日本神話『オオクニヌシの誕生』
最後の試練
オオナムチが帰らなかったので、スセリビメは泣きながら葬儀の支度を整えていた。昨日から愛娘に無視され続け、
「ったく ・ ・ ・ ・ メソメソすんなよ。あの程度で死ぬようじゃ、お前を幸せにできる器じゃなかったってことだろ??」
『ギロッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』
ハハ。さすが俺の娘。いい睨み効かすな。どうしよう。久しぶりに泣きそう。 ・ ・ ・ ・ いや、泣かねぇけど。
「はぁ。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 俺の見込み違いだったんかなぁ ・ ・ ・ ・ 」
「パパ ・ ・ ・ ・ 」
すると、背後からいないはずの人間の声がした。
「くすくすっ ・ ・ ・ ・ スサノオ様が僕を見込んでくださっていたとはね、驚きです。お陰様で死にかけましたよ。」
この声はオオナムチ!?
「うわっっ!化けたかっっ!?」
「いやいや。そんなに驚かないでくださいよ ・ ・ ・ ・ 。死んだはずの主人公のお約束じゃないですか。」
本当だ。足がついている。どうやらまだ生きていたらしい。
「オオナムチ!?あぁ!よかった!よかったぁ!!!」
「キャッ!」
しかし、すぐ
「テメェ、俺の娘に何さらしとんじゃ!?」
「えぇ?僕??今の僕が悪いのっ!?」
「当ったり前だコラァ!!それより、矢は取って来れたんだろうなぁ??火に怯えてヒィヒィ逃げてきたんじゃねぇのか?オィ??」
「いえいえ、ちゃんと見つけてきましたってば。まったく、本当に死ぬところだったんですからね??スサノオ様も人が悪い。 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ はい、これ。鏑矢(かぶらや)です。 ・ ・ ・ ・ ・羽はもげてしまいましたが。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ おぉ、見つけられたのか。」
オオナムチは矢を渡すと声を低くし、
「ところで、スサノオ様、約束の件なんですけど ・ ・ ・ 」
「約束?」
「ほら、娘さんと、僕との結婚を考えても良いとかなんとか ・ ・ ・ 」
「あぁ??んなもんした覚えはねぇ。」
「えぇ~~ ・ ・ ・ 」
オオナムチは緊張感の無い子供が駄々を捏ねる様な声を上げた。
「あぁん??」
しかしまたすぐにいつもの調子に戻る。
「いや ・ ・ ・ ・ ・ ・ そうですか。 ・ ・ ・ うん、そうですね。そういえば、僕の聞き間違いだったかも。失礼しました。」
「そうだ。テメェの勘違いだ。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「そんなことより、ナヨいの。テメェ、シラミ潰しはしたことあるか?」
「シラミ潰しですか?あぁ、懐かしい。子供の頃はよく父のをやらされましたよ。」
シャンプーがこの世に現れるまでシラミは一般的だった。しかし、この『シラミ潰し』は慣用句として大抜擢される程の面倒な作業で、子供達の中では長い間やりたくないお手伝いNo.1として輝いていた。逃がすと他の人に移ってしまうので、しっかり潰さないと怒られるのだ。あのプチッって感覚がとっても気持ち悪い。
「今日は俺のシラミを潰してくれ。」
そういうと
「 ・ ・ ・ ちょ ・ ・ ・ オオナムチ ・ ・ ・ ・ ・ ・ これ、持って行って。きっと役に立つから。パパにバレないようにね!」
スセリビメに渡されたものは、椋の実と、赤土だった。何に役立つのかサッパリだったが、流れから察するに、ただのシラミでは無いのだろう。とりあえず袖の中に忍ばせた。
家に入ると、大広間で
『 ・ ・ ・ あそこがいいや。』
「スサノオ様、お待たせしました。 ・ ・ ・ あの柱の近くが明るくて良さそうですね。そこでやりましょ?」
「オゥ。」
「あぁ?どうした??」
「いえ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 何でもないです。」
いやいやいやいや!!『どうした??』じゃないだろ。何をどうしたら頭の中でムカデが飼えるんだよっっ??何?おととい室屋に居たやつペットだったの??あぁー、手じゃ潰せないし噛むしかないか・・・でもそしたら毒にやられる・・・何か他の・・・他の何か・・・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 木の実っっ!!!
