神生み神話

島々を産み終え、僕らはようやく一息つくことができた。

イザナミは今日も、自分の産んだ島々をあちこち散策(さんさく)しながら『よしよし』と、赤子(あかご)をあやすように地面を撫(な)で回している。

イザナミ

はぁ♡ 可愛(かわい)い可愛(かわい)い、私の子どもたち……

イザナミ

ずぅーーっと愛でてられるなぁ♡♡

一方の僕は淡路島(あわじしま)の岬(みさき)の浜辺(はまべ)で、寄せては返す波をボーッと眺(なが)めながら、小さく体育座りをしていた。

イザナギ

はぁ……イザナミが嬉(うれ)しそうなのはいいけど

イザナギ

島々、産みきっちゃってから、ずっとご無沙汰(ぶさた)なんだよなぁぁ……

僕がしばらく灰色の海と見つめ合っていると、

イザナミ

イザナギ〜!

と、明るい声が聞こえた。

振り返ると、イザナミがたくさんの木の実(このみ)を持って、こちらに駆(か)けてくるではないか。

イザナミ

ねぇ、見て見て!!

イザナミ

これね、人間たちが、『島を産んでくれたお礼に』って、プレゼントしてくれたの!

イザナギ

え!? 人間??

イザナギ

いつの間に住み着いてたの!?

イザナミ

岩の隙間(すきま)に生息(せいそく)しているところを発見したんだ!

イザナギ

生息(せいそく)って……

イザナミ

草みたいに生えてきたから、青人草(あおひとぐさ)っていうらしいよ?

イザナギ

へ、へぇぇ……その図、だいぶホラーだけど……

イザナギ

まぁ、僕らの生まれ方も同じようなもんか

しかし、楽しそうに話していたイザナミが、急に悲しげな表情を見せる。

イザナミ

でもね……人間の身体(からだ)って私たちと違って、時間が経(た)つとヨボヨボして動けなくなっちゃうの

イザナミ

その人たち、『終わり』がなくて苦しそうだった……

イザナギ

そんな……可哀想(かわいそう)だね

イザナミ

うん……

イザナミ

それなのに、病気やケガをすると、若くても簡単に死んじゃうんだって

イザナギ

え? ……『死んじゃう』って何?

僕の問いに、イザナミの瞳(ひとみ)が潤(うる)む。

空に黒く厚い雲がかかり、急にあたりが暗くなった。

彼女は浜辺(はまべ)に落ちていた枯(か)れ枝を拾うと、力なく砂に線を引きながら『死』について語り始める。

イザナミ

……死んじゃうとね、魂(たましい)が抜けて、残された身体(からだ)は腐(くさ)ってしまうの

イザナギ

何、それ……怖いな

イザナミ

その魂(たましい)は『黄泉(よみ)の国』っていう、死者の国へ行くみたい

イザナギ

……黄泉(よみ)の国?

イザナミ

うん

イザナミ

そこで『黄泉戸喫(よもつへぐい)』っていう、黄泉(よみ)の国の食べ物を口にする儀式(ぎしき)をするとね……

イザナミ

もう二度と、こちらの世界には戻れなくなってしまうんだって

僕は、ごくりと生唾(なまつば)を飲み込んだ。

イザナギ

嫌だな……僕は死にたくないや

イザナミ

うん……

イザナミは持っていた枝をパキリと折ると、今にも泣きだしそうな顔で、僕を見つめた。

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イザナミ

ねぇ、イザナギ……

イザナミ

私、この島に生きる人たちのこと、みんな大切な宝物だって思ったの

イザナミ

だから、みんなに幸せになってほしい……

イザナギ

うん……

イザナミ

どうしたら人間も私たちみたいに、ずっと元気に生きることができるのかな?

イザナギ

それは……僕にも分からないよ

イザナギ

でも……

イザナギ

『死』の原因が病気やケガなら、せめて、岩の中に住むのはやめた方がいいんじゃない?

イザナギ

僕らみたいに、ちゃんとした家に住むとか……

僕のポッと出のアイデアに、イザナミはキラッと目を輝(かがや)かせる。

イザナミ

それ……いいと思う!

イザナギ

そうかな?

イザナギ

あと……そのプレゼントは嬉(うれ)しいけど、食べ物が木の実(このみ)だけじゃ、お腹(なか)が空いちゃうよ

イザナミ

確かに……

イザナミ

そしたら、家や自然や、食べ物を司(つかさど)る『神様』が必要だね!

