日本神話『オオクニヌシの誕生』

オオナムチ、スセリビメ、スサノオ

最後の試練

須佐之男スサノオの無茶ぶり試練の翌朝。

オオナムチが帰らなかったので、スセリビメは泣きながら葬儀の支度を整えていた。昨日から愛娘に無視され続け、須佐之男スサノオは端っこの方で肩身狭そうに座っている。

「ったく ・ ・ ・ ・ メソメソすんなよ。あの程度で死ぬようじゃ、お前を幸せにできる器じゃなかったってことだろ??」

 

『ギロッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』

 

ハハ。さすが俺の娘。いい睨み効かすな。どうしよう。久しぶりに泣きそう。 ・ ・ ・ ・ いや、泣かねぇけど。

「はぁ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 俺の見込み違いだったんかなぁ ・ ・ ・ ・ 」

「パパ ・ ・ ・ ・ 」

 

すると、背後からいないはずの人間の声がした。

 

「くすくすっ ・ ・ ・ ・ スサノオ様が僕を見込んでくださっていたとはね、驚きです。お陰様で死にかけましたよ。」

 

この声はオオナムチ!?須佐之男スサノオはビクッと跳ね上がった。

 

「うわっっ!化けたかっっ!?」

 

「いやいや。そんなに驚かないでくださいよ ・ ・ ・ ・ 。死んだはずの主人公のお約束じゃないですか。」

 

本当だ。足がついている。どうやらまだ生きていたらしい。

 

「オオナムチ!?あぁ!よかった!よかったぁ!!!」

 

須佐之男スサノオが口をぽかんと空けていると、横からスセリビメが泣きながらオオナムチに抱きついた。

「キャッ!」

しかし、すぐ須佐之男スサノオに首根っこを掴まれ剥がされる。

 

「テメェ、俺の娘に何さらしとんじゃ!?」

 

「えぇ?僕??今の僕が悪いのっ!?」

 

当ったり前だコラァ!!それより、矢は取って来れたんだろうなぁ??火に怯えてヒィヒィ逃げてきたんじゃねぇのか?オィ??」

 

「いえいえ、ちゃんと見つけてきましたってば。まったく、本当に死ぬところだったんですからね??スサノオ様も人が悪い。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ はい、これ。鏑矢(かぶらや)です。 ・ ・ ・ ・ ・羽はもげてしまいましたが。」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ おぉ、見つけられたのか。」

 

オオナムチは矢を渡すと声を低くし、須佐之男スサノオにだけ聞こえるよう耳元で話した。

「ところで、スサノオ様、約束の件なんですけど ・ ・ ・ 」

「約束?」

「ほら、娘さんと、僕との結婚を考えても良いとかなんとか ・ ・ ・ 」

「あぁ??んなもんした覚えはねぇ。」

 

「えぇ~~ ・ ・ ・ 」

 

オオナムチは緊張感の無い子供が駄々を捏ねる様な声を上げた。

 

「あぁん??」

 

しかしまたすぐにいつもの調子に戻る。

 

「いや ・ ・ ・ ・ ・ ・ そうですか。 ・ ・ ・ うん、そうですね。そういえば、僕の聞き間違いだったかも。失礼しました。」

「そうだ。テメェの勘違いだ。」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「そんなことより、ナヨいの。テメェ、シラミ潰しはしたことあるか?」

「シラミ潰しですか?あぁ、懐かしい。子供の頃はよく父のをやらされましたよ。」

 

シャンプーがこの世に現れるまでシラミは一般的だった。しかし、この『シラミ潰し』は慣用句として大抜擢される程の面倒な作業で、子供達の中では長い間やりたくないお手伝いNo.1として輝いていた。逃がすと他の人に移ってしまうので、しっかり潰さないと怒られるのだ。あのプチッって感覚がとっても気持ち悪い。

 

「今日は俺のシラミを潰してくれ。」

 

そういうと須佐之男スサノオは、さっさと家に入って行ってしまった。オオナムチも後に続こうとすると、スセリビメが慌てて引き止める。

 

「 ・ ・ ・ ちょ ・ ・ ・ オオナムチ ・ ・ ・ ・ ・ ・ これ、持って行って。きっと役に立つから。パパにバレないようにね!」

 

