日本神話『黄泉の国よみのくに

イザナギ、イザナミ

神産み

なんとなく国の形ができ、イザナミはとってもご満悦だった。しかし、そのおかげで最近ご無沙汰ぶさたになってしまったイザナギは、どうもテンションが上がらずにいた。

 

そんなある日。

 

「イザナギ、見て見て~!」

大量の魚や、穀物こくもつを両手いっぱいに抱え、イザナミが満面の笑みで走って来た。

「え??どうしたの?その魚??」

「さっき、人間がココに来てね、島を作ってありがとうって、これくれたの!!」

は?人間っ?? ・ ・ ・ ・ ・ ・ この島に住んでるの??いつの間に???」

 

実のところ日本神話にはどこにも人間の起源きげんが載っていない。『神話としてどうなんだ。』という疑問はあるが、この島の人間はみんな、どっかから勝手に生えてきたのか、なんかの神様の子孫ってコトらしい。

 

「細かいことは気にしないのっ!!そんなことより私ね、この島に暮らす人たちを、幸せにしたいの。だって、私たちが産んだ島に住んでくれてるんだもん!!」

「え ・ ・ ソレって ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ めっちゃ良い考え!!僕もみんなを幸せにしたいっ!!」

「本当っ??よかったぁ~!イザナギ最近、元気なかったから・・・」

「はぁ??いやいや、気のせいですよ。でも、これから忙しくなるなっ!!だって、みんなを幸せにするためには、たくさんの神様が必要だろ??

 

イザナギはうれしそうに二カッと笑って見せた。

 

こうして、島を産み終えた2人は、続いて神々を産むことにした。
まずは、人々の暮らしを守るため、家に関わる7柱の神々を生んだ。続いて、水に関わる3柱、海の神、河口の神、水の神。自然の神を4柱。風の神、木の神、山の神、野の神。また、子供たちも自分に関わる神を次々と生んで、孫もできた。

と言ってもイザナギとイザナミは神様なので全然老けない。

子供たちはどんどん大きくなり次々と淤能碁呂島おのごろじまを旅立った。みんなが離れて行くのは寂しかったが、日本の島々が豊かな自然に囲まれていくのが実感できて2人はとっても幸せだった。

 

しかしそんなある日。イザナミが生産に関わる神々を産んでいると、思わぬハプニングが起こってしまう。

 

「っっっっ!!!あああああああああ!!!痛い痛いイタイイタイイタイ!!!」

 

神殿中にイザナミの大きな悲鳴ひめいひびいた。

火の神であるヒノカグツチを産んだ時に、イザナミが陰部に大やけどを負ったのだ。彼女はなんとか一命を取り留めたが、高熱が治まらず病の床にした。

それからというもの、イザナギは毎日毎日イザナミの看病に努めた。しかし、彼女の病は一向に治る気配が無い。ただでさえ苦しそうなのに、イザナミは神産みのことばかり考えていた。

「どうしよう ・ ・ ・ まだみんなが幸せになれるだけの神様がそろってないのに。」

「 ・ ・ ・ ・ 大丈夫だよ。神産みは君が元気になってからでいいじゃないか。」

イザナギは安静にするよううながしたがイザナミは苦しみもがくと、嘔吐おうとし糞尿を垂れ、そこからも鉱山の神、土の神、生成の神を生んだ。彼女のこんな姿見ていられない。

 

「イザナミ、神産みはもういいって!お願いだから、じっとしててよ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナギは、この急な展開に着いて行けないでいた。だって、ついこの前まであんなに元気だったのに。あの何気ない幸せな日常が遠い昔の奇跡にみたいに感じる。日に日にせ細っていく彼女を見ると、胃がキリキリしてどうかなりそうだ。

 

そして、その日のイザナミは一段と衰弱すいじゃくして見えた。

 

彼女は最期さいごの時がすぐそこまで近づいて来ている事を感じていたのだ。

 

『イザナギに、ちゃんとお別れ言わなくちゃ ・ ・ ・ 。』

 

