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田んぼに水を引き、稲を育てる。その水が必要なところへ届くことを願う神様が、天之水分神(アメノミクマリ)です。「水分」と書きますが、読み方は「すいぶん」ではなく「みくまり」。この名前に、水をめぐる大切な働きが込められています。
速秋津日子神(ハヤアキツヒコ)と速秋津比売神(ハヤアキツヒメ)の子にあたる神様で、水に関わる八柱のうち五番目に登場します。奈良県宇陀市の水分神社や、ゲーム『天穂のサクナヒメ』にもつながる「みくまり」の言葉を、神話からたどってみましょう。
古事記・日本書紀での描かれ方
古事記上巻の神生みでは、速秋津日子神・速秋津比売神が河と海を「持ち別けて」、八柱の神を生みます。沫那藝神・沫那美神・頬那藝神・頬那美神に続いて生まれるのが、天之水分神です。
その次には、対となる国之水分神(クニノミクマリ)が登場します。古事記に記された二柱の名前から、各地の水分神社へと目を向けると、水を大切にする人々の祈りにも出会えます。
なお、八柱を生む主体をイザナギ・イザナミとする読みもあります。この記事では速秋津日子神・速秋津比売神を親神とする読みで紹介しています。読みの違いについては、ハヤアキツヒメの記事をご覧ください。
(日本書紀には同名の神の記載なし)
國學院大學の神名データベースでは、ほかの文献として『先代旧事本紀』の「陰陽本紀」に天之水分神の名が挙げられています。
天之水分神とは?
水を分け、配る神として理解される神様です。この神格は、神名の意味や、水分神社で営まれてきた祭祀を手がかりに考えられています。稲作に欠かせない水を願う人々の暮らしと、深く結びついた神様なのですね。
名前の由来・意味
「水分」の「ミ」は水、「クマリ」は配ることを意味するとされます。つまり「みくまり」は、水を分け配ること。水源から流れ出る水を、田畑や人の暮らす土地へ行き渡らせる働きを思い浮かべると分かりやすいでしょう。
天之水分神と国之水分神については、天から降る水と、国土から湧く水の働きを表すとする説があります。一方、対になる名前を構成する呼び方と見る説もあり、解釈は一つではありません。
雨と湧き水という解釈を手がかりにすると、天と大地をめぐり、暮らしを潤す水の姿が浮かびますね。
登場する神話――水に関わる八柱

速秋津日子神(ハヤアキツヒコ)と速秋津比売神(ハヤアキツヒメ)から生まれる八柱です。前半の泡や水面に関わる神々に続き、天之水分神・国之水分神という対が現れます。
| 神様の名前・読み | 名前から考えられる働き |
|---|---|
| 沫那藝神 アワナギ | 泡の静まる様子とする説 |
| 沫那美神 アワナミ | 泡が波立つ様子とする説 |
| 頬那藝神 ツラナギ | 穏やかな水面とする説 |
| 頬那美神 ツラナミ | 波立つ水面とする説 |
| 天之水分神 アメノミクマリ | 水を分ける働き。「国之」と対 |
| 国之水分神 クニノミクマリ | 水を分ける働き。「天之」と対 |
| 天之久比奢母智神 アメノクヒザモチ | 水を汲む器・水の分配に関わるとする説 |
| 国之久比奢母智神 クニノクヒザモチ | 水を汲む器・水の分配に関わるとする説 |
※働きの説明は神名に基づく解釈です。古事記本文が一柱ずつ役割を説明しているわけではありません。表は横にスクロールできます。
水分神社は「水を分けるところ」?
