の系譜
日本書紀名(日本書紀には同名の神の記載なし)
比較される神話日本書紀の月夜見尊(ツクヨミ)と保食神(ウケモチ)
ゆかりの土地・信仰阿波(現在の徳島県)/五穀の実りや食の恵みへの祈り

名前の意味――「食」をつかさどる女神

「オオ」は神様をたたえる言葉。「ゲ」は食物を意味する「ケ」が濁った形と考えられます。神様や天皇のお食事を表す「御食(ミケ)」の「ケ」とつながる言葉です。「ツ」は言葉を結び、「ヒメ」は女神を表します。

つまり、神名には尊い食物の女神という意味が読み取れます。「宜」「気」「津」など表記が変わっても、食の恵みと結び付くオオゲツヒメの名前なのですね。

四つの場面に登場するオオゲツヒメ

古事記の場面そこでの姿
① 国生み四国にあたる伊予之二名島の四つの顔のうち、粟国(阿波国)の名
② 神生みイザナギ・イザナミから生まれる神
③ 五穀の起源食物を生み出し、スサノオに殺された後、身体から蚕と穀物が生じる神
④ 大年神の系譜羽山戸神と結ばれ、八柱の子を生む神

ここは少し丁寧に読みたいところです。古事記には同じ読みの神名が繰り返し登場しますが、四つの場面を結んで、一柱の誕生から死、そしてその後までを説明する文章はありません。

國學院大學の神名解説では、国生みと神生みのオオゲツヒメを同名の別神として整理しています。一方、同じ名前を通して、土地の豊かさと食物の力が響き合うところにも魅力があります。この記事では、まず各場面を分けて読み、その上で重なりを味わっていきます。

四国のオオゲツヒメ――阿波という土地の顔

古事記の国生みでは、イザナギ・イザナミが伊予之二名島(イヨノフタナノシマ)を生みます。現在の四国にあたる島です。この島は、身体は一つで、顔が四つあり、それぞれの顔に名前があると語られます。

国顔の名現在の地域の目安
伊予国愛比売(エヒメ)愛媛県
讃岐国飯依比古(イイヨリヒコ)香川県
粟国(阿波国)大宜都比売(オオゲツヒメ)徳島県
土佐国建依別(タケヨリワケ)高知県

四国全体の名前がオオゲツヒメなのではなく、四つの顔のうち、阿波にあたる顔の名がオオゲツヒメなのです。土地が女神の顔を持っていると考えると、いつもの地図も少し違って見えてきますね。

「粟」という表記と食物神の名前を結び付ける解釈があります。ただし、阿波という国名の由来そのものには諸説があり、「粟が採れたから阿波と名付けられた」と一つに決めることはできません。土地の名前、作物、女神の名前のつながりを考えさせてくれる箇所です。

神生みのオオゲツヒメ――イザナギ・イザナミの子

国生みの後、神生みの場面にも大宜都比売神が登場します。ここでの親神は、イザナギとイザナミです。大山津見神・鹿屋野比売神の子八神を記した後ですが、オオゲツヒメは、その山野の子どもたちには含まれません。

生まれる順番は、船の神・鳥之石楠船神、食物の神・大宜都比売神、そして火の神・火之夜藝速男神。食べ物の神と火の神が続くところに、料理や日々の暮らしを重ねて想像したくなります。

船・食物・火――神生みの終盤に並ぶ三柱

山野の子八神の後には、船の神、食物の神、火の神が続きます。一見すると別々のものですが、「船で食物を運び、それを火で煮炊きする」と考えると、一連の暮らしの営みとしてつながります。

これは、國學院大學の古事記注釈が『日本古典文学全集』の説として紹介している、並び順の解釈です。本文に三柱が協力して食事を作る場面があるわけではありませんが、運ぶ・食べる・火を使うというつながりから神生みを眺めると、食物の女神オオゲツヒメも、私たちの暮らしにぐっと近づいて感じられます。

以下に、その三柱をまとめました。親神はいずれもイザナギ・イザナミです。背景色の付いた「このページ」の行が、いま読んでいる神様です。各神名から、それぞれの記事へ進めます。

並び順神名・読みどんな神様?
1鳥之石楠船神
(トリノイワクスフネ)

別名:天鳥船(アメノトリフネ)
船の神。
国譲りでタケミカヅチに同行し、コトシロヌシを迎えに行く。
2大宜都比売神
(オオゲツヒメ)

