天皇記『垂仁天皇』

垂仁天皇

サホビメとサホビコ

崇神天皇すじんてんのうが亡くなると息子の垂仁すいにんが後を継ぎ天皇となった。

彼には何人か妻がいたが、その中でも最初にもらったサホビメをめちゃめちゃ溺愛していた。

佐保の出身だからサホビメ。超単純な名前だ。

ある日、サホビメは垂仁すいにんを放置して実家の城に帰り、のんびりと羽を伸ばしていた。結婚しても実家を大切にする時代だったので、天皇の妻になったところで、家に遊びに行っても全然文句を言われなかったのだ。彼女は3年くらい前から朝廷に住んでいたが、あそこは息苦しいし、旦那もウザい。最近は実家にちょくちょく顔を出すようになっていた。

そんな彼女の元に、兄のサホビコがやってきた。これまた単純な名前だ。しかしこのサホビコ。実は、サホビメの初恋の相手だった。

今だったら近親相姦だなんだと大バッシングだろうが、まだ一夫多妻性の時代。父親が同じ兄妹でも、母親さえ違っていれば、近親相姦という感覚はなく、普通に恋愛も結婚もすることができた。

垂仁すいにんはどうも優しすぎて物足りない。サホビメは、ちょっとした兄への恋心とそれに対するスリルを楽しんでいた。

 

サホビメとサホビコはしばらく垂仁すいにんの悪口に花を咲かせ、ワイワイと楽しんでいたが、ふと兄が真剣な表情に変わった。

 

「ところでお前さ、 ・ ・ ・ 兄ちゃんとあいつ、どっちの方が好きなの?

「えっ?あいつって ・ ・ ・ ・ ・ ・ ??」

「そりゃあ、垂仁のことに決まってんじゃんか。」

サホビメは戸惑った。どっちが好きかって言われたって、そう簡単な問題ではない。

しかし、今は完全に

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お兄ちゃん。」

だと思った。

「 ・ ・ ・ 本当に?」

「うん、本当だよ。だってさほ、お兄ちゃんの事、大好きだもんっ!

 

サホビメの妹属性の笑顔が輝いた。

 

『 ・ ・ ・ 神様っ!!俺をこの時代に産んでくれて本当にありがとうっ!!』

 

しかし、例え妹との恋愛がOKだろうが、人妻との恋愛はもちろんNGだ。しかも相手は天皇。

そこで、サホビコはサホビメに短刀を渡した。

「サホビメ、お前が本当に垂仁より兄ちゃんの事が好きなら、あいつが寝ている間に殺すんだ。」

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ え?」

サホビメは兄の思いもよらない提案に、口がポカンと開き、思考が停止した。

「2人が結ばれるためにはそれしか無い。あいつを殺して一緒に天下を治めよう!!

しばらくサホビメは黙っていたが、兄の真剣な表情を見ると静かにこくりと頷いた。

 


 

「さほぉ~!!お帰りぃ~~♥」

サホビメが帰ると垂仁すいにんが笑顔で飛びついてきた。いつもなら適当にあしらうのだが、この時は彼の目を見る事もできずに黙り込んだ。

「今日、オレ、ちょー寂しかったんだけど。さほ、いつもより帰って来るの遅くなかった?なんかあったの??」

えっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うぅん?別に??」

「 ・ ・ ・ そ?でも、なんか今日元気ないみたい。」

「そおかな?さほは元気だよ??」

「そぅ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ なら別にいいんだ。静かなさほも可愛いからっ♥♥♥

 

垂仁すいにんは、にへらっと笑った。 ・ ・ ・ と、まぁこんな調子で皇居に引っ越してからの3年間 溺愛され続けた結果、サホビメは垂仁すいにんの愛の重さに疲れ果てていた。そりゃ、お兄ちゃんの方が好きだとか答えてしまうわけだ。

 

その日も、当たり前のように2人は一緒に寝ていた。

 

サホビメは垂仁すいにんが熟睡した事を確認すると、抱き枕状態にされた彼の腕の中からそっと抜け出し、サホビコから渡された短刀を取り出した。

これで彼を殺せば、この重すぎる愛から解放されて、またお兄ちゃんと一緒に暮らせる ・ ・ ・

サホビメは短刀を勢い良く振り下ろした。

 

「んにゃ~~さほ~~~♥」

 

垂仁すいにんが幸せそうに枕に抱きついた。短刀は首元からだいぶ離れたところで止まってしまう。

しかし、ここで殺さなければ謀反を起こす兄の命を危険に晒すことになる。『殺さなくちゃ ・ ・ ・ 』サホビメは兄のためだと自分に言い聞かせ、何度も彼を殺そうと力を込めた。