試しにオオナムチは、先ほどスセリビメからもらった椋の実を噛み赤土と一緒に吐いてみた。
カリッ ・ ・ ・ ペッ ・ ・ ・
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
カリッ ・ ・ ・ ペッ!
・ ・ ・ カリッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ペッ!
『なんだ。ムカデを噛み
別に、
『人の上に立つ才能はあんだから、あと少しの自信と、俺に反抗するくらいの勢いがありゃー完璧なんだけどなぁ。』
そんなことを考えながらも、心地よい日差しに当てられたのと、髪を触られて気持ちよくなったのとで、
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ グゥ ・ ・ ・ グゥ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
カリッ ・ ・ ・ ペッ!!
・ ・ ・ カリッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
あれれ?寝ちゃった??くすくすっ ・ ・ ・ スサノオ様ってば、こーゆうところ憎めないないんだよねぇ。
ペっ。
オオナムチは、
オオクニヌシの誕生
「これでよし。 ・ ・ ・ ではでは。お世話になりましたっと。」
オオナムチは
「ヒメ ・ ・ ・ ・ ・ ・ いる?」
オオナムチの姿を見たスセリビメは不安そうな顔をした。完全に旅支度じゃないか。ていうか盗人スタイル?
「オオナムチ?その荷物 ・ ・ ・ どういうこと??」
「 ・ ・ ・ この大刀と弓矢があれば、政治が行える。そしてこの琴があれば、天つ神から助言をもらえる。僕はこの国を治めたい。あんな兄達に任せたくないんだ。」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 行っちゃうの?」
「あぁ、行くよ。君を連れて
彼女は目を見開いた。涙が今にも
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ 」
「だって、スサノオ様は、分かり易すぎるくらい君の事が大好きじゃないか。絶対に君を手放さないよ。 ・ ・ ・ でも僕の方が君のことを愛してるっ!!手放さないなら奪うまでだ。ほら、君は早く走れないだろ?僕がおぶって行く。スサノオ様が起きる前に早く乗って!!」
オオナムチはスセリビメに背を向けてしゃがんだ。『頼む ・ ・ ・ 一緒に来てくれ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 』スセリビメに背を向けた数秒が緊張で何時間にも感る。しかしすぐ背中に重みを感じることができた。
「オオナムチ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ありがとう、
彼女は、オオナムチの背に体を預けた。思ったより重い ・ ・ ・ とは本人に言えないものの、心が一気に軽くなった。
「 ・ ・ ・ よしっ!しっかり捕まってろよ!!」
スセリビメをおぶったオオナムチは、一目散に
その瞬間。『ボロロロン ・ ・ ・ 』と琴が大きく鳴った。木に弦が引っかかったのだ。
『 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ングアァァァァァ ・ ・ ・ !!!!』
遠くから雄叫びが聞こえた。
ヤバイヤバイヤバイ!!この人間とは思えない声・・・絶対スサノオ様だ!めっちゃ怒ってる!!
「オオナムチ!ごめんなさい!枝に気づかなくて ・ ・ ・ 」
「いい!ちゃんと掴まってろよ!!」
『イデエェェェェ!!!!!』
次は尋常じゃない叫び声が聞こえた。
「えっっ?何??パパどうかしたの???」
「スサノオ様の髪を、柱にキツーく縛っておいたんだ。だから、しばらく追って来れないはず ・ ・ ・ ・ ・ ・ 急ごう!!」
しかし、すぐに後ろから追ってくる音が聞こえてきた。
『待てゴルアァァ!!!』
「うわっっ!!早っっ!!!!超でっかい岩も置いて来たんですけどっ!!あれ、意味なかった???」
「 ・ ・ ・ パパの頭 ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 柱付いてる。」
「マジでっっ!?どんな怪力だよ!!!」
しかし
「待ちやがれ!!!」
「嫌だ!!待つわけないし!!!」
と言ってもすぐにも追いつかれてしまいそうだ。
「クッソォ ・ ・ ・ あと少しっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
「あと少しっっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 」
もうすぐで
そして
ビリッッ!!
