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頬をなでるそよ風も、木々を大きく揺らす風も、姿そのものは見えません。それでも、吹けば誰もがその存在に気づく。そんな風の神として古事記に登場するのが、志那都比古神(シナツヒコ)です!
親神はイザナギとイザナミ。水に関わる神々の誕生に続いて、この神様から、風・木・山・野の四神のまとまりが始まります。
志那都比古神とは?
| 神様の名前 | 志那都比古神 シナツヒコノカミ |
|---|---|
| 親神 | 伊耶那岐神(イザナギ/イザナキ)・伊耶那美神(イザナミ) |
| 登場する場面 | 古事記上巻・神生み |
| 神格・名前の解釈 | 風の神。風・木・山・野の四神の最初に登場 |
| 日本書紀の表記 | 級長津彦命 シナツヒコノミコト/級長戸辺命 シナトベノミコト |
古事記・日本書紀での描かれ方
古事記の神生みでは、風の神・志那都比古神、木の神・久久能智神、山の神・大山津見神、野の神・鹿屋野比売神の順に名前が並びます。ここは、何の神様なのかが本文にはっきり書かれているところです。
シナツヒコが風を使って誰かと戦う、といった活躍が続くわけではありません。けれど、国土に木々や山野とともに風の神が現れる。その並びだけでも、神生みの世界に空気の動きが加わったように感じられますね。
日本書紀の神代上・第五段の一書第六には、イザナギが朝霧を吹き払った時、その息から風の神が生まれる話があります。その名は級長戸辺命(シナトベノミコト)。さらに、級長津彦命(シナツヒコノミコト)という別名が示されています。「一書」は、日本書紀があわせて伝えている別伝のことです。
こちらでは「息を吹く」という身近な動作が、風の神の誕生につながります。顔の前でふっと息を吹けば、小さくても確かに空気が動く。そんな感覚を思い浮かべると、ぐっと親しみやすい誕生の場面です。
風の神を二柱としてお祀りする神社もあります。後ほど紹介する伊勢神宮の風日祈宮・風宮では、級長津彦命と級長戸辺命の二柱が、風雨を司る神として大切にお祀りされています。
名前の由来・意味
名前の解釈には、シナを長く吹き渡る風に結び付ける説や、風の吹き起こる場所を表す「シナト」との関係を考える説があります。「ツ」を「の」に当たる語、「ヒコ」を男性を表す語と読むと、風に関わる男神の姿が見えてきます。
一方、龍田大社では「志那」に長い息や長寿の意味を重ね、万物を生み育てる「気」をお守りする神様として紹介しています。風を、吹いては消えるものだけでなく、命を支えるものとして仰ぐ受け止め方が印象的です。
同じ風でも、田畑を見ながら感じる風と、深呼吸をした時に感じる空気とでは、身近さが少し違います。シナツヒコの名前には、その両方を思い浮かべたくなる広がりがありますね。
風・木・山・野の四神と、山野の子八神

このまとまりには、親子の世代が二つあります。まずイザナギとイザナミから四柱が生まれ、そのうちの山の神・大山津見神と、野の神・鹿屋野比売神が、さらに八柱を生みます。
| 組内の順 | 神様の名前 | 読み | 関わるもの・関係 |
|---|---|---|---|
| 風・木・山・野の四神|親神:イザナギ・イザナミ | |||
| 1 | 志那都比古神 このページ | シナツヒコ | 風の神 |
| 2 | 久久能智神 | ククノチ | 木の神 |
| 3 | 大山津見神 | オオヤマツミ | 山の神/下段八神の親神 |
| 4 | 鹿屋野比売神 別名:野椎神 | カヤノヒメ | 野の神/下段八神の親神 |
| ↓ 大山津見神 + 鹿屋野比売神(別名:野椎神)が生む子八神 | |||
| 子1 | 天之狭土神 | アメノサヅチ | 土・山野の境界に関わる神とする説 |
| 子2 | 国之狭土神 | クニノサヅチ | 土・山野の境界に関わる神とする説 |
| 子3 | 天之狭霧神 | アメノサギリ | 山野に立つ霧に関わる神とする説 |
| 子4 | 国之狭霧神 | クニノサギリ | 山野に立つ霧に関わる神とする説 |
| 子5 | 天之闇戸神 | アメノクラド | 暗い谷・険しい地形に関わる神とする説 |
| 子6 | 国之闇戸神 | クニノクラド | 暗い谷・険しい地形に関わる神とする説 |
| 子7 | 大戸或子神 | オオトマトヒコ | 山野で道に迷うことに関わる神とする説 |
| 子8 | 大戸或女神 | オオトマトヒメ | 山野で道に迷うことに関わる神とする説 |
※上段はイザナギ・イザナミの子、下段は大山津見神・鹿屋野比売神の子として整理しています。数字はそれぞれの組での登場順です。子八神の神格には諸説があります。色付きの行がこのページの神様です。表は横にスクロールできます。

祀られている神社と、受け継がれる信仰
龍田大社は、天御柱大神・国御柱大神をお祀りする神社です。公式の御祭神案内では、天御柱大神の別名を志那都比古神、国御柱大神の別名を志那都比売神としています。
天と地の間を満たす気に目を向ける信仰からは、毎日当たり前のように息をして暮らせることの尊さを感じます。参拝するなら、まず深く息を整えて、日々を支えていただいていることへの感謝を伝えたくなります。
内宮の別宮・風日祈宮(かざひのみのみや)と、外宮の別宮・風宮(かぜのみや)は、いずれも級長津彦命・級長戸辺命をお祀りしています。神宮の公式案内は、農作物に関わる雨風の大切さとともに、この二柱への丁重なお祭りを紹介しています。
神宮で受け継がれる風日祈祭(かざひのみさい)も、風雨による災いがなく、五穀が豊かに実ることを願うお祭りです。風をただ鎮めるだけでなく、作物を育てる自然の恵みとして大切にする祈りが感じられます。
雨も風も、作物を育てる暮らしには欠かせません。「今年も無事に実りますように」という祈りは、収穫する人だけでなく、その恵みをいただく私たちにもつながっています。
御所市の「風の森峠」に鎮座し、志那都比古神をお祀りする神社です。市の案内では、豊かな実りを願い、風水害からの守護を仰ぐ農業の神として紹介されています。風の通る峠と、風の神の名前が結び付く土地です。
御利益(神徳)―穏やかな風と、日々の無事を願って
風への信仰をたどると、お願いしたくなるのは、田畑が無事に実ること、風雨が穏やかであること、毎日を健やかに暮らせること。大きな自然の動きに暮らしを委ねてきた人々の祈りが、今にも伝わってくるようです。
また、心がいっぱいになって息苦しく感じる時には、「よい風を迎えられるよう、自分の心も整えていきたい」と願うのも素敵だと思います。見えない風を感じながら、自分を支えるものに目を向ける。シナツヒコは、そんなひとときに思い出したい神様です!
参考資料・出典
古事記の登場場面は原文と読み下しを、神名の解釈や日本書紀との関係は國學院大學の資料を参照しました。神社の紹介は、下記の神社公式サイト・御所市の案内に基づいています。それぞれの神社で受け継がれてきた信仰を大切にしながら、参拝の際に託したい願いについても綴っています。
この記事の参考資料
執筆のためのリサーチノート・参考文献
Writer’s Note:
本記事は、國學院大學の公開資料や古典文献・研究資料を参考に、作家・クリエイターであり、古事記学会会員でもある小野寺 優(ラノベ古事記 著者)が執筆しています。本文の記述や研究者の解釈をご紹介しながら、物語を楽しむ視点から、著者自身の考察も添えています。
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