 

しかし、短刀が垂仁すいにんの首元まで届く事は無かった。

 

だって彼女は別に垂仁すいにんのことが嫌いな訳ではなかったのだ。確かに彼は、ウザイところが多々あるが、どんなにワガママを言っても、冷たい態度たいどを取っても、いつでも自分のことを許して愛してくれた。サホビメもそんな彼の事が好きだった。

 

『 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そっか。好きだったのか。』

 

この数年で、とっくに忘れていた感情と共に、一気に涙があふれ出した。その涙は拭く間も与えず垂仁すいにんの寝顔にポタポタッと落ちてしまう。

 

「ん~~ ・ ・ ・ 」

 

まずい。垂仁すいにんが起きてしまう。サホビメは慌てて涙を拭いたが、それでも後から後から湧き出し止まらない。

 

「さほ~~??起きてるん?? ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ おれさ~、今、変な夢見たんだけど ・ ・ ・ 」

 

垂仁すいにんはころころ転がって足下に抱きついてきた。

 

「あのな~、さっき、夢の中でオレが空を眺めてたら、佐保の方から雨が降ってきたんだ。そんで顔に雨がかかったと思ったら、オレの首にちっちゃな蛇が巻き付いて来てさ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ありゃー何だったのかなぁ ・ ・ ・ ・ 」

 

彼の話しを聞くと、サホビメはさらにボロボロと涙を零した。

 

「えっ??さほっ??泣いてんの??どしたっっ???」

 

「 ・ ・ ・ っっごめんなさい ・ ・ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

彼女の涙は止まらない。

 

垂仁すいにんが困ってサホビメ頭を撫でていると、暗闇に慣れてきた彼の目に『鈍く光るもの』が入ってきた。とてつもなく嫌な予感に彼の胸がぎゅっと締め付けられる。

 

 

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ さほ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ その短刀 ・ ・ ・ ・ ・ ・ どしたの?」

 

 

 

彼女の身体がビクっと硬直した。もう隠す事はできない。サホビメは項垂れると嗚咽を漏らしながら、兄のサホビコの謀反を打ち明けた。

自分の妻に殺されかけたと知れば、さすがの垂仁すいにんも激怒するだろうと思ったが、彼は気持ち悪いくらい冷静にしていた。

 

「そっかぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ んーー。さほには悪いんだけど、謀反は死罪なんだよねぇ。オレ、サホビコを殺さなくちゃ。」

 

「うそ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「ごめんね。気付いてあげられなくて ・ ・ ・ ・ ・ ・ 君がここの暮らしが嫌なら、他に家でもなんでも作るからさ。でも、この件が片付くまでお留守番。それと今日のことは誰にも話さないこと。いいね?」

 

「垂仁 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ さほのことは、許すの?」

 

サホビメの困惑した問いに、垂仁すいにんは答えずに曖昧に笑った。

 

そしてそれ以上、サホビメの話しは聞かず、夜のうちにサホビコ討伐の軍を集めた。サホビメは必死に止めようとしたが、彼は「ごめんね。」とだけ言って、すぐに戦の準備に戻ってしまった。

サホビメ、サホビコ

サホビメの決意

サホビメは居ても立っても居られず、気づけば皇居を抜け出し全速力で実家に向かって走っていた。

『このままじゃお兄ちゃんが殺される。早く知らせなくちゃ ・ ・ ・ 』

しかし実家の城に着くと既に稲穂を積み上げた砦が作られ、兵が慌ただしく行き来していた。サホビコは朝廷にスパイを送り込んでおり、いち早く情報を手に入れていたのだ。

そんな中、城に入るとすぐにサホビコが迎えに来てくれた。

「サホビメ!よかった、無事だったか。」

「お兄ちゃん!!」

「でも、お前・ ・ ・ 何でしくじったんだよ。あいつのこと、散々嫌いだって言ってたじゃないか。」

「あの・ ・ ・ ごめんなさい・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「はぁ、お前が殺ってくれれば簡単に天下が取れると思ったのに・ ・ ・ 」

