天皇記『安康天皇』
クサカの濡れ衣
彼の末の弟はオオハツセという名前で、「そろそろ嫁でも探そうか」という年頃だったのだが、その末っ子の彼が、妹たちに、ちやほやといじられ、可愛がられている現場を目撃する度に、柱の影からじっと観察し、彼が妹たちに恋をしないかとドキドキしていた。
オオハツセは昔から短気で、一度やると言ったら意地でも曲げない性格だ。そんな弟が姉妹の誰かに恋でもしてしまったら ・ ・ ・ ・ ・ ・
『これ以上兄弟から近親相姦の犯罪者を出してたまるものかっっ!!』
そこで
ワカクサ姫はとても美しかったのだが、兄のクサカが外に出し渋り、まだ嫁に出ていなかった。そこで
こうしてネノが家に訪問すると、クサカは優しく迎え入れてくれた。にしても、さすが
シスコンだという噂のクサカがどんな反応をするのか、ネノは内心ヒヤヒヤしていたが、彼は予想以上に喜んで4度も頭を下げてきた。
「えっ!?ハツセくんですかっ!?彼、まだ10代ですよね??すごい若いのに、いいんですか??ワカクサ、あれで結構、年いってますよ??」
「も ・ ・ ・ ・ もちろんです。」
「それは
クサカは「口頭だけの返事じゃ申し訳ない!」と言って、
「ではネノさん、くれぐれも安康くんには、よろしく伝えてくださいね。」
「はっ ・ ・ ・ はいっ!!」
しかしネノは、この髪飾りに心底魅せられてしまった。迷ったあげく、このことをオオハツセに打ち明けると「自分のことは気にするな」と言ってくれた。 ・ ・ ・ そこで、ネノは髪飾りを家に隠し、
「く ・ ・ ・ クサカ様は、自分の妹をあんなガキの敷物同然に渡してなるものかと大変お怒りで ・ ・ ・ ・ ・ 鼻であしらわれた上に、剣を抜いて脅されてしまいました ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
しかし、このネノのほんの出来心がとんでもない不幸の連鎖の引き金になってしまう。
この話しを聞いた
ナガタ姫は、允恭の長女で、
さてさて。それでも
とは言っても、本当のところ、どうだったんだろう ・ ・ ・
マヨワの仇討ち
クサカの息子のマヨワは、もう7歳になっていた。
そんなある日、マヨワは天皇が神託を仰ぐために眠る『神床』の下で遊んでいた。神床は高床式の建物で子供が遊ぶには絶好の秘密基地だった。もちろん、神聖な神床の下で遊ぶなんて、見つかったら大変だが、マヨワは以前オオハツセから教わった抜け道を完璧にマスターしており、しょっちゅう忍び込んでいた。
すると、その神床から誰かの声が聞こえてきた。
「 ・ ・ ・ は ・ ・ ・ ・ ・ ど ・ ・ ても ・ ・ ・ れなかったんだ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 姉さんは心配じゃないのか?」
「 ・ ・ ・ ・ ・ こんなに良くしてもらっていて、何の心配があるの?マヨワだってきっと感謝してるわよ。」
「そうは思えない ・ ・ ・ ・ ・ ・ 僕は毎日怖くて怖くて仕方が無いんだ。いつか、マヨワが大きくなって ・ ・ ・ 僕が本当の父親を殺したことが分かったら、なんて思うのか ・ ・ ・ ・ ・ 」
『本当の父親 ・ ・ ・ 殺した ・ ・ ・ ・ ・ ・ ?』
「 ・ ・ ・ マヨワは、僕を許さないだろう ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
マヨワは押し黙った。
今まで、かまってくれないあの父親には嫌われているものとばかり思っていたが、違ったのだ。そもそも
『ボクが父上の仇を討たなくちゃ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』
マヨワに迷いは無かった。神床が静かになるのを待つと、マヨワはこっそり中に忍び込んだ。
傍らには太刀があったので、それをまだ小さな手に取り、
『ザクッ』っと嫌な感覚が手に
マヨワは恐怖のあまり、太刀を投げ出し、その場から逃げた。しかしまだ少年の彼に朝廷内に頼れる人などいない。
そこでマヨワは走って走ってやっと世話になったことのある葛城のツブラという家臣の館に逃げ込んだ。ツブラは、血まみれになってガタガタと震えているマヨワを見ると、事情も聞かずに抱きしめて、すぐに匿ってくれた。マヨワは、ツブラの腕の中で、わんわん泣いた。
しかし、この知らせを聞いてブチ切れたのが、
「あのガキ、安康兄に育ててもらった恩は無かったのか!?ブッッ殺す!!」
だが、葛城のような豪族が相手では兵が必要だ。まだ若いオオハツセは自分の兵を持っていなかった。そこで次男のクロヒコを頼って仇撃ちの協力を頼んだ。
「安康兄が殺された!!許せねぇだろ??クロ兄、あんなガキンチョ殺っちまおう!!」
しかし、次男は「え ・ ・ ・ でも子供なんだろ?」と、取り合ってくれなかった。
