島々を産み終え、僕らはようやく一息つくことができた。
イザナミは今日も、自分の産んだ島々をあちこち散策しながら『よしよし』と、赤子をあやすように地面を撫で回している。


はぁ♡ 可愛い可愛い、私の子どもたち……

ずぅーーっと愛でてられるなぁ♡♡
一方の僕は淡路島の岬の浜辺で、寄せては返す波をボーッと眺めながら、小さく体育座りをしていた。

はぁ……イザナミが嬉しそうなのはいいけど

島々、産みきっちゃってから、ずっとご無沙汰なんだよなぁぁ……
僕がしばらく灰色の海と見つめ合っていると、

イザナギ〜!
と、明るい声が聞こえた。
振り返ると、イザナミがたくさんの木の実を持って、こちらに駆けてくるではないか。


ねぇ、見て見て!!

これね、人間たちが、『島を産んでくれたお礼に』って、プレゼントしてくれたの!

え!? 人間??

いつの間に住み着いてたの!?

岩の隙間に生息しているところを発見したんだ!

生息って……

草みたいに生えてきたから、青人草っていうらしいよ?

へ、へぇぇ……その図、だいぶホラーだけど……

まぁ、僕らの生まれ方も同じようなもんか
しかし、楽しそうに話していたイザナミが、急に悲しげな表情を見せる。

でもね……人間の身体って私たちと違って、時間が経つとヨボヨボして動けなくなっちゃうの

その人たち、『終わり』がなくて苦しそうだった……

そんな……可哀想だね

うん……

それなのに、病気やケガをすると、若くても簡単に死んじゃうんだって

え? ……『死んじゃう』って何?
僕の問いに、イザナミの瞳が潤む。
空に黒く厚い雲がかかり、急にあたりが暗くなった。
彼女は浜辺に落ちていた枯れ枝を拾うと、力なく砂に線を引きながら『死』について語り始める。

……死んじゃうとね、魂が抜けて、残された身体は腐ってしまうの

何、それ……怖いな

その魂は『黄泉の国』っていう、死者の国へ行くみたい

……黄泉の国?

うん

そこで『黄泉戸喫』っていう、黄泉の国の食べ物を口にする儀式をするとね……

もう二度と、こちらの世界には戻れなくなってしまうんだって
僕は、ごくりと生唾を飲み込んだ。

嫌だな……僕は死にたくないや

うん……
イザナミは持っていた枝をパキリと折ると、今にも泣きだしそうな顔で、僕を見つめた。

ねぇ、イザナギ……

私、この島に生きる人たちのこと、みんな大切な宝物だって思ったの

だから、みんなに幸せになってほしい……

うん……

どうしたら人間も私たちみたいに、ずっと元気に生きることができるのかな?

それは……僕にも分からないよ

でも……

『死』の原因が病気やケガなら、せめて、岩の中に住むのはやめた方がいいんじゃない?

僕らみたいに、ちゃんとした家に住むとか……
僕のポッと出のアイデアに、イザナミはキラッと目を輝かせる。

それ……いいと思う!

そうかな?

あと……そのプレゼントは嬉しいけど、食べ物が木の実だけじゃ、お腹が空いちゃうよ

確かに……

そしたら、家や自然や、食べ物を司る『神様』が必要だね!

安全な家と、おいしいご飯があれば、楽しく幸せに暮らせるはずだものっ!!

各担当の神様か……いいね!

でも、高天原の神様も限られてるし、どうしたら……
すると、彼女は僕の手を掴んで目を輝かせた。


大丈夫だよ、イザナギ!

だって、島々を産んだ時みたいに、神様も産めばいいんだもの!!

そっか!

産めばいいのか! ……たくさん産んで……たくさん……

はっ!
この時、僕の頭の中で、ある点と点が線で繋がった。

喜んで、協力させていただきます!!
僕は一瞬で湧いた煩悩をごまかそうとして、イザナミをギュッと抱きしめた。

すると、彼女が「ふふっ!」と笑って、上目遣いにこちらを見上げてくる。

……えっち
そう言って、からかうように微笑んだイザナミは、反則的に可愛かった。

こうして、神生みが始まった。
僕らが最初に産んだのは、大事忍男神。
『よくぞ大事を成し遂げた!』って意味の神様だ。

この子が生まれてくれたおかげで、これまでの苦労が全て報われた気がして……
僕らの自己肯定感は爆上がりした。
次に、石土毘古神、石巣比売神と、石や土の神様を立て続けに産んだ。
家の地盤ってやつだ。
そして、大戸日別神という扉の神様、天之吹男神という屋根の神様、大屋毘古神という家そのものの神様を産む。


よーし。この子たちの力があれば、家が作れるな!