「ごめんなさい・ ・ ・ 」

「まぁ、いいや。人殺しなんて頼んだ俺も悪かったよ。とにかく、戦の準備だ。」

「ごめんなさい、お兄ちゃん・ ・ ・ さほも・ ・ ・ ・ ・ ・ ぅっ・ ・ ・ 」

サホビメは急にへたり込むと、その場で嘔吐してしまった。

「うわっっ!!大丈夫かよっ!?・ ・ ・ ・ ・ ・ ってお前、まさか・ ・ ・ 」

そのまさかだった。

サホビメは垂仁の子を身籠っていたのだ。

もう、何もかもが彼女の中でキャパオーバーだった。とてつもない罪悪感が彼女の心を覆う。ちょっとした浮気心から、ここまで大きな事態になるなんて思いもよらなかった。その上、自分のせいで兄が死ぬなんて絶えられない。

 

どうしても兄の命を救いたい ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

『・ ・ ・ ・ もし、お兄ちゃんの命が助からないなら、さほも一緒に死のう。』

 

サホビメは強く決心した。

 

垂仁すいにんの率いた軍はもう、すぐそこまで来ていた。サホビメは慌てて高見台に登り、垂仁すいにんの軍に攻撃を止めるよう呼びかけた。

一方、軍はサホビメの登場に衝撃が走った。

そりゃそうだ。さっきまで皇居にいた天皇の妻が、敵地で必死に手を振っているのだ。垂仁すいにんの耳にもサホビメが城内にいるとの情報が届くと、慌てて遣いを送り、彼女の本人確認をした。

しかし、それはもちろんサホビメ本人だ。しかも、サホビメが自分の子供を身籠っているという情報まで入って来た。

そんな状況で、垂仁すいにんが攻撃できる訳も無かった。

それからというもの、垂仁すいにんは何度も何度も城に遣いを送り、サホビメを説得させた。しかし彼女は頑なに城から出てこようとしない。結局、何ヶ月もの間、城を攻めることができず、結局サホビメは出産まで終えてしてしまった。

 

すると、「自分の息子だと信じるなら、引き取って育てて欲しい。」と、サホビメからの伝言が垂仁すいにんに伝えられた。
引き取ってくれるなら、サホビメが自分で子供を渡しに行くというのだ。その代わり、垂仁すいにんの家来にも1人で来て欲しいとのことだった。

 

垂仁すいにんは、これが彼女の命を救える最後のチャンスだと思った。

 

そりゃ、いくら彼女のためとは言え、何ヶ月もの間、国の仕事がなおざりだ。普通ならとっくに家臣の気持ちが離れている。しかし彼らは、なんだかんだ文句を言いながらも国の政をサポートしてくれていた。そして垂仁すいにんも自分が彼らに甘えていることを自覚していた。もうこれ以上自分のワガママで国を放っておくわけにはいかない。

子供の引き取りに、垂仁すいにんは力自慢の兵を用意し「力づくでも良いから、必ずサホビメを連れて帰るように。」と指示を出した。

 

そして、この作戦の結果がどうであれ、この日のうちに攻め入ると誓った。

 


 

赤子を引き渡す約束の時間になった。

 

サホビメが息子を抱いて1人で城から出てくるのが見える。垂仁すいにんに送り込まれた兵は、これなら簡単に捕まえられると安堵した。

兵は赤子を受け取ると、我が子との別れを惜しむ彼女を捕らえようと髪に掴みかかった。

しかし、その髪はするりと頭から落ちてしまう。

『えっっ!?』

兵は、モンチッチヘアーになった彼女に驚き、固まった。そのスキに彼女は城へと走る。兵が慌てて腕を掴むと、ブレスレットの糸が切れ、服を掴むとボロボロと崩れてしまう。訳がわからず混乱しているうちに、サホビメはさっさと城の中へと逃げ帰ってしまった。

彼女は、垂仁すいにんなら絶対に自分を連れ戻そうとするだろうと読み、自分の髪を剃り、その髪で鬘を作り、ブレスレットの糸と服の布は腐らせ、掴めば崩れるようにしておいたのだ。

 

この報告を受けた垂仁すいにんは絶望的な表情を浮かべた。

 

「嘘だろ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あの綺麗な髪を剃ったのか??」

「申し訳ございません!!」

「あーくそ ・ ・ ・ どうすりゃいいんだよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

垂仁すいにんは出陣を決めていたにも関わらず、いざその時となると、『やれ。』というたった一言の指示を口に出せずにいた。

 

「はぁ ・ ・ ・ もう一度遣いを送って、彼女にこの子の名をどうしたらいいか聞いてきてくれ ・ ・ ・ 」

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ はい。」

 

少しでも時間を稼いで、サホビメを連れ戻すチャンスを作りたかった。しかし、垂仁すいにんの思いと裏腹に、遣いはすぐ帰ってきた。

 

「ホムチワケにしろと ・ ・ ・ 」

「そ ・ ・ ・ ・ ・ ・ いや、そうなんだけど、そうじゃなくて ・ ・ ・ 母親の君がいなきゃ育てらんないって意味だ!そう伝えてくれっ!!

