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草が風に揺れ、季節ごとに色を変える野。その野の神として生まれるのが、鹿屋野比売神(カヤノヒメ)です。古事記には、野椎神(ノヅチ)という別名も記されています。
親神はイザナギとイザナミ。山の神・大山津見神とともに、山野に関わる八柱を生みます。さらに各地の信仰をたどると、私たちの食卓にもつながる神様なんです!
鹿屋野比売神とは?
| 神様の名前 | 鹿屋野比売神 カヤノヒメノカミ |
|---|---|
| 別名・読み | 野椎神 ノヅチノカミ |
| 親神 | 伊耶那岐神(イザナギ/イザナキ)・伊耶那美神(イザナミ) |
| 登場する場面 | 古事記上巻・神生み |
| 神格・名前の解釈 | 野の神。草の恵みに関わり、大山津見神と山野の八神を生む |
| 日本書紀の表記 | 草野姫 カヤノヒメ/野槌 ノヅチ |
古事記・日本書紀での描かれ方
鹿屋野比売神は、志那都比古神・久久能智神・大山津見神に続く、四神の最後に生まれます。古事記は野の神と紹介した上で、野椎神という別名を添えています。
続く場面では、山の神と野の神を受けて「此の二神」と語り、八柱の誕生へとつながります。カヤノヒメとノヅチは、古事記が別名として結び付けている同じ神様です。名前が二つあっても、二柱として数えるわけではないのですね。
日本書紀の神代上・第五段の本文では、草の祖として草野姫(カヤノヒメ)が登場し、野槌(ノヅチ)という名も示されます。古事記の「野」と、日本書紀の「草」を重ねると、草が生い茂る野の景色が思い浮かびます。
「草祖草野姫(クサノオヤ・カヤノヒメ)」という形で紹介されることもあります。この「草祖」は草の祖という説明で、神名が「草野姫」です。野椎と野槌のように、文献によって使われる漢字が違うことにも注目してみてください。
さらに天石窟にこもった日神を呼び出す異伝では、野槌がススキを採る役目を担います。草と祭りのつながりにも、その名前が現れるのですね。
名前の由来・意味
「カヤ」は、ススキやチガヤなど、屋根を葺くのに用いる草を指す言葉です。カヤノヒメの名は、そうしたカヤの生える野の女神と解する説があります。草花の華やかさだけでなく、暮らしを支える草の力にも目を向けたくなる名前ですね。
茅葺きの家を思い浮かべると、野の草と住まいが直接つながります。野は、ただ建物のない場所ではなく、暮らしに役立つものをいただく場所でもあった。そのように考えると、草を神として仰ぐ気持ちも、少し身近に感じられます。
別名の野椎は、「野つ霊」という意味に解されます。草の名前に目を向けたカヤノヒメと、野全体の霊的な力を感じさせるノヅチ。二つの呼び名から、同じ神様を違う角度で見つめられます。
花の咲く草も、屋根を葺く草も、踏みしめた足元の草も、野の一部です。名前を知ると、ひとまとめにしていた風景の中に、一つずつの恵みを見つけたくなりますね。
風・木・山・野の四神と、山野の子八神

このまとまりには、親子の世代が二つあります。まずイザナギとイザナミから四柱が生まれ、そのうちの山の神・大山津見神と、野の神・鹿屋野比売神が、さらに八柱を生みます。
| 組内の順 | 神様の名前 | 読み | 関わるもの・関係 |
|---|---|---|---|
| 風・木・山・野の四神|親神:イザナギ・イザナミ | |||
| 1 | 志那都比古神 | シナツヒコ | 風の神 |
| 2 | 久久能智神 | ククノチ | 木の神 |
| 3 | 大山津見神 | オオヤマツミ | 山の神/下段八神の親神 |
| 4 | 鹿屋野比売神 このページ 別名:野椎神 | カヤノヒメ | 野の神/下段八神の親神 |
| ↓ 大山津見神 + 鹿屋野比売神(別名:野椎神)が生む子八神 | |||
| 子1 | 天之狭土神 | アメノサヅチ | 土・山野の境界に関わる神とする説 |
| 子2 | 国之狭土神 | クニノサヅチ | 土・山野の境界に関わる神とする説 |
| 子3 | 天之狭霧神 | アメノサギリ | 山野に立つ霧に関わる神とする説 |
| 子4 | 国之狭霧神 | クニノサギリ | 山野に立つ霧に関わる神とする説 |
| 子5 | 天之闇戸神 | アメノクラド | 暗い谷・険しい地形に関わる神とする説 |
| 子6 | 国之闇戸神 | クニノクラド | 暗い谷・険しい地形に関わる神とする説 |