スセリビメに渡されたものは、椋の実と、赤土だった。何に役立つのかサッパリだったが、流れから察するに、ただのシラミでは無いのだろう。とりあえず袖の中に忍ばせた。

 

家に入ると、大広間で須佐之男スサノオは不機嫌そうに待っていた。部屋を見渡すと、よく日の当たる場所に大きな柱が立っている。

『 ・ ・ ・ あそこがいいや。』

「スサノオ様、お待たせしました。 ・ ・ ・ あの柱の近くが明るくて良さそうですね。そこでやりましょ?」

「オゥ。」

 

須佐之男スサノオは柱の前であぐらをかいた。「さーてと」っと頭を覗き込んだオオナムチはそのまま硬直する。そこにいたのは、シラミとはサイズもキモさも何倍も違うムカデだったのだ。

 

「あぁ?どうした??」

「いえ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何でもないです。」

 

いやいやいやいや!!『どうした??』じゃないだろ。何をどうしたら頭の中でムカデが飼えるんだよっっ??何?おととい室屋に居たやつペットだったの??あぁー、手じゃ潰せないし噛むしかないか・・・でもそしたら毒にやられる・・・何か他の・・・他の何か・・・

 

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 木の実っっ!!!

 

試しにオオナムチは、先ほどスセリビメからもらった椋の実を噛み赤土と一緒に吐いてみた。

 

カリッ ・ ・ ・ ペッ ・ ・ ・

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

須佐之男スサノオは、前を向いたまま動かない。 ・ ・ ・ よし。気づいてない!!とりあえず実が無くなるまでやりきろう ・ ・ ・

 

カリッ ・ ・ ・ ペッ!
    ・ ・ ・ カリッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ペッ!

 

『なんだ。ムカデを噛みくだくくらいの力はあんのか。最初は頼りなかったが、少しは使えるようになったかな ・ ・ ・ 。』

 

須佐之男スサノオはオオナムチの成長を感じ、少し安心した。

別に、須佐之男スサノオはオオナムチを虐めたいと思って試練を与えている訳ではなかった。兄たちとのいざこざを自分が助けたところで、根本的な解決にはならない。オオナムチ自身が解決するしかないのだ。そのための試練だったのだが ・ ・ ・ 正直、スセリビメにばかり目が行ってるオオナムチを出雲いずもに返す気にはなれなかった。

 

『人の上に立つ才能はあんだから、あと少しの自信と、俺に反抗するくらいの勢いがありゃー完璧なんだけどなぁ。』

 

そんなことを考えながらも、心地よい日差しに当てられたのと、髪を触られて気持ちよくなったのとで、須佐之男スサノオはだんだん眠くなってきた。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ グゥ ・ ・ ・ グゥ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

カリッ ・ ・ ・ ペッ!!
    ・ ・ ・ カリッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

あれれ?寝ちゃった??くすくすっ ・ ・ ・ スサノオ様ってば、こーゆうところ憎めないないんだよねぇ。

 

ペっ。

 

オオナムチは、須佐之男スサノオが深く寝入った事を確認すると、須佐之男スサノオの髪の毛をゆっくりととかし、柱にキツーく結びつけた。

オオクニヌシの誕生

「これでよし。 ・ ・ ・ ではでは。お世話になりましたっと。」

オオナムチは須佐之男スサノオを起こさないように静かに部屋を出ると、扉の前に10人係でないと持てないような大岩をそっと置いた。そしてそのまま須佐之男スサノオの自室に直行し、『大刀』『弓矢』『琴』を持ち出した。準備が整うと、スセリビメの部屋に向かう。

 

「ヒメ ・ ・ ・ ・ ・ ・ いる?」

 

オオナムチの姿を見たスセリビメは不安そうな顔をした。完全に旅支度じゃないか。ていうか盗人スタイル?

 

「オオナムチ?その荷物 ・ ・ ・ どういうこと??」

「 ・ ・ ・ この大刀と弓矢があれば、政治が行える。そしてこの琴があれば、天つ神から助言をもらえる。僕はこの国を治めたい。あんな兄達に任せたくないんだ。

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 行っちゃうの?」

「あぁ、行くよ。君を連れて出雲いずもに帰る!!」

 

彼女は目を見開いた。涙が今にもあふれそうだ。その表情からはうれしいのか、悲しいのか、喜んでいるのか、驚いているのか、読み取ることができない。

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ 」

 

「だって、スサノオ様は、分かり易すぎるくらい君の事が大好きじゃないか。絶対に君を手放さないよ。 ・ ・ ・ でも僕の方が君のことを愛してるっ!!手放さないなら奪うまでだ。ほら、君は早く走れないだろ?僕がおぶって行く。スサノオ様が起きる前に早く乗って!!