このページ
食物の女神。
スサノオに殺された後、身体から蚕や五穀が生じる。
3火之夜藝速男神
(ヒノヤギハヤオ)

別名:火之炫毘古神・火之迦具土神
(ヒノカグツチ)
火の神。
誕生が母イザナミの死につながり、物語は黄泉訪問へ向かう。

※三柱をまとめたのは、このページでの説明上の整理です。古事記の本文に「以上、三神」と区切る記述はありません。

また、私はこの三柱を、世界を形づくる神々の一覧と、その後に動き出す物語をつなぐ神様たちとしても読みたくなります。トリフネは国譲りに、オオゲツヒメは食物の起源を語る場面に登場し、カグツチの誕生はイザナミの死と黄泉訪問へつながります。編纂者の意図を断定するものではありませんが、暮らしのつながりと物語のつながり、その両方を感じられる並びだと思います。

スサノオとの物語① 身体から生み出す食べ物

有名な食物起源の物語は、天の石屋の事件を起こしたスサノオが、神々によって追放されるくだりに続いて置かれています。食べ物を求められたオオゲツヒメは、鼻・口・尻からさまざまな食物を取り出し、それらを調理して差し出します。

ただ食材が出てきただけではなく、食べられるように用意するところまで描かれているのが印象的です。現代の私たちには驚くような生み出し方ですが、物語の女神は、身体そのものが豊かな食の源になっています。

ところが、その様子をうかがっていたスサノオは、汚して食べ物を差し出しているのだと受け取り、オオゲツヒメを殺してしまいます。女神が食べ物を生み出す力と、それを見たスサノオの受け取り方との間に、大きな隔たりがあったのですね。

「切り殺された」の? 本文の書き方も確認

この場面は「切り殺された」と紹介されることもありますが、古事記の本文は殺したと記し、武器や殺し方までは描いていません。一方、後で紹介する日本書紀のツクヨミと保食神の話には、剣を抜いて殺す描写があります。似た物語だからこそ、それぞれの細部を大切にしたいところです。

食べ物を頼んだのは誰?

物語の冒頭では、食べ物を求めた主語が明記されていません。スサノオと読む解釈のほか、直前に登場する八百万の神々と読む解釈もあります。そのため、ここでは「食べ物を求められた」と紹介しました。殺した神がスサノオであることは、本文にはっきり記されています。

また、この出来事が起きた場所も本文では特定されません。阿波のオオゲツヒメとのつながりは興味深いものの、古事記のこの箇所だけから「スサノオが阿波へ出かけて殺した」とまでは読み取れないのです。

スサノオとの物語② 亡くなった身体から蚕と五穀が生まれる

オオゲツヒメの物語は、死によって終わりません。亡くなった身体の各部分から、蚕と、暮らしを支える作物が生じます。生前に食べ物を取り出した場面とは別に、死後、身体から新たなものが生まれると語られているのです。

身体の部分生じたもの
頭蚕
両目稲の種
両耳粟
鼻小豆
陰部麦
尻大豆

ここに挙げられる作物は、稲・粟・小豆・麦・大豆の五種類。これに蚕が加わります。食べ物だけでなく、絹につながる生き物まで生まれるところに、衣食を支える神話の広がりを感じます。

そして神産巣日御祖命(カムムスヒノミオヤノミコト)が、これらを取り集めさせます。種を取らせるのはスサノオではなく、カムムスヒ。女神の身に生じたものを、次の命へつなぐ結末になっています。

私はこの話を読むたびに、あまりにも理不尽な最期に胸が痛くなります。その一方で、女神の力が穀物や蚕という形で生き続けるようにも感じます。悲劇と豊かさが、切り離せない形で語られているのですね。

日本書紀の保食神――ツクヨミが登場する、もう一つの食物起源神話

日本書紀には、オオゲツヒメという同名の神は登場しません。よく似た物語を持つのが、保食神(ウケモチノカミ)です。神代上・第五段の一書第十一に記されています。「一書」は、日本書紀が本書のほかに伝える別伝です。

こちらでは、天照大神が月夜見尊(ツクヨミ)を、葦原中国にいる保食神のもとへ遣わします。保食神は、国土へ向かうと口から飯を、海へ向かうと魚を、山へ向かうと獣を出し、もてなしの食事を用意します。