イザナミは、上半身を起こそうと試みたが、そんな体力すらもう残っていなかった。それを見た彼がそっと肩を抱いてくれた。彼女の身体は切なくなるほど軽かった。

 

「イザナギ ・ ・ ・ ・ ごめんね。国づくり、最後までできなくて ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「そんなことで謝らないでよ。イザナミが元気になることの方が大事じゃんか。」

 

「うん ・ ・ ・ ・ りがと。 ・ ・ ・ ・ ・ でも、私がいなくなっても、もう大丈夫だよ。
・ ・ ・ ・ ・ ・ だって ・ ・ ・ あなたと、たくさんの子供達がいるもの ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「 ・ ・ ・ 何だよそれ。止めてよ。まるで、死んじゃうみたいだ。 ・ ・ ・ ・ ・ 嫌だよ。君がいない国なんて作ったって意味が無いじゃないか ・ ・ ・ ・ ・ 何のための国づくりかわからない ・ ・ ・ だって ・ ・ ・ 君がいなくちゃ ・ ・ ・ ・ 」

 

そう言いながらも、どうにもならない状況に、イザナギの目からは大粒の涙がポロポロとあふれてきた。イザナミは申し訳なさそうに笑った。

 

「ごめんね ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ずっと、見てたかったなぁ ・ ・ ・ ・ ・ このくにのこと ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「そんな ・ ・ ・ ・ 嫌だよ ・ ・ ・ ・ ・ ずっと一緒に見守っていこうよ ・ ・ ・ ・ 」

 

「ううん ・ ・ ・ ・ あと ・ ・ ・ ・ お願いね ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナミの声がどんどん小さくなっていく。

 

「嫌だ ・ ・ ・ だめだよ、イザナミ ・ ・ お願いだ ・ ・ ・ ・ ・ 目を閉じないで ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ナ ・ ・ ・ ギ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ りが ・ ・ ・ と ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「イザナミっっ!! ・ ・ ・ だめ ・ ・ ・ ・ ・ 死なないで ・ ・ ・ ・ ・ ・ お願い ・ ・ ・ ・ ・ お願いだから ・ ・ ・ ねぇ ・ ・ ・ イザナミ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナミは静かに息を引き取った。しかし、イザナギは彼女を抱きしめながら語りかけ続けた。

 

「イザナミ、イザナミ、愛してる。大好きなんだ ・ ・ ・ ねぇ、イザナミ ・ ・ ・ ・ ・ ・ かないで ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナギは何度も何度もイザナミの名前を呼んだが、彼女はもう動かなかった。イザナギの中に悲しみとも怒りともわからない感情が込み上げてくる。

 

「嫌だ ・ ・ ・ ・ ・ 何でだよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 大好きなのに!こんなに好きなのに ・ ・ ・ ・ ・ !!!!なんでたった一人の子供のために大事な君を失わなきゃいけないんだっっっ!!!!あ"あぁぁぁっっ!!!!!

 

イザナギは周りも気にせず泣き叫んだ。彼の目から、あまりにもたくさんの涙があふれ出たので、その涙から泉の神が生まれるほどだった。

 

しかし、いくら泣いても、いくらさすっても、いくらもだえても、彼女は動かなかったので、仕方なく出雲いずも比婆山ひばやまにお墓をつくった。

 

 

 

・・・イザナギは彼女の墓の前でだた呆然ぼうぜんと立ち尽くしていた。

 

 

 

そして自分でもどのくらい経ったのか忘れた頃、後ろから声がかかった。

 

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ 父上 ・ ・ ・ ・ ・ あの ・ ・ ・ ・ ・ 俺のせいだ ・ ・ ・ 俺のせいで ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

 

それは、イザナミの火傷やけどの原因となった火の神、ヒノカグツチの声だった。

 

 

長い沈黙が流れた。

 

 

ヒノカグツチが重い空気に言葉を発することができず押し黙っていると、イザナギはゆっくりと、下を向いたまま振り向いた。

 

 

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そうだよ。」

 

 

 

そう言って顔を上げたイザナギと目が合うと、ヒノカグツチは思わず後ずさった。覚悟をして声を掛けたものの、もう頭の中も心の中もがぐちゃぐちゃ苦しくて痛くて言葉が出て来ない。そうしている間に、イザナギは一歩づつ一歩づつ近づいてきた。

 

「そうだよ ・ ・ ・ ・ お前さえ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お前さえ生まれなければイザナミは死ななかったんだ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お前さえ ・ ・ ・ 生まれて来なければっ!!!!!