「は ・ ・ ・ はいっ!」

 

しかし、また、遣いはすぐに帰ってきてしまった。

 

「乳母をつけろと ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「 ・ ・ ・ っんあぁっっ!!もういい!!オレが行くっっ!!!」

「はぁっ!?ダメです陛下っ!!お待ちくださいっっ!!!」

 

垂仁すいにんは兵が止めるのを払いのけ、城の方にズカズカと歩いた。もう敵の矢の射程範囲内だ。兵達は必死に垂仁すいにんを押し戻そうとし、自分を盾にする者もいた。垂仁すいにんはそんな彼らに構わず、声が届くところまで来ると城に向かって大声で叫んだ。

 

「さほおおぉぉぉっっっっっ!!!!!!

 

 オレのっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

 オレの下紐はどうしてくれるんだあぁぁっっ!!!!」

 

緊張感に包まれていた戦場の空気が一瞬にして凍りつく。

 

『ん?下紐?あの人、下紐って言った??』

 

もちろん下紐の意味なんてわからないであろう現代っ子のために説明を加えると、エッチした後に『次まで君と以外しないからねっ♥』っていう約束のためにお互い結び合う紐のことだ。

 

敵も味方も同様に、『この人、やっちまったぁぁ ・ ・ ・ !!』と衝撃が走った。

 

しかしそんな中、サホビメは垂仁すいにんのアホみたいなセリフに一人、ボロボロと涙を流していた。だって、垂仁すいにんの妻は彼女だけじゃないのだ。下紐を解く女なんて他にもたくさんいるくせに、あの人は一体何を言ってるんだ。

本当のところ、彼女は垂仁すいにんの遣いが来る度に心が揺らいでいた。しかしその度、自分には戻る資格なんて無いんだと言い聞かせていたのだ。

それなのに、本人の声は反則だ。何で天皇のくせにしゃしゃり出てんだよ。完全に心が折れちゃったじゃないか。一瞬でも顔が見えたら彼の元に走って飛びついてしまいそうだ。でも、そんなこと絶対にダメだ。自分だけ生き残って兄を見捨てるなんて絶対にできない。

サホビメはうずくまり、耳を塞いだ。それなのに、垂仁すいにんの呼びかけは尚も続いている。いっそのこと、さっさと殺して欲しいと思った。

そんな彼女を見兼ねて、サホビコが口を開く。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あいつんとこ、戻っても良いんだぞ?」

 

その声を聞き、サホビメは思いっきり兄に抱きついた。

 

「やだ!!さほはお兄ちゃんと一緒に死ぬのっ!!!」

 

我ながら最低だと思いつつも、サホビコにくっついていないと、門の外に出てしまいそうだった。兄はそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、優しく抱きしめた。

 

一方、垂仁すいにんの声はまだひびいている。

 

「君は鬼かっ!!君が結んだんじゃないかっ!!

 

 君以外に誰が解くんだよっ!!

 

 っつーか、この紐、何ヶ月結びっ放しだと思ってるんだっ!!

 

 臭せぇーんだよバカあぁぁぁーー!!!!」

 

『『バカはお前だあぁぁぁ!!!!!』』

 

その場にいた垂仁すいにんの兵は心を一つにし、彼を担いで陣まで運んだ。しかし、そんな中でも垂仁すいにんは手足をバタつかせ必死に声を上げた。

 

「嫌 ・ ・ ・ 嫌だっ!!さほっ!!出て来てくれよっ!!なんだよ!!本気で死ぬ気なのか!?泣き虫のくせにっ!怖がりのくせに!! ・ ・ ・ ・ なぁ!!聞いてんだろっ!?

オレにっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ オレに君を殺させるつもりかっ!?