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 薄情者。死ね。」
オオハツセは、兄の胸ぐらを掴むと外に引きずり出し、彼の首を思いっ切りぶった切った。
「自分の兄弟が殺されたっつーのに信じらんねぇ!!!!」
いや、それで兄を殺すあんたのが信じられない。と思うが、オオハツセの
あとオオハツセが頼れるのは、四男のシロヒコだけだ。
「安康兄が殺された!!許せねぇだろ??シロ兄、あんなガキンチョ殺っちまおう!!」
しかし、四男も「え ・ ・ ・ でも子供なんだろ?」と、取り合ってくれなかった。
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ わかった。アンタも死ね。」
オオハツセは兄の胸ぐらを掴むと、外に引きずり出し、穴の中に落として土をバンバン覆いかぶせ、生き埋めにした。腰のところまで埋まると、シロヒコは目玉が飛び出し圧死してしまった。もう誰にもオオハツセを止められない。
結局、兄弟最後の1人になってしまったオオハツセは「もういい。オレ様が行く。」と、シロヒコとクロヒコが持っていた軍を引き連れてマヨワが逃げ込んだ葛城に向かった。
葛城では、マヨワを匿ったツブラが全面交戦の構えで待っていた。しかし、オオハツセはすぐに攻撃することをためらった。というのも、先日からオオハツセは、ツブラの娘のカラ姫を口説いていたのだ。
「おい、ツブラ!!マヨワを出せ。アンタがオレ様に敵うわけがないだろ。それに、カラがそっちにいるはずだ。オレはカラを殺るつもりはない。」
するとツブラが鎧を身に纏い、門から出て来た。そしてオオハツセの間合いから少し離れた場所で刀を置き跪いた。
「オオハツセ様、ご足労いただき、ありがとうございます。確かに、オオハツセ様のおっしゃる通り、兵の差は一目瞭然。我らは負けるでしょう。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ へぇ。」
「そこで、娘のカラは喜んでオオハツセ様に差し上げます。また、屋敷の裏には6つの倉がございます。そちらもどうぞ、お受け取りください。」
「フン、随分素直じゃねぇか。そんじゃ、さっさとマヨワを出すんだな。」
「いえ、それはなりません。」
「あぁ?」
「この日本の長い歴史の中で、家臣が君主の城に逃げ込んだ話しはいくつも残っております。しかし、君主が家臣の館に逃げ込む話しなど今まで聞いたことが無い。 ・ ・ ・ よって、私には命に変えてもマヨワ様をお守りする義務がございます。」
「へぇ。」
「数では劣りますが、我々は強いですよ。足元をすくわれませぬよう。」
そういうと、ツブラは武器を取り、屋敷へと戻った。
「おぉ~!!カッチョイイ!!!いいな、そーいう武士道みたいなやつ。」
オオハツセは、背後からは攻めずにツブラを見送った。
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも殺す。」
ツブラの戦闘態勢が整うと、オオハツセは
双方、激しい攻防戦を繰り広げたが、ツブラの軍は確かに強かった。一人一人の戦闘力の高さに、オオハツセの軍は物怖じする。しかしその一方で、オオハツセは潰しても潰しても立ち向かってくる敵に、興奮しながら楽しそうに交戦していた。
大将であるにも関わらず、前面に出て、バッサバッサと敵を切りまくるオオハツセに、軍は次第に惹かれ
重傷を追ったツブラは、足を引き摺りながらマヨワの控える部屋へと向かった。扉を開くと、彼は7才とは思えない大人びた表情で待っていた。一瞬、父のクサカと彼が重なる。ツブラは、膝をついて戦況を報告をした。
「マヨワ様、ご報告致します。我らの軍は壊滅。矢も尽きました。」
「そうですか。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ツブラ、最後までありがとうございました。」
そういうと、マヨワはツブラの元に
『なんだ ・ ・ ・ やはり、まだ子供じゃないか。』
「ツブラ、ごめんなさい。ボクがここに来なければ、みんな死ななかったのに ・ ・ ・ ・ ・ 」
「 ・ ・ ・ いいえ、私はマヨワ様が葛城を頼ってくださって
「ごめんなさい ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
マヨワはしばらく押し黙った。
彼が何を言おうとしているのか分かったツブラは、黙って待った。
そしてマヨワは、静かにツブラの耳元で最期の指示を出した。
「ツブラ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ボクを殺してください。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ わかりました ・ ・ ・ ・ ・ ・ 私もすぐに参ります。ご安心ください。」