結界が
「 ・ ・ ・ っっっっっっ着いたああぁぁあ!!!」
オオナムチは無事に坂を上り切ることができ、大喜びで声を上げた。逆に、
「ングアアアアァァァ!!!クッソオオオォォォ!!
オイッッ!!!オオナムチぃ!!!
あぁ!クソォ!!!スンゲェ、ムカつくっ!!
超ムカつくっっ!!!!クソッッ!
もう追わねぇよっ!!
追わねぇから、止まって聞けぇぇっっ!!!」
「へっ???いやいやいやいや。追って来ないとか言われても、すんげぇ、迫力なんですけど。一刻も早く逃げたいんですけどっっ!!!!」
「るせぇ!!黙って聞けっっ!!!」
「はいっっ!!!」
「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ えっと ・ ・ ・ だな。 ・ ・ ・ ぉ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ お前と、スセリの結婚を認めてやる。 」
「 ・ ・ ・ おぉ~!!お義父さまっ!!ありがとうございますっ!!!」
「っせぇ!!バカ!!ただし、俺の娘をもらうからには八十神を倒し、
「はいっ!!」
「あと ・ ・ ・ ・ ・ ・ オオナムチなんてナヨイ名前はもう名乗るな。お前に名をやる。今日からお前は『大国主神』だ!!」
「オオクニヌシノカミ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 立派な名をありがとうございます。」
「オオクニヌシ。スセリを頼んだからな。」
「はい ・ ・ ・ お世話になりました!!」
オオナムチ改め、 オオクニヌシは、
そして、宇迦山の麓に
『こうして2人はいつまでもいつまでも幸せに暮らしました。』
と、今度こそ締めくくりたいところだが、オオクニヌシの物語はまだ続く。順風満帆のオオクニヌシの元にある日、突然の来客があったのだ。
「ごめんください。因幡より参りました、ヤカミヒメと申します。」
『ん??ヤカミヒメ?どこかで聞いたな ・ ・ ・ あ、ウサギが予言してた俺の嫁。』
「あぁ!あの時は兄たちがご迷惑をお掛けしました ・ ・ ・ 」
「あなたがオオナムチ様 ・ ・ ・ いえ、オオクニヌシ様ですね!!お会い出来てよかった ・ ・ ・ 」
さすが、噂の美人。目を見張る美しさだった。
「へぇ ・ ・ ・ なるほどね。兄達が夢中になる訳だ。こんなに美しい人だったとは。」
「あなたが、亡くなったと聞いていたものですから ・ ・ ・ それが、宇迦山に宮殿を建てられたと話を聞いて、いてもたってもいられなくなって ・ ・ ・ ここまで足を運んでしまいました。」
「僕のために、わざわざ
オオクニヌシは、彼女に手を差し伸べ微笑んだ。
「いえっっ、でも、ご結婚されたって聞きました。新婚で私なんかがお邪魔したら、奥様に申し訳ありません。私は、オオクニヌシ様の元気な姿を見れただけで十分なんです。もう、因幡へ帰ります。」
「いや、帰る必要はない。宮殿を建てる時に気合を入れて、部屋を作り過ぎちゃったんだ。君さえよければここに住むといい。」
「え?」
「上がって。君を妻として迎える。
「そんな ・ ・ ・ 本当に良いんですか?」
「もちろん!今日、初めて会ったとは言え、君は僕の初恋の人だもの。」
「オオクニヌシ様 ・ ・ ・ 」
「ほら、おいで。」
・ ・ ・ こうして、彼女の手をグッと引くと、オオクニヌシは、またもや初対面の女性を玄関先で押し倒した。
『イジメられっ子の心優しい少年が、2度の死と辛い修行を乗り越え、敵を撃ち国を治める。』なんて、王道少年漫画の主人公のような人生を歩んできたオオナムチことオオクニヌシだが ・ ・ ・ ・ ・ ・ この後『元祖チャラ男』として日本全国にその名を轟かせることになる。