オイ!!答えろよ、さほっっ!!ふざけんなあぁぁー!!!!」

 

垂仁すいにんは最後まで必死に訴えかけたが、彼女は出て来てくれなかった。しばらくすると遣いが来て、丹波に住むヒバスヒメとオトヒメに下紐を解かせるようにとの伝言が伝えられた。

と言っても別にそんなことは垂仁すいにんにとってはどうでも良かった。彼にはもう手の打ちようが無かった。

垂仁すいにんは天を仰ぎ、しばらく黙りこくると、静かに、あきらめたように口を開いた。

 

「ごめん ・ ・ ・ みんな、ありがと。もぉ、大丈夫 ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

  ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ やってくれ。」

 

この指示で軍は速やかにサホビコの城を制圧した。今までの何ヶ月間が嘘のようにあっという間の出来事だった。そしてその日のうちに、燃え上がった城の中でサホビメが身を投げ自害したとの報告があった。

「そ。ご苦労様。」と、垂仁すいにんは何でもない様子だったが、報告を終えると皆すぐに席を外した。しばらくすると、部屋から子供みたいに泣きじゃくる声が聞こえてきた。

彼が大丈夫じゃないことくらい、誰もがわかっていた。

垂仁天皇、ヒバスヒメ

ヒバスヒメ

サホビメが亡くなってからすぐに垂仁すいにんは仕事に復帰した。しかし「大丈夫大丈夫~」とか言いながら仕事机にはついているものの、ぶっちゃけ全然使い物にならない。今、謀反を起こせば子供でも天下が取れるだろう。

見兼ねた家臣たちは、サホビメが後任に指名した、丹波のヒバスヒメとオトヒメを宮殿に呼ぶことにした。
すると喜んだ丹波の父親は、4人の娘全てを差し出して来た。家臣もこれで垂仁すいにんも少しは気が晴れるだろうと喜んだ。

 

そして面会の日 ・ ・ ・

 

「あれ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何で4人もいるの?」

 

垂仁すいにんの物腰は柔らかいものの、どこか感情を感じさせない冷たい印象だった。彼の疑問に長女のヒバスヒメが受け応えをする。

 

「丹波の娘は4人姉妹でございます。皆で陛下にお仕え致します。」

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ヒバスヒメとオトヒメはどの子?」

「はい、私がヒバスヒメ。彼女がオトヒメでございます。」

「そ。それじゃあ、後の2人は帰っていいよ。」

「えっ? ・ ・ ・ しかし ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

「ブスはいらないって言ったんだ。帰ってもらえるかな。」

 

垂仁すいにんは冷たく言い放つと、そのまま部屋に戻ってしまった。
ニニギの名言再び!!と言いたいところだが、別に彼女たちは決してブスなわけでもなかった。彼の発言はただの八つ当たりに近かった。

しかし、姉妹の中で自分たちだけ返されるなんて恥だと考えた彼女たちは、帰りの道中で身を投げてしまう。
もちろん朝廷にもその話は届いたが、垂仁すいにんは彼女達を微塵も可哀想だと思わなかった。

 

そんな事件の後、彼の下紐を姉のヒバスヒメが解くことになった。ヒバスヒメはとても緊張していた。そりゃそうだ。相手は妹達が死んでも顔色ひとつ変え無かった人だ。何をされるか分かったもんじゃない。

 

ヒバスヒメは覚悟を決め、下紐をそっと解いた。その紐を彼の横に置くと、ふと畳の上にポタポタと雫が落ちてきた。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ っっごめ ・ ・ ・ ・ 」

 

垂仁すいにんがボロボロと涙を流していたのだ。ヒバスヒメは驚きのあまり、言葉が出なかった。親に捨てられた子どもみたいにボロボロと泣きつづけるので、困り果てたヒバスヒメは彼を抱きしめた。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ っっオレのとこに戻って来なくたって良かったんだ ・ ・ ・ 生きてさえ ・ ・ ・ いてくれれば ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ それでっ ・ ・ ・ 」

 

ヒバスヒメは黙ったまま頷き、垂仁すいにんのことをぎゅっとした。彼は何かの糸が切れたかのように泣きじゃくった。

 

結局その夜、ヒバスヒメはサホビメの萌えポイントについて延々と聞かされる羽目になり、彼女は黙ったまま前の女の話を夜通し聞き続けた。

 

しばらくして垂仁すいにんが落ち着くと、ヒバスヒメは新しい下紐を結んでやった。垂仁すいにんは泣きつかれたのか、そのまま安心したようにすやすやと寝てしまった。まるで子どもだ。ヒバスヒメが頭を撫でると、寝ていると思っていた垂仁すいにんがぽつりと言葉を発した。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 妹さんのこと、ごめんね。」

 

決してゴメンで済むような話しではないのだが、ヒバスヒメは彼を憎む気にもなれなかった。彼女は「いいんです」とだけ言って頷いた。

 

その日はヒバスヒメの勝負下着も無駄になり、残念な思い出となってしまった初夜だったが、この日以来、垂仁すいにんは彼女の前で一度たりともサホビメの話しを出すことはなかった。

『系図』崇神天皇、垂仁天皇、サホビコ、サホビメ、ヒバスヒメ、オトヒメ

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