日本神話『アメノオシホミミとアメノホヒ』

アメノミナカヌシ、タカミムスビ、カムムスビ

天照大神アマテラスの命令

高天原たかまがはらの神殿、天照大神アマテラスの部屋では彼女より偉いはずの別天つ神、アメノミナカヌシ、タカミムスビ(高木神タカギ)、カムムスビの3人が正座をしながらうつむいていた。天照大神アマテラスは腕を組みながらご機嫌ナナメの様子で部屋の中をウロウロしている。端から見ると大の大人が女子高生に𠮟られているみたいだ。

 

「だいたい、おかしいと思わない??あのチャラ男は国つ神くにつかみでしょ??元々、この国は天つ神あまつかみのイザナミとイザナギが産んだわけなんだし??天つ神が治めるのが筋ってもんじゃないわけ??

 

天照大神アマテラスがあからさまに不機嫌な態度たいどで別天つ神の3人に話し掛ける。

 

「 ・ ・ ・ あなた、オオクニヌシくんのこと本当に嫌いよね。」

 

以前よりオオクニヌシをサポートしているカムムスビは困ったように受け答えた。

 

「別に好き嫌いで言ってるわけじゃないわよ。根本的に間違ってるって言いたいのっっ!!だいたい、カムムは、オオクニヌシに甘すぎるのよっ!!ちょっと人より顔が整ってるからって、あんなやつ生き返らせなくてもよかったのにっっ!!!」

 

「でも ・ ・ ・ 国づくり頑張ってくれてると思うんだけど ・ ・ ・ 」

 

「あいつは何もやってないでしょ?実際頑張ってたのはスクナビコナとオオモノヌシじゃない!!チャラ男は敵っ!人類の敵よっっ!!私が駆逐くちくしてやるっっ!!!!

 

どうやら高天原たかまがはらまで噂が届いてくるチャラ男ことオオクニヌシのことが気に食わないらしい。黙ってしまったカムムスビの代わりに高木神タカギがフォローを入れた。

 

「まぁまぁ、落ち着いて。でも、チャラ男云々は兎も角、アマテラスのいうことも分かります。要は生みの親か、育ての親かって話しでしょう?確かにイザナミの死が無ければ、天つ神あまつかみがそのまま葦原の中つ国あしわらのなかつくにを治めることになっていたんだし ・ ・ ・ 」

 

そうよ!そうよっっ!!!アイツ、お父様とお母様が作った国で何様のつもり??私が高天原たかまがはらでせかせか働いている時に、葦原撫子コンプして王様みたいに偉そうな顔してるなんて!!!許せないっっ!!!!オオクニヌシなんかよりも、私の長男の、アメノオシホミミに治めさせた方が絶対いいわよっ!!」

 

天照大神アマテラスの勢いは止まらない。このままだと、出雲いずもに向かって出陣でもしそうだ。久しぶりの出番のミナカヌシが慌てて手を上げ、意見を述べた。

「はい!えっと ・ ・ ・ アマテラスちゃん、出雲いずもを攻めるのかい?」

「そんなことしないわ。話し合って譲ってもらうの。それに、返して欲しいのは出雲いずもじゃなくて葦原の中つ国あしわらのなかつくにだもの。説明すればわかるわよ。」

「うぅん ・ ・ ・ でも、オオクニヌシくんだって苦労してきただろうし ・ ・ ・ そう簡単に譲ってはくれないんじゃないかなぁ?」

「あーもぉ、いいのっっ!!これは命令なのっ!!」

「あうっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

もはやどちらが最高神なんだかわからない。

 

「オシホミミ!!オシホミミはどこ??」

 

天照大神アマテラスは大声で長男のオシホミミを呼んだ。暫くするとオシホミミがたらたらと部屋に入ってきた。

「はいはい ・ ・ ・ 母さん、どうしたんだよ。そんなプリプリして。」

昼寝でもしたいたのか、オシホミミの頭には寝癖が立っていて、寝間着なのか普段着なのかよくわからない格好をしている。

「あなたは、スサノオとの誓約うけいで生まれた私の長男。オシホミミこそ、葦原の中つ国あしわらのなかつくにを治めるのにふさわしいわ!あなたが降りて国造りをしなさいっ!!

