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イザナギとイザナミが島々を生み終え、神々を生んでいく「神生み」。大事忍男神(オオコトオシオ)に続き、二番目に登場するのが、石土毘古神(イワツチビコ)です!
名前に入っているのは、「石」と「土」。なんだか、どっしりと頼もしい組み合わせですね。家の土台? それとも、私たちが立つ大地? 名前の意味をたどると、暮らしの足元を支えるような神様の姿が見えてきます。
古事記・日本書紀での描かれ方
古事記上巻では、イザナギとイザナミが国生みを終え、大事忍男神を生んだ次に、石土毘古神が生まれます。その次に登場するのは、石巣比売神(イワスヒメ)です。
ここでいう「二番目」は、国生みの後に始まる神生みでの順番。その前にヒルコや島々が生まれているので、二柱の子供をすべて数えた順番ではありません。
本文が語るのは、この誕生の場面。家を建てる姿や、山で活躍する物語までは描かれていません。だからこそ、名前と前後の神々が、この神様を知る大切な手がかりになります。
日本書紀には、イザナギの禊から生まれる「磐土命」という、よく似た名前が出てきます。登場するのは、神代上・第五段の一書第十。ですが、國學院大學の神名データベースでは、石土毘古神とは別の神とされています。
名前が似ていると、つい「日本書紀ではこう呼ぶのかな?」と思ってしまいますが、石土毘古神の日本書紀での別名として、そのまま置き換えないようにしたいところです。
同データベースは、『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』の「陰陽本紀」にも石土毘古神の名が見えると紹介しています。また、『日本霊異記(にほんりょういき)』下巻第三十九話には、伊予の石鎚山に鎮まる「石槌神」が登場します。こちらは、石鎚山の信仰を考える手がかりとなる記述です。
石土毘古神とは?
ひとことで紹介するなら、家の土台となる石や土に関わる神様と考えられている、イザナギとイザナミの子です。
家の下で建物を支える石や土は、ふだん暮らしていると、あまり目に入らないもの。でも、どんなに立派な家でも、土台がしっかりしていなければ安心して住めません。そう思うと、私たちの暮らしを足元から支えてくれる、とても頼もしい神様ですね!
名前の由来・意味
「イワツチビコ」は、岩石と土の男神という意味に読むことができます。「毘古」は、ほかの神様の名前にも見られる「ヒコ」に当たる部分です。
ただ、石や土の神様だとして、何に使う石や土なのでしょうか? ここから、解釈が分かれていきます。
一つは、住居を支える石や土の神様という読み方です。國學院大學の解説には、竪穴住居の床や壁を形づくる材料、あるいは家の敷地や土台と関係付ける説が紹介されています。
西宮一民の『古事記』の注釈でも、石土毘古神から風木津別之忍男神までの六柱は、住居に関わる神々とされています。
この読み方で想像するなら、神生みの家づくりは、まず足元を整えるところから。いきなり立派な屋根を載せても、土台がぐらぐらでは困りますものね。「まずは、しっかりした場所を!」と考えると、最初に石と土が出てくるのも、なんだか納得です。
一方で、國學院大學の注釈が紹介する『古事記』新編日本古典文学全集の解釈では、石土毘古神と石巣比売神を、生まれた島々に大地が形づくられることを表す神々と考えます。
こちらは、家を造る順番よりも、国生みから自然の神々へと続く物語の流れに注目する読み方。家一軒の足元から、島全体の地面へと、ぐっと視野が広がりますね!
「暮らしを支える土台」と見るか、「国土を形づくる大地」と見るか。同じ名前でも、周りの神々とどうつなげるかによって、見えてくる景色が変わるのです。
登場する神話(国生みから神生みへ)
イザナギとイザナミは、島々を生んだ後、次々と神々を生んでいきます。石土毘古神が登場するのは、その始まりの部分。最初の十柱を、順番に並べてみましょう。
| 順番 | 神様の名前 | 読み | 関わるもの・解釈 |
|---|---|---|---|
| 1 | 大事忍男神 | オオコトオシオ | 国生みや神生みの大事業に関わるとする説 |
| 2 | 石土毘古神 | イワツチビコ | 住居に関わる神 |
| 3 | 石巣比売神 | イワスヒメ | 住居に関わる神 |
| 4 | 大戸日別神 | オオトヒワケ | 住居に関わる神 |
| 5 | 天之吹男神 | アメノフキオ | 住居に関わる神 |
| 6 | 大屋毘古神 | オオヤビコ | 住居に関わる神 |
| 7 | 風木津別之忍男神 | カザモツワケノオシオ | 住居に関わる神 |
| 8 | 大綿津見神 | オオワタツミ | 海の神 |
| 9 | 速秋津日子神 | ハヤアキツヒコ | 水門の神 |
| 10 | 速秋津比売神 | ハヤアキツヒメ | 水門の神 |
※国生みを終えた後の、神生みでの順番です。「住居に関わる神」という分類は西宮一民の解釈です。石土毘古神・石巣比売神を大地の形成に関わる神とする説もあります。海と水門については古事記本文に記されています。表が画面に収まらない場合は横にスクロールできます。
すぐ後に生まれる石巣比売神(イワスヒメ)も、「イワ」で始まる名前です。二柱を並べると、「ビコ」と「ヒメ」の響きも目を引きますね。石巣比売神の名前にある「ス」の解釈は、個別ページで詳しく紹介しています。
研究上も、この二柱は一緒に考えられることが多い神々です。ただし、古事記本文に二柱が夫婦だという説明はありません。
たとえば、イザナギとイザナミの場合は、イザナミを「妹(いも)」と呼ぶ表現が出てきます。「妹」は、妻や親しい女性を指す言葉。一方、石土毘古神と石巣比売神の間には、そうした関係を示す言葉がありません。
なので、名前が対になっていることと、夫婦として描かれていることは、分けて考えた方がよさそうです。
この後には、海と水門、さらに風・木・山・野に関わる神々が続きます。国生みで登場した島々に、私たちにもなじみのある自然の姿が重なっていくようです。
個人的には、石土毘古神と石巣比売神は、神生みの物語の最初に「足元」を整えてくれる神様だと考えています。
大きな島々を産み終わった後に、土台となる石と土という手触りのある名前が現れる……世界が、少し身近になる瞬間ですね!