| 子7 | 大戸或子神 | オオトマトヒコ | 山野で道に迷うことに関わる神とする説 |
| 子8 | 大戸或女神 | オオトマトヒメ | 山野で道に迷うことに関わる神とする説 |
※上段はイザナギ・イザナミの子、下段は大山津見神・鹿屋野比売神の子として整理しています。数字はそれぞれの組での登場順です。子八神の神格には諸説があります。色付きの行がこのページの神様です。表は横にスクロールできます。
大山津見神とともに生む、八柱の神々

古事記は、大山津見神と野椎神が山と野を分け持って、八神を生んだと語ります。最初が天之狭土神、最後が大戸或女神。二柱ずつの名前を並べると、土や霧、暗い谷を思わせるまとまりが見えてきます。
親神を山と野という広い景色とするなら、子神はその中へ足を踏み入れた時に気づくもの、と想像すると分かりやすいかもしれません。足元の土、向こう側を覆う霧、光の届きにくい場所。そんな読み方をすると、名前の列にも奥行きが生まれます。
八神を生む主体については、古事記の文章の読み方により解釈が分かれます。本記事と一覧表は、大山津見神・野椎神が生むと読む解釈で整理しています。また、大山津見神の娘であるイワナガヒメやコノハナサクヤヒメについて、古事記には母神の名が示されていません。山野の子八神との親子関係とは分けて、本文に記されたつながりをたどっています。
祀られている神社と、草の恵みから広がる信仰
愛知県あま市の萱津神社(かやづじんじゃ)では、鹿屋野比売神をお祀りしています。同社では「かやぬひめのかみ」と読み、田畑を守る神、漬物の祖神として大切に仰いでいます。
神社に伝わるのは、里人が供えた野菜と塩のお話。供物を無駄にしたくないと甕に入れたところ、程よい塩漬けになり、人々は神様からいただいたものとして喜んだといいます。野菜を育てる恵みだけでなく、その恵みを長く味わう知恵まで、神様とともに語られているのですね。
収穫したものを、おいしくいただき、大切に長く保つ。その恵みを神様からの贈り物として受け止めてきたところに、食べ物への深い感謝を感じます。毎年八月二十一日の香乃物祭(こうのものさい)にも、その祈りが受け継がれています。
また、連理の榊にまつわる縁結びの信仰も受け継がれています。神社の伝承では、日本武尊が宮簀姫と会えなかった悲しみを後の人々に味わわせたくないと願い、二本の榊を植えたところ、やがて幹がつながったといいます。大切な人との縁を願う気持ちにも、そっと寄り添っていただきたくなります。
樽前山神社では、鹿屋野比賣神を大山津見神・久久能智神とともにお祀りしています。山、木、野の三柱をともに仰ぐ信仰からは、自然の恵みと地域の暮らしがつながっていることを感じられます。
御利益(神徳)―実りへの感謝と、よいご縁を
カヤノヒメに願いを託すなら、まずは草木や作物が豊かに育つこと、いただいた食べ物を大切にできることを祈りたいと思います。食卓に上る野菜も、育てる人、加工する人、届ける人に支えられた恵みです。
萱津神社の信仰に心を寄せれば、漬物をはじめとする食の営みが末永く続くことや、健やかな暮らし、よいご縁への願いも自然に重なります。野の神様が毎日の暮らしに、こんなにも近く感じられるのが素敵ですね!
著者の所感―野の神様が、ぐっと身近になる時
古事記を読んでいると、草の神様はさらっと登場するので、つい名前だけ覚えて先へ進んでしまいそうになります。でも、屋根を葺く草を思い浮かべたり、萱津神社の漬物の物語に触れたりすると、急に暮らしのそばまで来てくれる気がします。
足元の草も、今日いただく野菜も、見慣れているからといって当たり前ではない。カヤノヒメを知ると、いつもの風景や食卓に「ありがとう」を一つ増やしたくなります。大きな冒険の物語とはまた違う、こういう身近な神様の魅力も大切にしていきたいですね。
参考資料・出典
古事記の登場場面は原文と読み下しを、神名の解釈や日本書紀との関係は國學院大學の資料を参照しています。各地の伝承と信仰は神社公式サイト・神社庁などの案内をもとに紹介し、御利益に寄せる願いには、それぞれの信仰に触れて感じた著者の思いを添えています。
執筆:小野寺優(古事記学会会員・『ラノベ古事記』著者)
執筆のためのリサーチノート・参考文献
Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。
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