「え ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ それ、俺1人じゃ無理じゃね?」

「うるさぁーーい!!早く行って来なさーーいっ!!!」

「めんd ・ ・ ・ いや ・ ・ ・ わかったよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。」

 

正直なところ、高天原たかまがはらの生活を気に入っているオシホミミは、葦原の中つ国あしわらのなかつくになんかに降りたくなかった。

 

『何で死も飢えも無い幸せな生活を捨ててまで人間のために人生を捧げなきゃいけないわけ?はぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも、母さん一回言い出すと聞かないからなぁ ・ ・ ・ 。』

 

天浮橋アメノウキハシに向かうオシホミミの足取りは重かった。

 

しかも天浮橋アメノウキハシにつくと、彼のローテンションをさらに下げる事態になっていた。
橋の下で国つ神くにつかみのデモ隊が構えていたのだ。何か高天原たかまがはらに向かって叫んでいる。

 

葦原の中つ国あしわらのなかつくに天つ神あまつかみに渡すなー!!』

 

『『そうだー!渡すなー!!』』

 

『土地が豊かになったからって、今更出て来るなーっっ!!』

 

『『そうだー!帰れー!!』』

 

「うーわぁー。めっちゃ荒れてんじゃん ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ めんど・ ・ ・ 。」

 

オシホミミは葦原の中つ国あしわらのなかつくにに降りることを止め、とりあえず神殿に帰り状況を天照大神アマテラスに伝えることにした。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ とまぁ、そんな感じで ・ ・ ・ 葦原の中つ国あしわらのなかつくには『国つ神くにつかみ』のデモで大荒れだったよ。とてもじゃないけど、降りれる雰囲気じゃ〜なかったんだよなぁ。いやぁ~。まいった。まいった。」

 

「くうぅ ・ ・ ・ デモなんて野蛮なことして ・ ・ ・ やっぱり、天つ神あまつかみが治めた方が人間だって喜んでくれるはずよっ!絶対そうっ!!!ねぇ、思金神オモヒカネも何かアイディア出してよっ!!

 

急にふられ、たまたま天照大神アマテラスの部屋にいた思金神オモヒカネビクッとした。天照大神アマテラスを岩戸から出した、あのインテリの神だ。天照大神アマテラスの目は未だチャラ男殲滅に燃えている。

 

「えっ?私ですか?? ・ ・ ・ いや、そうは言っても、こちらだって戦争っていうか、内乱をしたいわけじゃ無いですし ・ ・ ・ 」


「だから戦争しないで、譲ってもらう方法を考えてって言ってんでしょっ!?」


「もぅ。ワガママなんだから ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

思金神オモヒカネのつぶやきに、天照大神アマテラスは般若のような形相で彼を睨みつけた。ここは逆らわない方が賢明と考えた思金神オモヒカネは、すぐに言葉を続ける。

 

「いや、えっと ・ ・ ・ ・ ・ ・ そしたら、アマテラスの次男、アメノホヒを遣いにやってはどうですか??彼は真面目だし、棘のない性格ですから、穏便に話しを進めてくれるかもしれません。」

 

天照大神アマテラスは満足気にうなずく。

 

「なるほど。いいわねっ!ソレ採用っ!!

 

こうして、天照大神アマテラスは早速、ホヒを出雲いずもへ送ることにした。

アメノオシホミミ、アメノホヒ

ホヒの派遣

ホヒは、脱力系の兄を見て育ったからか、とても生真面目な性格だった。しかし、「母上のためだ ・ ・ ・ ・ 頑張らねばっ!!」と勢い良く高天原たかまがはらを飛び出したものの、すぐに敵意むき出しのデモ隊に飲み込まれてしまう。

 

天つ神あまつかみは帰れー!!』

 

『『帰れー!!』』

 

「へ?えっ!?ちょ、通してもらえないか?私はオオクニヌシに話しがあって!!」

 

『『帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!帰れ!』』

 

「うわっ、やめろって!通してくれっ!!」

 

前にも右にも左にも行けず、ホヒが途方に暮れていると、デモ隊の奥から声がした。

 

おーい、デモ隊のみなさぁーーん!!!・・・あの、お気持ちはうれしいんだけど、アメノホヒさんのこと通してもらえないかな??僕に話があるみたいなんだ。」

 