ツブラはマヨワを殺すと、すぐに自分も自害した。
オオハツセの狩り
こうして悲しい結末を迎えたものの、一件落着した ・ ・ ・ ・ ・ ・ と言いたいところだが、最後にもう一悶着あった。
この戦いで、允恭の息子はオオハツセだけになってしまったのだが、彼はまだ若く、皇位を継ぐには早すぎた。そこで、履中の息子のオシハが後を継ぐことになった。
ここまで親族同士での戦いが続き、心を痛めていたオシハは、皇位を継ぐ前にオオハツセとの関係を改善しようと思い、狩りに誘った。
そして当日。
野営を張り、日の出と供に狩りに出る予定だったのだが、オオハツセは朝が弱いのか、夜が明けてもなかなか出てこなかった。
「お坊ちゃんは、まだ寝てるのか?獣たちは朝が早い。先に行っていると伝えてくれ。」
オシハは、オオハツセの家臣にそう言い残すと、さっさと馬を走らせた。
日がすっかり登りやっとオオハツセが起きてくると、オシハから伝言を預かった家臣は「なんか、オオハツセ様が起きる前にさっさと出かけちゃいましたよ?信用しない方が良いんじゃないですか?」と伝えた。
「へぇ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ わかった。殺す。」
オオハツセは馬に跨り、オシハを追った。そして彼の影が見えると何の躊躇も無く、後ろから弓で打った。その矢は見事に命中し、どさっとオシハが落ちるのが見えた。
近付くとオシハにはまだ息があった。
「ハツセッッ ・ ・ ・ ・ 貴様こんなことして親族を滅ぼすつもりかっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ?」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ はぁ?何言ってんだオッサン。天皇家が滅びるわけがないだろう。なんせ、アンタより王として才能のあるこのオレ様が兄貴の後を継ぐんだ。」
オオハツセは馬を降り剣を抜くと、倒れているオシハを冷たく見据えた。
「っっ!? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お前っ ・ ・ ・ ・ ・ ・ いつからそんなこと考えて ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「そんなん ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 最初からに決まっているだろう。」
「最初って ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うそだろ ・ ・ ・ ?」
オオハツセは言葉通り、この物語の最初から自分以外で皇位を継ぐ資格がある者を根絶やしにするつもりで行動をしていた。
「 ・ ・ ・ で、アンタが最後ってワケ。」
「お前 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何で?」
「 ・ ・ ・ この平和ボケした国をオレ様が変えてやるんだよ。アンタ達が手をこまねいてたクソ生意気な豪族どもは全てオレ様が武力で平伏せてやるし、仲良しゴッコしてやがる朝鮮半島も黙らせる。」
「はぁ?ふざけるな!!面倒事をチカラで解決しようとするんじゃないっっ!!!」
「るせぇな。んなコト言って、バカどもを野放しにして来たからこんな腑抜けた国になっちまったんじゃねぇか。今のままじゃ宋にナメられっ放しだ。オレが ・ ・ ・ ・ ・ ・ オレ様がこの国を変えるんだ。誰もが羨む強国にしてやるよ。」
「ハツセ、日本は既に強国だろう。喧嘩に勝つことが強さじゃない。皇位を継ぐ気なら国を学ぶんだ。」
「チッ ・ ・ イチイチ癇に障るヤツだな ・ ・ ・ 散々学んださ。学んだからこそオレがっっ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「ハツセ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「 ・ ・ ・ いや、これから死ぬアンタには関係の無い話しだな・・・
・ ・ ・ ・ ・ 死ね。」
オオハツセはオシハをバラバラに切り刻むと、桶に入れて埋めてしまった。
この知らせはすぐにオシハの家族の元に届いた。
オシハの妻は彼を恐れ2人の息子、オケとヲケを
道中、豚飼いのジジィに弁当を奪われたが、騒ぎを大きくする訳にも行かず、空腹も我慢した。弟のヲケは、とりあえず彼の名前だけ聞いておいて『大人になったら絶対仕返ししてやる』と深く心に刻んだ。なんとか目的地の播磨に着くと、シジムという遠い親戚の知り合いの家で、身分を隠して世話になり、馬飼いと牛飼いに姿を変えてひっそりと暮らすことになった。
オオハツセは「邪魔にならないなら良い」と言って、必要以上に2人を追わなかった。こうして彼が