 

そう声を荒げながらイザナギは十拳の剣とつかのつるぎを抜きヒノカグツチに襲いかかった。ヒノカグツチは覚悟を決め目を瞑った。

 

ザクッッッ ・ ・ ・ ・ ・

 

ヒノカグツチの首が宙に飛んだ。イザナギは怒りに耐えられず、自分の息子を殺してしまったのだ。それでもイザナギの心は収まらず遺体をバラバラに切り刻んだ。

 

「お前さえ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お前さえっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ !!」

 

ビチャビチャと音を立て、辺り一面に血が広がった。その血からは次々に8人の神が生まれ、バラバラになった亡骸なきがらからも8人の神が生まれた。火の力をコントロールするための神々だった。

 

ヒノカグツチがぴくりとも動かなくなるとイザナギは途方に暮れ天を仰いだ。

 

そしてまた たくさん泣いた。

 

黄泉の国よみのくに

ヒノカグツチを殺しても、イザナギの悲しみは癒えなかった。淤能碁呂島おのごろじまに帰っても彼女との思い出ばかりがよみがえり、死を受け入れることができない。どうしてもまた彼女に会いたかった。

『いっそこのまま自分も死んで死者の国へ行こうか・・・』

と考えたその時、ふとある事を思いつく。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 死者の国?そうだよ。バカだな ・ ・ ・ ・ 何で気づかなかったんだ。黄泉の国よみのくにに行けばいいじゃないか!!きっとまたイザナミに会える!!共食きょうしょくが済んだら大変だ。急がないと!!

 

共食きょうしょくとは死者が黄泉の国よみのくにの住人になる儀式のことだ。黄泉の国よみのくに釜戸かまどで炊いた飯を黄泉よみの神々と一緒に食べると、現世には戻れない決まりになっていた。

いても立ってもいられず、イザナギは走った。休まず走り続け、黄泉の国よみのくにへと続く『黄泉比良坂よもつひらさか』もけ下りた。するとそこには、この世とあの世をさえぎる御殿の石の扉があった。まだ昼間だというのに薄暗く、寒気がする。

 

「ハァ ・ ・ ・ ハァ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 着いた、ここだ ・ ・ ・ ・ ・ ・ おい!誰かそこにいないか?? ・ ・ ・ ・ イザナミ!いないのか?

 

石の扉を叩きながら叫ぶと声が反響はんきょうし、冷たくひびいた。返事はない。イザナギはさらに声のボリュームを上げた。

 

「イザナミ!!イザナギだ!!!迎えに来たんだ!! ・ ・ ・ ・ ・ ・ 誰もいないのか?誰でもいい!イザナギが迎えに来たと、イザナミに伝えてくれ!!!」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ うそ?本当にイザナギなの ・ ・ ・ ・ ?」

 

「イザナミっっ!!」

 

それは、大好きなイザナミの声だった。うれしさで思わず涙がにじむ。

「なんだよ、すぐそこにいたんじゃないか。こんなに早く君の声が聞けると思わなかった ・ ・ ・ また君の声が聞けるなんて ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

しかし、扉の向こうのイザナミには、喜んだ様子は無い。イザナギは不安になり、再び彼女に呼びかけた。

「君を迎えに来たんだよ。もう、大丈夫だ。一緒に帰ろう!!」

「イザナギ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい。私、あなたと一緒に帰れないの。もう、共食きょうしょくしちゃったから ・ ・ ・ ・ 。」

それは予想した最悪の事態だった。しかし、扉のすぐ向こうにいる彼女をそう簡単にあきらめられるわけがない。

「な ・ ・ ・ ・ ・ 何言ってるんだよ!飯を食ったくらいで戻れなくなるものか!!