デモ隊の動きがピタリと止まった。そして隊長らしき人が口を開く。

 

「し ・ ・ ・ しかし、オオクニヌシ様、こいつは国を奪おうと ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

どうやらこの声の主がオオクニヌシらしい。想像していたより人の良さそうな声だ。

 

「まぁまぁ。 ・ ・ ・ いいから、いいから。」

 

デモ隊が道を開いた。その先に、にっこりしながら、こちらを向いている人がいる。

 

「 ・ ・ ・ あなたが ・ ・ ・ オオクニヌシ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

噂では、葦原の中つ国あしわらのなかつくにの女を根刮ぎ食らっていると聞いていたので、どんなにチャラい肉食野郎かと思いきや、虫も殺せなさそうな優男じゃないか ・ ・ ・ 。ホヒはホッと肩の力が抜けるのを感じた。

 

「こんにちは。アメノホヒさんですよね。失礼しました ・ ・ ・ 事情は聞いています。さぁ、どうぞ。まずは宮殿までご案内します。」

 

オオクニヌシはホヒを出雲いずもの宮殿まで案内してくれた。『なんだ。母上が言ってたほど悪い人じゃ無さそうだ。案外あっさり、譲ってくれるかも ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』そんなことを考えながら、宮殿の宴会場に通されると、豪勢な食事が用意されていた。

 

しかし様子が変だ。席には絶世の美女が何人もおり、次々とたかってきた。

 

「こんにちわぁ、こちらのお席どうぞ~。お隣り失礼しまぁす♥」

 

「はーい、これ、おしぼりー♥てゆーか、ココって何繋がりなんですかぁ??」

 

「ねーねー、ホヒさんって、高天原たかまがはらから来てくれたんですよねぇ???すごぉーい♥都会っ子なんですねぇー!!どこか美味しいご飯屋さん知ってます??私も一緒に行ってみたぁい♥♥」

 

「あ、飲み物頼んでもいいですか?それか、何かボトル入れます??このシャンパンすごく美味しいんですよぉ〜♥一緒に飲みたいなぁ♥♥♥」

 

ホヒは硬直した。

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ていうか、このノリ ・ ・ ・ 完全にキャバクラじゃないかっ!!危なっっ!見た目に騙されるところだった!!やっぱこの人、噂通りのチャラ男だっっ!!!

 

「おっっ!!!オオクニヌシさんっっ!!!ちょっ!!こっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ !!!こんなことされては困りますっっ!!!!」

 

美女に群がられ、ホヒは顔が真っ赤だ。

 

「ん??こんなこと??あ ・ ・ ・ もしかして、ヒメ達のこと??くすくすっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい、日常すぎて気づかなかった。」

 

「どんな日常だよっっっ!!!」

 

ホヒは思わずツッコミを入れた。すると、さっきまでニコニコと笑っていたオオクニヌシが急に影を落としてみせた。

周りの美女たちも静かになって心配そうに覗き込むと、彼は「ごめんね、2人でお話ししてもいい?」と言って、彼女たちに席を外させた。部屋が急にガランとする。

 

『な ・ ・ ・ なんだ??何かまずいこと言っちゃったかな ・ ・ ・ ・ ・ ・ 謝った方がいいか?』と、ドキドキしていると、オオクニヌシが先に口を開いた。

 

「先ほどは、ふざけてしまって、すみませんでした。確かに ・ ・ ・ ホヒさんのいうとおりですよね。ほんの少し前まではこんな日常は、ありませんでした。」

 

「いや、そんな深刻に取らなくてもよかったのですが ・ ・ ・ 」

 

なんだか変なスイッチを押してしまったようで、ホヒは萎縮した。

 

「実は、お恥ずかしい話しなんですけど、僕は小さい頃、虐められていて ・ ・ ・ 」

 

えっ?まさか。信じられません。今じゃ葦原の中つ国あしわらのなかつくにであなたの右に出る人なんていないじゃないですか。」

 

「いやいや。何を隠そう、僕は腹違いの兄に2度も殺されているんです。カムムスビ様がいなければ、とうの昔に死んでました。」

 

「そんな ・ ・ ・ 」

 