 

オオナムチはスセリビメに背を向けてしゃがんだ。『頼む ・ ・ ・ 一緒に来てくれ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』スセリビメに背を向けた数秒が緊張で何時間にも感る。しかしすぐ背中に重みを感じることができた。

 

「オオナムチ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ありがとう、うれしいっ!!!」

 

彼女は、オオナムチの背に体を預けた。思ったより重い ・ ・ ・ とは本人に言えないものの、心が一気に軽くなった。

 

「 ・ ・ ・ よしっ!しっかり捕まってろよ!!」

 

スセリビメをおぶったオオナムチは、一目散に黄泉比良坂よもつひらさかへ向かった。彼女はすぐについてくる事を決めてくれたが、走っていると、オオナムチは肩のあたりがじんわり暖かくなるのを感じた。『泣いてるのかな?』心がちくりとした。ふとスセリビメが家を振り返り身体を上げる。

 

その瞬間。『ボロロロン ・ ・ ・ 』と琴が大きく鳴った。木に弦が引っかかったのだ。

 

『 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ングアァァァァァ ・ ・ ・ !!!!』

 

遠くから雄叫びが聞こえた。

 

ヤバイヤバイヤバイ!!この人間とは思えない声・・・絶対スサノオ様だ!めっちゃ怒ってる!!

 

「オオナムチ!ごめんなさい!枝に気づかなくて ・ ・ ・ 」

 

「いい!ちゃんと掴まってろよ!!」

 

『イデエェェェェ!!!!!』

 

次は尋常じゃない叫び声が聞こえた。


「えっっ?何??パパどうかしたの???」


「スサノオ様の髪を、柱にキツーく縛っておいたんだ。だから、しばらく追って来れないはず ・ ・ ・ ・ ・ ・ 急ごう!!

 

しかし、すぐに後ろから追ってくる音が聞こえてきた。

 

『待てゴルアァァ!!!』

 

「うわっっ!!早っっ!!!!超でっかい岩も置いて来たんですけどっ!!あれ、意味なかった???」

 

「 ・ ・ ・ パパの頭 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 柱付いてる。」

 

「マジでっっ!?どんな怪力だよ!!!」

 

しかし黄泉比良坂よもつひらさかまではあと少しだ。須佐之男スサノオ根の堅洲国ねのかたすくにの神。そこを越えれば追えないはずっ!!オオナムチは、全速力で坂をけ上った。須佐之男スサノオはすぐそこまで来ている。

 

「待ちやがれ!!!」

 

「嫌だ!!待つわけないし!!!」

 

と言ってもすぐにも追いつかれてしまいそうだ。

 

「クッソォ ・ ・ ・ あと少しっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

「あと少しっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」

 

もうすぐで黄泉比良坂よもつひらさかを越える。しかし、須佐之男スサノオの手が今にもオオナムチの腕に掛かりそうだ。

 

そして須佐之男スサノオ『追いついた!』と思ったその瞬間 ・ ・ ・

 

ビリッッ!!

 

結界が須佐之男スサノオの手を弾いた。

 

「 ・ ・ ・ っっっっっっ着いたああぁぁあ!!!」

 

オオナムチは無事に坂を上り切ることができ、大喜びで声を上げた。逆に、須佐之男スサノオは怒りの雄叫びを上げる。

 

「ングアアアアァァァ!!!クッソオオオォォォ!!


 オイッッ!!!オオナムチぃ!!!


 あぁ!クソォ!!!スンゲェ、ムカつくっ!!


 超ムカつくっっ!!!!クソッッ!


 もう追わねぇよっ!!