しかしツクヨミは、口から吐き出したものを食べさせるのかと怒り、剣を抜いて保食神を殺してしまいます。それを聞いたアマテラスは、ツクヨミの行為を責め、もう会いたくないと告げます。このため、日と月は離れ、昼と夜を分けて巡るようになったと語られるのです。

食物の由来を語る話が、太陽と月の別れ、昼と夜の由来にもつながっている。オオゲツヒメの物語と読み比べると、同じような出来事から伸びていく物語の違いに驚かされます。

保食神の身体から生じるもの

その後、アマテラスは天熊人(アメノクマヒト)を遣わします。保食神の身体には、次のようなものが生じていました。

身体の部分生じたもの
頭頂牛・馬
額粟
眉繭(本文に「蚕」とする異文も記される)
目稗
腹稲
陰部麦・大豆・小豆

天熊人が持ち帰ったものを、アマテラスは人々が生きるための食べ物として喜びます。稲は水田の種に、粟・稗・麦・豆は畑の種になり、繭から糸を引くことも語られます。古事記のオオゲツヒメの話より、田畑での栽培や養蚕へつながる過程が詳しいのも特徴です。

オオゲツヒメと保食神の違いを比較

比べる点古事記日本書紀・第五段一書第十一
食物を生む神大気都比売神・大宜津比売神(オオゲツヒメ)保食神(ウケモチ)
殺す神速須佐之男命(スサノオ)月夜見尊(ツクヨミ)
食べ物の出し方鼻・口・尻から取り出して調理国土・海・山へ向かい、口から出す
死後に生じるもの蚕、稲・粟・小豆・麦・大豆牛馬・繭、粟・稗・稲・麦・大豆・小豆
恵みを受け継ぐ神カムムスヒが種を取らせる天熊人が持ち帰り、アマテラスが受け取る
日と月の別れこの物語には記されないアマテラスが怒り、日と月が離れる

二つの話は、食物を生む神が殺され、その身体から生活の糧が生じるという、大きな筋を共有しています。ただ、保食神を「日本書紀でのオオゲツヒメの別名」とだけ紹介すると、神々の役割や物語の違いが見えにくくなります。ここでは、共通性の深い食物神として並べて読みました。

ツクヨミとスサノオの役割の近さも、神話研究で注目されてきた点です。なぜ同じ役回りを別の神が担うのか。そこから伝承の成り立ちを考えることはできますが、この一場面だけで二柱を同一神と決めることはできません。違いを残して読むからこそ、記紀を比較する面白さが生まれます。

八柱の母として登場するオオゲツヒメ

古事記の「大年神の系譜」では、羽山戸神(ハヤマト)と大気都比売神の間に、八柱の子が生まれたと記されています。羽山戸神は大年神の子です。ここでは、オオゲツヒメは神々の母として登場します。

順羽山戸神・大気都比売神の子
1若山咋神(ワカヤマクイ)
2若年神(ワカトシ)
3若沙那売神(ワカサナメ)
4弥豆麻岐神(ミヅマキ)
5夏高津日神(ナツタカツヒ)/別名:夏之売神(ナツノメ)
6秋毘売神(アキビメ)
7久々年神(ククトシ)
8久々紀若室葛根神(ククキワカムロツナネ)

山、年、夏、秋などを思わせる名前が並び、食物の女神のまわりに、実りを育てる土地や季節が集まっているように感じられます。

「スサノオに殺された後なのに、どうして子どもがいるの?」と思うかもしれません。けれど、この系譜には、殺害の話との時間関係や、女神がよみがえった経緯は説明されていません。古事記に記される順番を、そのまま一柱の生涯の時系列に置き換えないことが大切です。

一つの連続した物語にまとめる前に、命の糧を生む女神の話と、豊かな神々の母となる女神の系譜が、それぞれ伝えられていると受け止めると、その多彩な姿を味わいやすくなると思います。

世界の神話にも似た話がある?