伝承の地
石土毘古神と結び付けて信仰されているのが、四国の石鎚山の神様です。石鎚神社は、祭神の石鎚毘古命(イシヅチヒコノミコト)を「石土毘古命」とも呼ぶと説明しています。
古事記には、石土毘古神が石鎚山に降り立つ場面はありません。ここからは、神社が伝える信仰のお話。神生みの一節に名を残す神様が、山を仰ぐ人々の祈りと結び付いているんですね。
高知県南国市の石土神社にも、石鎚信仰とのつながりが伝わります。南国市の案内では、伊予の石鎚神社を「奥の院」、こちらを「前の宮」と呼んできたと紹介されています。
神社の背後には石灰洞があり、洞窟に入った犬と兎が、遠い伊予で見つかったという伝説も。実際に洞窟がつながっているという意味ではありませんが、山の向こうへ想像が広がるお話です。
歴史の中に残る石土毘古神と石鎚信仰
石鎚神社の由緒では、石鎚山は685年に役の行者(えんのぎょうじゃ)によって開かれたと伝えられています。山を開くとは、ここでは修行や信仰の場として道を開くことです。
その後の信仰には、横峰寺や前神寺などの寺院も深く関わりました。神様と仏様をともに敬う「神仏習合」の歴史が、この山には重なっているのです。
明治の神仏分離を経ても、石鎚神社は、現在の信仰にその名残があると説明しています。今日お参りする石鎚の神様には、長い年月の祈りが受け継がれているのです。
南国市の案内によると、『続日本後紀』には、承和8年(841年)に土佐の石土神社を官社とした記録があります。また、國學院大學の解説は、『延喜式』神名帳の土佐国長岡郡にも石土神社の名が見えると紹介しています。
これらは、神社の古さを伝える記録です。ただ、その社名があることだけで、当時の祭神の捉え方まで今と同じだったとは決められません。古事記の神名、古い神社の記録、現在の祭祀をたどりながら、そのつながりを考えていきたいところです。
御利益(神徳)
石鎚神社では、石鎚毘古命は諸願成就・家内安全・厄除開運・当病平癒の神として信仰されています。当病平癒は、病気がよくなるようにという願いです。
さらに面白いのが、一柱の神様を、玉・鏡・剣を持つ三体の御神像でお祀りしていること。それぞれに「仁」「智」「勇」の神徳を表していると説明されています。三体あるから三柱、というわけではないんですね!
家族の無事を願う時、厄を払い、新しい一歩を踏み出したい時。石鎚の信仰の中では、暮らしのさまざまな願いを託す神様として親しまれています。
ここからは、石や土、住居の土台に関わるという解釈に、私たちなりの願いを重ねてみましょう。
家を建てる時や、新しい土地で暮らし始める時。「この場所で、安心して生活できますように」と頼りたくなる神様です。
建物だけでなく、毎日の暮らしにも、しっかりした土台は大切。足元を固め、一つずつ積み重ねていきたい時に、石土毘古神の名前を思い出してみるのもいいですね!
祀られている主な神社・関連する神社
名古屋市の深島神社にも、石土毘古神を思い出させる名前が残っています。現地の由緒掲示によると、西社殿の石神社に祀られているのは「石土彦神・石巣姫神」。古事記とは表記が異なりますが、石巣比売神と並んで名前が記されているのは、なんだか嬉しいですね!
石鎚神社(いしづちじんじゃ)
本社所在地:愛媛県西条市西田甲797番地
石鎚山を神体山として仰ぐ神社です。祭神は石鎚毘古命で、公式案内に石土毘古命とも呼ぶことが明記されています。
山麓の本社だけでなく、成就社・土小屋遥拝殿・頂上社を合わせた四社が石鎚神社。登山を伴うお参りと、山麓でのお参りの両方があるんですね。
石土神社(いしつちじんじゃ)
所在地:高知県南国市十市・阿戸
南国市の公式案内に記される祭神は、石土神・赤土神・底土神の三神です。「石土神」をそのまま「石土毘古神」と同じ神様だとは言い切れませんが、名前もよく似ていますね。伊予の石鎚神社を「奥の院」、こちらを「前の宮」と呼ぶ伝承もあり、石鎚信仰とのつながりを感じられる神社です!
参考資料・出典
古事記本文の記述、神名についての複数の解釈、石鎚神社で伝えられる祭祀や御神徳を、それぞれ以下の資料で確認しています。日本書紀など、古事記以外の文献に関する記述は、國學院大學の解説を参照しました。
この記事の参考資料
西宮一民校注『古事記』(新潮日本古典集成、新潮社)「神々を生む」注6
國學院大學: 古事記ビューアー「神生み」 / 神名データベース「石土毘古神」
石鎚神社: 御祭神と御神徳 / 石鎚信仰の由緒 / 石鎚神社四社について
南国市: 石土神社
※『日本書紀』『先代旧事本紀』『日本霊異記』『延喜式』の関連記述と新編日本古典文学全集の解釈は國學院大學の解説、『続日本後紀』の記録は南国市の紹介を参照しています。
執筆のためのリサーチノート・参考文献
Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。

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