「 ・ ・ ・ ・ イザナギ ・ ・ ・ せっかく迎えに来てくれたのに ・ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・ まだ私が共食きょうしょくを終えていなければ ・ ・ ・ ・ 」

「まだ大丈夫だよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「イザナギ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 無理だよ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「そんな ・ ・ ・ ・ 嫌だよ。僕はただ、また君に会いたいだけなんだ ・ ・ ・ ・ ・ 君に触れたい。抱きしめたい ・ ・ ・ だって、こんなに近くにいるのに ・ ・ ・ ・ ・ 君も同じ気持ちじゃないの?」

「それは ・ ・ ・ ・ ・ ・ もちろん私だって ・ ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

長い沈黙が続き、イザナミがやっと口を開いた。

「ハァ ・ ・ ・ わかった。黄泉よみの神々に、戻れないか相談してみる ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「よかったっ! ・ ・ ・ きっと大丈夫だよ。僕も一緒に行く!!

「ダメっ!!!」

イザナミは強く拒絶した。予想外の反応にイザナギはひるむ。彼女はそのまま言葉を続けた。

「っっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナギを ・ ・ ・ 黄泉よみの空気で穢したくないから。わかるでしょ?だから待っている間、絶対にこの扉を開けないでね。絶対 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 約束よ。」

「え ・ ・ ・ ・ ・ あぁ ・ ・ わかった。」

いつもと雰囲気の違うイザナミに違和感を感じながらも、イザナギは承諾した。

 


 

イザナミは、黄泉よみの神々の交渉へと向かい、イザナギは扉の前で待つことになった。

イザナギはずっとずっと、待って待って待ち続けた。しかし、いつまでたってもイザナミは帰って来ない。扉に向かって何度か声を上げたが誰の返事もない。外は今頃、真夜中だ。

やっぱり、さっきのイザナミの様子はおかしかった。きっと何かあったんだ。黄泉よみの神々とモメているのか?? ・ ・ ・ 彼女だけじゃ心配だ。僕も説得しに行こう。

 

黄泉よみを敵に回しても無理矢理連れて帰ってやる。」

 

そう決意し、髪に挿していた、竹の櫛を取り火を灯すと、岩の扉をこじ開け中に進んだ。しかし、進めど進めど何も無い。辺りは死臭が漂い、鼻がもげそうなほどだった。彼はさらに奥に進んだ。それでも何も無い。『一度戻って、もう少しイザナミを待とうか』と考え始めたその時、彼の足に何かが引っかかった。

 

痛てっ! ・ ・ ・ ・ なんだこれ?」

 

イザナギが"ソレ"に明かりを近づけると、"ソレ"は大好きな人の声を発した。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナギ?」

 

「うっ ・ ・ うあああアアアアァァァ!!」

 

そこには、目が落ち窪み、あちらこちらが腐りウジの湧いたイザナミの姿があった。 ・ ・ ・ と言っても、イザナミと判断できるのは、声くらいなものだ。

 

「うそだ ・ ・ ・ ・ 嘘だろ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナミなのか??

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ 何で入って来たの? ・ ・ ・ こんな姿、イザナギに見られたくなかったのに ・ ・ ・ あの時のままの私を見ていて欲しかったのに ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

彼女が手を延ばしてきた。イザナギは思わず振り払う。

 

「うわっ、触るなっ!!」

 

「そんな ・ ・ ・ ・ 酷い。だから ・ ・ ・ だから入らないでって言ったのに ・ ・ ・ ・ ・
私にこんな恥をかかせるなんて酷すぎる ・ ・ ・ 酷いよ ・ ・ ・ ヒドイ ・ ・ ヒドイひどいひどい ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナミは何かが壊れてしまったかのように同じ言葉を繰り返した。恐怖からイザナギが後ずさると、彼女はピタリと黙った。

 

「イザナミ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ?」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・コロシテヤル。

 