ホヒにとっては、予想外の過去だった。てっきり、須佐之男スサノオの七光りで何の苦労もせずに、富と名声を手に入れたのかと思っていたのだ。

いや、大方そのイメージで間違っては無いんだけど。

オオクニヌシは、話を続けた。

 

「もちろん、最初から全てが上手く行ったわけじゃありません。国づくりのために僕自身の手で、何人も兄を殺めることになってしまったんですから ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。しかし、そんな兄たちの弔いの為にも、僕はこの国づくりに生涯をかけてきた。」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい。知りませんでした ・ ・ ・ 。なんだか、オオクニヌシさんのこと、勘違いしていたようです。ただの他力本願なチャラ男なのかと ・ ・ ・ 」

 

「くすくすっ、否定はしません。僕なんかは人を頼らないと何もできないタイプですから ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ そんな僕と違ってアメノホヒさんは、優れた天つ神あまつかみだと伺っています。よかったら ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

オオクニヌシはぐっとホヒに近づいて彼の目を見た。

 

「 ・ ・ ・ ・ よかったら、国づくりのお手伝いをしていただけないでしょうか?」

 

ホヒは、口を開けたまましばらく固まった。

 

えっ?いやっ ・ ・ ・ えっ!? ・ ・ いやっ、えっ、でも ・ ・ ・ 私は、母から国譲りを頼まれて来たんです ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

ホヒは、テンパって目を逸らした。オオクニヌシは居住まいを正し、真剣な面持ちで頭を下げる。

 

「もちろん、ホヒさんの立場はわかっているつもりです。お話をして、責任感の強い方なのだということも感じました。でも、そんなホヒさんだからこそ、無理を承知してお願いしているんです。」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ 」

 

「僕はこれまで、みんなの血と努力でなんとか国を造って来ましたが、天つ神あまつかみの方に国を譲れと言われてしまっては、もう何もできない。

 

「そんな ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

しかし、まだ国づくりは終わっていないんです!!こんな中途半端なところで譲ってしまっては、黄泉の国よみのくにの兄達にも合わす顔が無い。もし、ご協力いただけるなら、生活に必要なものは全てこちらでそろえます。

僕は、この国に住む全ての人を幸せにしたいんです!

そのためには、ホヒさんの力が必要なんだっっ!!!

 

オオクニヌシは深々と頭を下げ、そして考えた。

 

『んーー ・ ・ ・ ・ ・ ・ まじめそうだから、誠実っぽく訴えれば落とせると思うんだけど。どうだろ。 ・ ・ ・ 最後らへん、ちょっと演技がクサかったかな ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』

 

まぁ、ここまでオオクニヌシの物語を見て来た方であれば分かると思うが、途中からかなり話しを盛っている。彼は、ホヒを出雲いずも側に引き込む気まんまんだった。

 

そりゃ、オオクニヌシにしたって、ここまで苦労して築き上げてきたものを「くれ」と言われて、「はい、どうぞ」なんて譲る気なんか、毛頭ない。しかし、国づくりに協力をしてもらっている天つ神あまつかみに、譲れと言われてしまっては、何もできないことも事実だった。出雲いずもを守るためには、ホヒを口説き落とすほか無いのだ。

 

そして、オオクニヌシが恐る恐る顔を上げると ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

ホヒは号泣していた。

 

っっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ んあぁ!! ・ ・ ・ 無理だっ!!私にはあなたにこの国を譲れなんて言えないっ!! ぐじゅっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 私で ・ ・ ・ 私で、お役に立てるなら、喜んでお手伝しましゅっっ!!!」

 

『よかった ・ ・ ・ ・ ・ ・ ここまで泣かれるとちょっと罪悪感だけど ・ ・ ・ ま、いっか。
ごめんね、天照大神。息子さんはもらったよ。』

 

オオクニヌシは、人知れずほくそ笑んだ。

 

「 ・ ・ ・ そうですか!よかったぁ!!本当にありがとうございます!!共に良い国を作りましょうね。ホヒさんっ♪♪」

 

こうして、ホヒはちゃっかり出雲いずもに住み着き、オオクニヌシの元で国づくりを手伝うことになった。

『系図』天つ神:イザナギ、アマテラス、オモヒカネ、オシホミミ、ホヒ、国つ神:スサノオ、オオクニヌシ

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