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イザナギとイザナミの神生みで、石土毘古神、石巣比売神に続いて登場するのが、大戸日別神(オオトヒワケ)です!
「戸」と聞くと、家の出入口を思い浮かべますよね。でも、この字を「人が安心して暮らす場所」と読む説もあります。家のどこを表す神様なのか、古事記の順番と名前から見ていきましょう。
古事記・日本書紀での描かれ方
古事記上巻では、イザナギとイザナミが国生みを終えて神々を生み始めます。大事忍男神、石土毘古神、石巣比売神に続いて大戸日別神が生まれ、その次に天之吹男神が生まれます。
ここでいう「四番目」は、国生みの後に始まる神生みの中での順番です。二柱の子をすべて数えた順番ではありません。
古事記本文にあるのは、この誕生の記述です。大戸日別神が戸を開けたり、家を守ったりする場面は描かれていません。名前から読み取れる役割は、後の人々の解釈として見ていきましょう。
國學院大學の神名データベースでは、大戸日別神の日本書紀での登場は挙げられていません。日本書紀に同名の神様が描かれているとは確認できないため、このページの神様像は古事記を軸にご紹介します。
「大戸」の字が入る別の神様もいますが、名前が似ているだけで同じ神様とは決められません。
國學院大學のデータベースによると、『先代旧事本紀(せんだいくじほんぎ)』の「陰陽本紀」にも大戸日別神の名が見えます。こちらは古事記とは別の文献です。
大戸日別神とは?
ひとことで紹介するなら、住まいやその出入口に関わると解釈される、イザナギとイザナミの子です。
外から帰ってきて、戸を開ければほっとする家の中。出かける時には、同じ戸を通って新しい一日が始まります。大戸日別神を出入口の神様と考えると、毎日の「いってきます」と「ただいま」のそばにいるようですね!
名前の由来・意味
國學院大學の神名データベースでは、名前の「大」は美称、つまり名前を立派にする言葉と説明されています。解釈が分かれるのは、次の「戸」です。
一つは「戸」を「処」、人が安心して暮らせる場所と捉える説。国生みが終わり、神々の名前を通して、そこに人の住む場所が現れていくようにも感じられます。
もう一つは、文字どおり家の戸や出入口と捉える説です。戸を神様の宿る場所と考え、よくないものが家に入らないように守る神と解釈します。
ただし、これはどちらも神名についての研究上の読み方。古事記が「大戸日別神は門を守った」と説明しているわけではありません。
名前の「日」は、太陽そのものと決めるより、神霊を表すとする解釈が國學院大學の解説に紹介されています。戸から差し込む朝日を想像するのも素敵ですが、それを名前の確定した意味にはできません。
「別(ワケ)」は、古代に地方を分けて治める人に関わる称号から来たとされます。男子への敬称と見る説も、人の姿になぞらえた呼び名と見る説もあります。名前だけで、この神様の性別まで一つに決めつけない方がよさそうです。
石土毘古神から風木津別之忍男神までの六柱を、住居に関わる神々として読む説があります。一方、神生みの冒頭から家の神々が並ぶことを疑問とし、周りの神々と同じく自然に関わる神と考える説も、國學院大學の解説には載っています。
どちらの立場から読むかで、「戸」という一字の見え方も変わります。名前から家の姿を思い描きつつ、ほかの読み方も残しておきたいですね。
登場する神話(国生みから神生みへ)
国生みの後、イザナギとイザナミが生んだ最初の十柱を並べました。大戸日別神は、石に土、そして「巣」の名を持つ神様たちの次に登場します。
| 順番 | 神様の名前 | 読み | 関わるもの・解釈 |
|---|---|---|---|
| 1 | 大事忍男神 | オオコトオシオ | 国生みや神生みの大事業に関わるとする説 |
| 2 | 石土毘古神 | イワツチビコ | 住居に関わる神 |
| 3 | 石巣比売神 | イワスヒメ | 住居に関わる神 |
| 4 | 大戸日別神 | オオトヒワケ | 住居に関わる神 |
| 5 | 天之吹男神 | アメノフキオ | 住居に関わる神 |
| 6 | 大屋毘古神 | オオヤビコ | 住居に関わる神 |
| 7 | 風木津別之忍男神 | カザモツワケノオシオ | 住居に関わる神 |
| 8 | 大綿津見神 | オオワタツミ | 海の神 |
| 9 | 速秋津日子神 | ハヤアキツヒコ | 水門の神 |
| 10 | 速秋津比売神 | ハヤアキツヒメ | 水門の神 |
※国生みを終えた後の、神生みでの順番です。「住居に関わる神」という分類は西宮一民らの解釈で、自然に関わる神々と見る説もあります。海と水門については古事記本文に記されています。表が画面に収まらない場合は横にスクロールできます。
家に関わる神々として読むと、石土毘古神の土台、石巣比売神のすみかに続き、大戸日別神の「戸」が現れます。家に帰れる場所が、だんだん形になっていくようですね!