うぅーん。でも、家だけじゃ心配だなぁ

家を守れる何かがあればいいんだけど……

生垣とか?

イザナギ、天才っ!!
そこで仕上げに僕らは、風木津別之忍男神という木で風を分ける神様を産んだ。
これなら、強い風が吹いても、家を守ることができるだろう!
そして、この家を守る神々のことは総称して、

と呼んだ。

これで家の心配はなくなったから……

イザナミ、次はどうしよっか?

家の次は食べ物に繋がる、自然系の神々がいいんじゃない?

まずは、たくさんの水の恵みが欲しいな!

よしきた!!
こうして僕らは、大綿津見神という海の神様、そして速秋津日子神と速秋津比売神という、河口を司る夫婦の神様を産んだ。

そして、子どもが増えれば孫も増える。
速秋津日子神と速秋津比売神は川と海の属性を活かし、それぞれ手分けして、また神様を生み出した。

世界が豊かになっていくのが目に見えて分かるから、ものすごくやりがいを感じる。

次は、山や大地の恵みね!

任せろー!!
僕らはさらに、志那都比古神という風の神、久久能智神という木の神、大山津見神という山の神、鹿屋野比売神という野の神を産んだ。

そして、大山津見神と鹿屋野比売神も山と野の属性を活かし、それぞれ手分けして、また神様を生み出す。

僕らの国は、次々と美しい自然で彩られていった。

これで、人間が生きるには十分なくらい、自然も揃ったかな??

うーん……

そしたら、そろそろインフラ整備いけるかな?

おぉ……

イザナミさん、こだわりますねぇ?

ふっふっふ!

愛ですよ、愛♡
そして僕らは、鳥之石楠船神(天鳥船)という船の神様と、大宜都比売神という食物の神様も産んだ。

おかげで食べ物が増え、人々は船で魚を獲ったり、他の地域と交流したりするようにもなり、暮らしはますます豊かになっていった。

そんなある日。
僕らは淡路島の小高い丘の上で、眼下に広がる国を眺めていた。
茜色に染まった空に、つがいの鶴が気持ちよさそうに飛んでいる。

あ、 天浮橋だ!
イザナミが指をさした。
本当だ。
鶴の飛んで行った向こうに、うっすら天浮橋が見える。
昔はもっと近くに架かっていた気がするけど、世界の成長と共に遠のいていっている気がした。

みんな、元気にしてるかな……
僕がボソッとつぶやくと、イザナミが首を傾げて、こちらを覗き込んだ。

ねぇ、イザナギ? 国造りって、楽しいね!

えっ? どうしたの、急に

だって、最初は不安でしかたなかったから……

こんなに幸せな未来が待ってるなんて、想像してなかったんだもん
そう言うと、彼女は僕の肩に、こてん、と頭を乗せてきた。
ああ、あかん。
何柱もの子どもを産んできた、この国の母神とは思えないほどの、圧倒的可愛さである。

それは……

全部、君のおかげだよ

え?
きょとんとした顔がまた可愛い。
彼女の柔らかい髪を撫でると、ほのかに甘い香りがして、つい顔がニヤけてしまう。

だって、出産は簡単なことじゃないでしょう?

それなのに君は、島も、神様も、こんなにたくさん産んでくれた

人々の幸せを願って

それは……私がみんなの喜ぶ顔が見たいだけだよ

そうやって、君は当たり前みたいに言うけど、本当に感謝してるんだ

おかげで、人間もたくさん増え続けてる

僕らの大切な宝物がどんどん増えて、幸せにならないわけないでしょ?

だから、この幸せは全部イザナミのおかげなんだ!

へへっ……なんだか、そう言われると照れますなぁ

本当は、動けなくて苦しんでる人たちも幸せにしたいんだけど……

私、何もできないから

……せめて、もっともっと、いろんな神様を産んであげたいの
その慈愛に満ちた笑顔があまりにも綺麗だったから。
僕は照れ隠しするように、はぐらかした。

あー……

……じゃあ、そろそろベッド行く?

もぉー!!

人がせっかく真剣な話してるのにー

ごめんて

まったく、調子いいんだから

へへっ

だって、僕は君のことが大好きで、大好きで、大好きすぎるから……

必要以上に、くっつきたくなってしまうんです
僕はイザナミをぎゅーっと抱きしめた。

イザナギ……

イザナミの声は鈴の音のように澄んでいて、聴いているだけで胸が幸せで満たされていく。

僕も……愛してる
この時の僕らは、あまりにも幸せだったから……
だから、この幸せがこのままずっと、永遠に続くものだって信じて疑わなかったんだ。
そう、あの子が生まれるまでは――


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