水分神は、分水嶺などで祀られる配水の神と説明されます。分水嶺とは、降った雨がどちらの川へ流れるかを分ける山の尾根などの境界。水が生まれ、分かれていく場所は、下流の暮らしを支える大切な場所です。
大和では宇太・葛城・都祁・吉野の水分の神々が知られ、「大和四水分」と呼ばれています。水を分けるという言葉は、地形だけでなく、水を必要な土地へ届けてほしいという祈りにもつながります。
宇陀市菟田野古市場には、宇太水分神社(うだのみくまりじんじゃ)があります。国宝の本殿三棟を持つ、一般に「中社」と呼ばれる神社です。公式案内では、芳野川と四郷川が合流する付近に鎮座し、古くから水の守り神として信仰を集めてきたと紹介されています。
分水嶺から川の合流付近へ。水分の神への信仰は、さまざまな水の風景とともに息づいています。宇太水分神社では、流れが集まるこの土地で、水の恵みを願う祈りが受け継がれてきたのですね。
宇太水分神社の祭神は、第一殿が天水分神、第二殿が速秋津彦命、第三殿が国水分神です。古事記の系譜に重ねると、アメノミクマリ・クニノミクマリと、その親神にあたるハヤアキツヒコが一緒に祀られていることになります。
さらに宇陀市の案内では、「うたの秋祭り」は宇太水分神社の速秋津彦命と、惣社水分神社の速秋津姫命が年に一度出会う祭りとされています。水の神々の名前を知ってから訪れると、神社や祭りのつながりも見えてきますね。
『天穂のサクナヒメ』にも「みくまり」が!
稲作を題材にしたゲーム『天穂のサクナヒメ』には、「水分の雫(みくまりのしずく)」という素材アイテムが登場します。攻略資料では、たとえば「浮露棚」で夜間の敵からドロップするアイテムとして確認できます。
「あのアイテムの『水分』って、みくまりだったのか!」と、神様の名前につながるのが楽しいところ。稲を育てるゲームの中で出会った言葉を、水を配る神の名として読み直すと、ちょっと景色が変わります。
ただし、天之水分神一柱を直接の由来とする開発者の説明までは、今回確認できていません。ここでは、共通する「水分(みくまり)」という言葉を楽しむ小話としてご紹介します。
御利益(神徳)
水分神への信仰には、農業用の水を願う雨乞いや、稲の豊かな実りを祈る祭祀が伝わっています。雨の恵み・五穀豊穣は、水を分け配る神の働きと結びつけて紹介できる祈りです。
宇太水分神社の公式サイトには、豊水祈願が案内され、各地の水道事業関係者が参拝していることも紹介されています。田畑を潤す水への祈りは、私たちが毎日使う水への願いにもつながっています。
天之水分大神を主祭神とする吉野水分神社では、子授け・安産・子どもの守護への信仰も知られています。「みくまり」が「御子守(みこもり)」へと転じたことに結びつけて説明されています。
吉野では「子守さん」として親しまれ、子どもを授かりたいという願いや、健やかな成長を祈る心を受け止めてきました。水の恵みをもたらす神様は、子どもたちを見守る神様としても、大切に信仰されているのですね。
祀られている主な神社
所在地:奈良県宇陀市菟田野古市場245
御祭神:天水分神・速秋津彦命・国水分神
公式サイトの「御由緒・御祭神」で三柱を確認できます。宇陀にはほかにも水分の名を持つ神社がありますので、この記事で紹介しているのは菟田野古市場の一社です。
所在地:奈良県吉野郡吉野町吉野山1612
主祭神:天之水分大神
吉野山に鎮座し、「子守宮」とも呼ばれます。吉野町の公式案内では、水の分配を司る天之水分大神を主祭神とし、玉依姫命などの神々も祀る神社として紹介されています。水の神への信仰が、子どもを守る願いへと広がった姿に触れられる場所です。
参考資料・出典
古事記の記述と神名の解釈は國學院大學の公開資料を、祭神・鎮座地・祈願内容は神社や自治体等の公式案内を参照しました。各地で大切に受け継がれてきた信仰を、それぞれの由緒とともに紹介しています。『天穂のサクナヒメ』のアイテム名・読み・入手方法は攻略資料で照合しています。
この記事の参考資料
國學院大學:古事記ビューアー「神生み」
國學院大學:神名データベース「天之水分神」
宇太水分神社:公式サイト「御由緒・御祭神」
宇太水分神社:公式サイト「御祈祷・御参拝」
吉野町:「吉野水分神社」
吉野地域日本遺産活性化協議会:日本遺産吉野「吉野水分神社」
マーベラス:『天穂のサクナヒメ』公式サイト
攻略大百科:『天穂のサクナヒメ』「浮露棚」アイテム一覧
執筆のためのリサーチノート・参考文献
Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。
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