彼女の辛うじて残っていた片側の目と目が合った。イザナギは自分でも情けないと思うほど大きな悲鳴ひめいを上げると、踵を返し一目散で出口に走った。

黄泉のイザナミ

黄泉比良坂よもつひらさか

イザナミは、黄泉よみの使者の黄泉醜女よもつしこめに、イザナギを殺すよう命じ、追いかけてきた。

追手に気づいたイザナギは逃げながらも、つる草の髪飾りを解き黄泉醜女よもつしこめに投げつけた。すると、たちまちつる草が伸び、ブドウが成った。黄泉醜女よもつしこめたちはブドウに食らいつく。しかし、そう時間は稼げず、また彼を追って来た。

それならと、次は爪櫛の歯を折り、投げつけた。すると、歯はみるみる大きくなり、巨大なタケノコとなって道を塞いだ。黄泉醜女よもつしこめたちは、またそれに食らいついた。

『どんだけ腹減ってんだよ・・でも、出口までもう少しだ。これなら逃げ切れる!

そう思った矢先、後ろからイザナミの発狂した声が聞こえた。

 

「お前ら何してるのっ??使えない!使えない!使えない!!雷神!!イザナギを殺してっ!!軍もみんな加勢してよっっ!!」

 

イザナミは自分の腐った身体から生まれた8匹の雷神と、黄泉の国よみのくにの1500もの大軍を差し向けた。あまりの軍の多さに、イザナギは血の気が引くのを感じた。

 

「ウソだろっ!?こんなにたくさんいたのかよっ??さっきまで誰も返事しなかったくせに!!クソ、どけっっ ・ ・ ・ ・ あと少しっ ・ ・ ・ ・ ・ !!」

 

イザナギは十拳の剣とつかのつるぎで、いくつもの軍勢を切り払いながら、前へ進んだ。後ろからイザナミの声が聞こえてくる。

 

「イザナギ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 私の事、愛してるって言ったじゃない。あなたも死ねば私達、ずーっとずーっと一緒にいられるのに。」

 

「やめてくれ!死んでたまるか!まだ国づくりは終わっていないんだ!つーか、死にたくないっ!!!」

 

イザナギは全力で走り、やっとの思いで黄泉比良坂よもつひらさかが見えるところまで辿り着いた。あの坂を登れば地上だ。死者は追って来れない。この距離なら間に合うと少し安堵したその時・・・

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ っっうわっ!」

 

足を誰かに引っ張られ、イザナギは大きく転んだ。彼女が差し向けた雷神だ。

 

「痛ってぇ!!離せっ!!!!」

 

イザナギはとっさに目の前の桃の木から実を取り、雷神に投げつけた。

 

「ギャヤアアアアアア!!!!!」

 

雷神は奇声を上げのたうち回った。どうやら桃が苦手なようだ。この隙に、イザナギは雷神の手から逃れ、さらにまた桃を取り他の大軍にも投げつけた。するとたちまち大軍が退散した。

 

「っっ助かった ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

もう追っ手はいないよいうだ。イザナギは安堵し、桃の木にお礼をいうと、オホカムヅミノ命という名をつけてあげた。そしてこれからも葦原の中つ国あしわらのなかつくにの人々も助けて欲しいと願った。

 

しかしそれも束の間。すぐ後ろから声が迫る。

 

「イザナギっ!足が止まってるわよ!!」

 

「うわっっ!!」

 

追手を失ったイザナミが自分で後を追ってきたのだ。

 

「早っ!!くそ ・ ・ ・ 追いつかれる ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「ねぇ、イザナギ、私と共食きょうしょくしようよ?それでね、身体が腐り果てて骨だけになって消えて無くなるまでずっと一緒にここで眠るの。」

 

「嫌だっ!!僕はまだ死にたくないんだっ!死んでたまるかっっ!!」

 

イザナギは黄泉比良坂よもつひらさかまで走ると、巨大な岩を見つけ、思いっきり押し転がした。大岩が黄泉よみの入り口までゴロゴロと転がって行く。道を塞がれまいと、イザナミはさらにスピードを上げた。『頼む!間に合ってくれ!!』イザナギは祈った。

 

 

ゴンッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 

鈍い音がひびいた。

 