 追わねぇから、止まって聞けぇぇっっ!!!」

 

「へっ???いやいやいやいや。追って来ないとか言われても、すんげぇ、迫力なんですけど。一刻も早く逃げたいんですけどっっ!!!!」

 

「るせぇ!!黙って聞けっっ!!!」

 

「はいっっ!!!」

 

「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ えっと ・ ・ ・ だな。 ・ ・ ・ ぉ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お前と、スセリの結婚を認めてやる。

 

「 ・ ・ ・ おぉ~!!お義父さまっ!!ありがとうございますっ!!!」

 

っせぇ!!バカ!!ただし、俺の娘をもらうからには八十神を倒し、葦原の中つ国あしわらのなかつくにを治めるんだ。その大刀と弓矢があればやれるだろ。結納代わりだ。持ってけ!!」

 

「はいっ!!」

 

「あと ・ ・ ・ ・ ・ ・ オオナムチなんてナヨイ名前はもう名乗るな。お前に名をやる。今日からお前は『大国主神』だ!!

 

オオクニヌシノカミ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 立派な名をありがとうございます。」

 

「オオクニヌシ。スセリを頼んだからな。」

 

「はい ・ ・ ・ お世話になりました!!

 

オオナムチ改め、 オオクニヌシは、須佐之男スサノオに深く頭を下げ、出雲いずもへ急いだ。

 


 

出雲いずもへ帰ったオオクニヌシは早速、八十神を倒し、今後は自分に仕えることを誓わせた。彼らはビックリするほど弱かった。須佐之男スサノオから与えられた試練によって、オオクニヌシは知らない間に強くなっていたのだ。まぁ、最後にもらったアイテムの力もあるだろうが。

そして、宇迦山の麓に高天原たかまがはらに届くほどの高い宮殿を建てて、スセリビメとの新婚生活をスタートさせた。

 

『こうして2人はいつまでもいつまでも幸せに暮らしました。』

 

と、今度こそ締めくくりたいところだが、オオクニヌシの物語はまだ続く。順風満帆のオオクニヌシの元にある日、突然の来客があったのだ。

 

「ごめんください。因幡より参りました、ヤカミヒメと申します。」

『ん??ヤカミヒメ?どこかで聞いたな ・ ・ ・ あ、ウサギが予言してた俺の嫁。

「あぁ!あの時は兄たちがご迷惑をお掛けしました ・ ・ ・ 」

「あなたがオオナムチ様 ・ ・ ・ いえ、オオクニヌシ様ですね!!お会い出来てよかった ・ ・ ・ 」

 

さすが、噂の美人。目を見張る美しさだった。

 

「へぇ ・ ・ ・ なるほどね。兄達が夢中になる訳だ。こんなに美しい人だったとは。」


「あなたが、亡くなったと聞いていたものですから ・ ・ ・ それが、宇迦山に宮殿を建てられたと話を聞いて、いてもたってもいられなくなって ・ ・ ・ ここまで足を運んでしまいました。」


「僕のために、わざわざ出雲いずもまで来てくれたの??ありがとう ・ ・ ・ 長旅で疲れたでしょ?さ、上がって。」

 

オオクニヌシは、彼女に手を差し伸べ微笑んだ。

 

「いえっっ、でも、ご結婚されたって聞きました。新婚で私なんかがお邪魔したら、奥様に申し訳ありません。私は、オオクニヌシ様の元気な姿を見れただけで十分なんです。もう、因幡へ帰ります。」


「いや、帰る必要はない。宮殿を建てる時に気合を入れて、部屋を作り過ぎちゃったんだ。君さえよければここに住むといい。」


「え?」

 

「上がって。君を妻として迎える。うれしい事に、この国はまだ一夫多妻制だ。

 

「そんな ・ ・ ・ 本当に良いんですか?」

 

もちろん!今日、初めて会ったとは言え、君は僕の初恋の人だもの。」

 

「オオクニヌシ様 ・ ・ ・ 」

 

「ほら、おいで。」

 

・ ・ ・ こうして、彼女の手をグッと引くと、オオクニヌシは、またもや初対面の女性を玄関先で押し倒した。

 

『イジメられっ子の心優しい少年が、2度の死と辛い修行を乗り越え、敵を撃ち国を治める。』なんて、王道少年漫画の主人公のような人生を歩んできたオオナムチことオオクニヌシだが ・ ・ ・ ・ ・ ・ この後『元祖チャラ男』として日本全国にその名を轟かせることになる。

『系図』スサノオ、クシナダヒメ、オオナムチ、スセリビメ、ヤカミヒメ、八十神

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