殺された存在の身体から作物が生まれる神話は、比較神話学でハイヌウェレ型神話と呼ばれます。インドネシアのセラム島に伝わるハイヌウェレの物語が、よく知られた例です。

少女ハイヌウェレの死体が切り分けられ、埋められたところから、人々の食べる芋類が生じます。オオゲツヒメや保食神の物語と、死から食の恵みが生まれる点で比較されてきました。

こうした比較から、日本の食物起源神話を焼畑農耕の文化と結び付ける説もあります。ただし、類似していることだけで、伝わった経路や成立した時代まで確定するわけではありません。世界の神話と響き合いながら、日本の物語では稲や粟、豆、蚕が現れる。その共通点と違いの両方が、興味深いところです。

オオゲツヒメを祀る神社――阿波に息づく食の女神

上一宮大粟神社(徳島県神山町)

オオゲツヒメの信仰にふれられる場所として、徳島県名西郡神山町の上一宮大粟神社(カミイチノミヤオオアワジンジャ)があります。神山町の案内では「上一之宮大粟神社」と表記され、大宜都比売命を祭神としています。

町が紹介する伝承では、女神は伊勢国の丹生の郷から阿波へ来て、国土を開き、この地域に粟を蒔き広めたといいます。ここでは、オオゲツヒメは人々に実りをもたらし、土地の暮らしを育んだ女神として語り継がれています。

古事記の「粟国」の名前を思い出しながら、この伝承にふれると、女神と阿波との結び付きがいっそう身近になります。神話の中で見つけた名前が、実際の土地で大切に祀られている。そんな出会いを味わいたい神社です。

所在地:徳島県名西郡神山町神領西上角330
神山町公式「上一之宮大粟神社」

ご利益に寄せて――実りと、毎日の食卓への感謝

五穀をつかさどる女神への信仰には、豊かな実りを願う気持ち、食べ物に恵まれて暮らしたいという願い、命を養うものへの感謝が重なっているように感じます。

田畑を育てる方はもちろん、食材を届ける方、料理をする方、そして日々の食事をいただく私たちにも、心を寄せやすい神様ではないでしょうか。「今年も無事に収穫できますように」「今日も食卓を囲めたことに、ありがとうございます」。そんな祈りを伝えたくなります。

古事記では、蚕もオオゲツヒメの身体から生まれます。食の恵みに加えて、衣を作り、暮らしを支える営みにも思いを向けながら参拝すると、女神の物語がさらに豊かに感じられそうです。

この節は、神話と五穀の神への信仰を踏まえた著者の受け止め方です。各神社の御祈願の案内とは分けて紹介しています。

著者の所感――悲劇だけで終わらせたくない女神

オオゲツヒメの話を「変わった方法で食べ物を出して、怒られて殺された話」だけにしてしまうのは、私はとてももったいないと思っています。

女神は、食べ物を生み出し、それを用意して差し出しました。それなのに、命を奪われてしまう。読み手としては、どうしてそんなことをするの、とスサノオに言いたくなります。

だからこそ私は、最初から人々のために死ぬことを選んだ女神として美しくまとめるよりも、生きて食をもたらしていた姿を大切にしたいです。その上で、亡くなった後にも実りへつながる物語に、命の重さを感じます。

阿波の顔であり、食物を生み出す女神であり、八柱の母でもある。伝承ごとの姿を大切にすると、オオゲツヒメは「殺されるために登場する神様」ではなく、豊かな世界を持った女神として見えてきます。次にご飯をいただく時、少しだけ彼女のことを思い出したいですね。

いや……無理にとは言いませんが。

参考資料・出典

古事記と日本書紀の該当箇所をもとに、國學院大學の神名データベース・注釈を参照しました。神社の祭神と伝承は神山町の公式案内によります。本文では、原典の物語、研究上の解釈、地域の伝承、著者の感想を分けて紹介しています。

この記事の参考資料

國學院大學 神名データベース「大宜都比売神」――神名・四つの登場場面・比較神話の諸説

國學院大學 古事記ビューアー「国生み」――伊予之二名島の四つの顔

國學院大學 古事記ビューアー「神生み」――鳥之石楠船神・大宜都比売神・火神の誕生

國學院大學 古事記ビューアー「五穀の起源」――殺害と化生の本文、食物を乞う主体の議論

國學院大學 古事記ビューアー「大年神の系譜」――羽山戸神と大気都比売神の子八神

國學院大學 神名データベース「伊予之二名島」

國學院大學 神名データベース「月読命」――保食神の物語とスサノオとの比較

『日本書紀』巻第一・神代上(公開本文/ウィキソース)――第五段一書第十一の保食神神話

神山町公式「上一之宮大粟神社」――祭神・所在地・伊勢から阿波へ粟を広めた伝承

執筆のためのリサーチノート・参考文献


Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。

ラノベ古事記

あなたの「推し神様」がきっと見つかる!

✨月間50万PV突破✨
当サイト代表が運営する、古事記を現代エンタメとして楽しむ超人気コンテンツ

日本の神様一覧ページに戻る