岩の向こうでイザナミがぶつかったのだろう。岩の隙間からすすり泣く声が聞こえて来る。

 

「酷い ・ ・ ・ イザナギ ・ ・ ・ 酷いよ。愛しているのに ・ ・ ・ あいしてるのに ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

岩を爪で掻いているのだろうか。ガリガリと気持ち悪い効果音がひびく。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナミ ・ ・ ・ ごめん。君は死者。僕は生者だ ・ ・ ・ それなのに君を迎えに来て ・ ・ ・ ・ ・変な期待させちゃって ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「 ・ ・ ・ 一緒にいたいだけなのに ・ ・ ・ ・ ・ ・ ぐすっ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「僕だって、君を愛してるし一緒にいたいさ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも、僕は死ねないんだよ。だって、君と作ったこの国のことを守りたいから ・ ・ ・ ・ 君と一緒にいることはできない。だから ・ ・ ・ ・ ・ ・

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・だから ・ ・ ・ ・ ・ ・ 別れよう。」

 

すすり泣いていたイザナミの声がぴたりと消えた。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うそ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 離婚 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ってこと?」

 

「そうだ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 今、ここで、僕は君との夫婦の契りを解く。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そんな ・ ・ ・ ・ ・ ・ 酷い ・ ・ ・ ・ ・ ・ うぅ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あぅぅ ・ ・ ・ 」

 

「ごめん ・ ・ ・ ・ ・ ・ 許してくれ ・ ・ ・ ・ 」

 

「ひっく ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ っく ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ やだ ・ ・ ・ ・ 許さない。

 

「イザナミ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

許すわけないじゃない ・ ・ ・ ・ ・ ・ 絶対に ・ ・ ・ ・ ・ ・ 絶対に許さない ・ ・ ・ ・ ・ ・ 許さないわよ。許さない ・ ・ ・ ・ 許さない ・ ・ ・ ・ ・ ・ 絶対絶対許さない ・ ・ ・ ・ 」

 

彼女は岩をガリガリと掻きながら不気味に呟いている。

 

そして一瞬の沈黙。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ふっ ・ ・ ・ ・ くすくすっ!ふふっふふふっふふふふふっっははははっ」

 

今度は狂ったように笑い出した。めちゃめちゃ気味が悪い。

 

「 ・ ・ ・ 何が可笑しいんだよ。」

 

わかったわ!!!わかった!イザナギが大好きな人間がみんなこっちにくればいいんだ。ね?そうでしょ?ふふっ、だから、私、殺してあげる。あなたの国の人たちを毎日千人殺してあげるの!!呪ってあげるっ!!!」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ は?」

 

「ふふふっふふふふふふふ ・ ・ ・ ・ ・ 毎日毎日毎日毎日毎日みんな殺してあげるの。いっぱいころすの ・ ・ ・ あははっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「イザナミ ・ ・ ・ ・ 違うよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何でそうなるんだよ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ そんなの君らしくない ・ ・ ・ だって ・ ・ ・ ・ ・ みんなのこと幸せにしたいって言ってたのに ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナギの頭の中で、あの時の彼女の笑顔が走馬灯のようにけ巡った。

 

しかし、ココにはもう、あの日のイザナミはいなかった。

 

イザナギはようやくイザナミに背を向け、一歩前へ踏み出した。

 

「わかったよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ それなら僕は毎日、千五百人の赤子を生ませる。君はそこで毎日幸せな人間が増えて行くのを見ていればいい。」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ コロス ・ ・ ・ ・ ・ コロス ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「ごめん ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ さよなら、イザナミ。」

 

「 ・ ・ ・ ・ ろす ・ ・ ・ ・ こ ・ ・ ・ ・ ・ ろ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ふふっ ・ ・ ・ ・ 」

 

イザナギは振り向かずにその場を立ち去った。

 

こうしてイザナミの呪いによって人間には寿命ができ、1日1000人が死に、イザナギの力で、1日1500人が産まれることになった。

『系図』別天つ神:アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カムムスビ、神代七代:イザナギ、イザナミ

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