もちろん、古事記が工事の順番を説明しているわけではありません。これは名前の並びから、住まいの神々として思い描いたときの楽しみ方です。
大戸日別神の後には、天之吹男神、大屋毘古神、風木津別之忍男神が続き、さらに海の大綿津見神と水門の速秋津日子神・速秋津比売神が生まれます。
出入口のような身近なものから、海や川の広い景色へ。神々の名前を一柱ずつ追うと、神生みの世界が少しずつ広がっていく気がしますね。
伝承の地
古事記には、大戸日別神がどこかの土地へ向かったという話はありません。「大戸」という名から特定の地名や神社の所在地を決めることもできません。
この神様を出入口の神として読むなら、私たちが毎日通る家の戸口に思いを重ねることはできます。ただ、それは特定の土地に伝わる神話ではなく、名前から広がるイメージです。
歴史の中で読まれてきた大戸日別神
古事記で誕生が記された大戸日別神は、後の『先代旧事本紀』「陰陽本紀」にも名前が見えます。両書に名が載ることと、物語の中で活躍することは別。ここで確かめられるのは、神生みの神名が後の文献にも記されていることです。
「別(ワケ)」は古代の人名や姓氏にも見られる言葉です。國學院大學の解説によると、その称号がいつ、どのように神々の名前に使われるようになったのかについても、研究者の説は分かれています。
だから、「ワケ」が付いているから何世紀にこの神様が生まれた、と年代まで決めることはできません。一字の背景を調べるだけでも、古事記の神名には長い歴史が重なっていると分かります。
御利益(神徳)
古事記に、大戸日別神の御利益は書かれていません。ここからは、住まいや出入口の神様という解釈から、私たちなら何を願いたいかというお話です。
家に帰った時、ほっとできる場所がありますように。出かける家族が、今日も無事に帰ってきますように。そんな願いを、大戸日別神の名前に重ねたくなりますね。
新しい家に引っ越す時や、家族の新生活が始まる時にも、「この家で安心して暮らせますように」と頼りたくなる神様です!
祀られている神社
島根県神社庁の案内には、出雲市斐川町直江の八幡宮(別称・田波八幡宮)が掲載されています。
一部の神社情報サイトでは、大戸日別神も配祀神として紹介されています。ただし、県神社庁の掲載欄にある主祭神は「誉田別命・山幸彦命」で、大戸日別神の配祀までは、この案内から確認できません。
現地の由緒や神社からの案内を確認できたら、改めて追記したいところです。現段階では、「祀られている」と断定せず、関連情報として紹介します。
参考資料・出典
古事記本文での誕生順、神名の複数の解釈、『先代旧事本紀』での記載を、それぞれ以下の資料で確認しています。田波八幡宮については、県神社庁の掲載情報と民間サイトの配祀情報を分けて扱っています。御利益の部分は、神名の解釈から重ねた願いです。
この記事の参考資料
西宮一民校注『古事記』(新潮日本古典集成、新潮社)「神々を生む」注6
國學院大學:古事記ビューアー「神生み」 / 神名データベース「大戸日別神」
島根県神社庁:八幡宮(田波八幡宮)
配祀に関する民間サイトの記載(要追加確認):ホトカミ「八幡宮」
執筆のためのリサーチノート・参考文献
Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。

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