イザナミ

安全な家と、おいしいご飯があれば、楽しく幸せに暮らせるはずだものっ!!

イザナギ

各担当の神様か……いいね!

イザナギ

でも、高天原(たかまがはら)の神様も限られてるし、どうしたら……

すると、彼女は僕の手を掴(つか)んで目を輝(かがや)かせた。

イザナミ

大丈夫だよ、イザナギ!

イザナミ

だって、島々を産んだ時みたいに、神様も産めばいいんだもの!!

イザナギ

そっか!

イザナギ

産めばいいのか! ……たくさん産んで……たくさん……

イザナギ

はっ!

この時、僕の頭の中で、ある点と点が線で繋(つな)がった。

イザナギ

喜んで、協力させていただきます!!

僕は一瞬(いっしゅん)で湧(わ)いた煩悩(ぼんのう)をごまかそうとして、イザナミをギュッと抱(だ)きしめた。

すると、彼女が「ふふっ!」と笑って、上目遣(うわめづか)いにこちらを見上げてくる。

イザナミ

……えっち

そう言って、からかうように微笑(ほほえ)んだイザナミは、反則的に可愛(かわい)かった。

こうして、神生み(かみうみ)が始まった。

僕らが最初に産んだのは、大事忍男(オオコトオシオ)神。

『よくぞ大事を成し遂(と)げた!』って意味の神様だ。

この子が生まれてくれたおかげで、これまでの苦労が全て報(むく)われた気がして……

僕らの自己肯定感(じここうていかん)は爆上(ばくあ)がりした。

次に、石土毘古(イワツチビコ)神、石巣比売(イワスヒメ)神と、石や土の神様を立て続けに産んだ。

家の地盤(じばん)ってやつだ。

そして、大戸日別(オオトヒワケ)神という扉(とびら)の神様、天之吹男(アメノフキオ)神という屋根の神様、大屋毘古(オオヤビコ)神という家そのものの神様を産む。

イザナギ

よーし。この子たちの力があれば、家が作れるな!

イザナミ

うぅーん。でも、家だけじゃ心配だなぁ

イザナミ

家を守れる何かがあればいいんだけど……

イザナギ

生垣(いけがき)とか?

イザナミ

イザナギ、天才っ!!

そこで仕上げに僕らは、風木津別之忍男(カザモツワケノオシオ)神という木で風を分ける神様を産んだ。

これなら、強い風が吹いても、家を守ることができるだろう!

そして、この家を守る神々のことは総称(そうしょう)して、

と呼んだ。

イザナギ

これで家の心配はなくなったから……

イザナギ

イザナミ、次はどうしよっか?

イザナミ

家の次は食べ物に繋(つな)がる、自然系の神々がいいんじゃない?

イザナミ

まずは、たくさんの水の恵(めぐ)みが欲しいな!

イザナギ

よしきた!!

こうして僕らは、大綿津見(オオワタツミ)神という海の神様、そして速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神と速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神という、河口(かこう)を司(つかさど)る夫婦の神様を産んだ。

そして、子どもが増えれば孫も増える。

速秋津日子(ハヤアキツヒコ)神と速秋津比売(ハヤアキツヒメ)神は川と海の属性(ぞくせい)を活(い)かし、それぞれ手分けして、また神様を生み出した。

世界が豊かになっていくのが目に見えて分かるから、ものすごくやりがいを感じる。

イザナミ

次は、山や大地の恵(めぐ)みね!

イザナギ

任せろー!!

僕らはさらに、志那都比古(シナツヒコ)神という風の神、久久能智(ククノチ)神という木の神、大山津見(オオヤマツミ)神という山の神、鹿屋野比売(カヤノヒメ)神という野の神を産んだ。

そして、大山津見(オオヤマツミ)神と鹿屋野比売(カヤノヒメ)神も山と野の属性(ぞくせい)を活(い)かし、それぞれ手分けして、また神様を生み出す。

僕らの国は、次々と美しい自然で彩(いろど)られていった。

イザナギ

これで、人間が生きるには十分なくらい、自然も揃(そろ)ったかな??

イザナミ

うーん……

イザナミ

そしたら、そろそろインフラ整備いけるかな?

イザナギ

おぉ……

イザナギ

イザナミさん、こだわりますねぇ?

イザナミ

ふっふっふ!

イザナミ

愛ですよ、愛♡

そして僕らは、鳥之石楠船(トリノイワクスフネ)神(天鳥船(アメノトリフネ))という船の神様と、大宜都比売(オオゲツヒメ)神という食物の神様も産んだ。

おかげで食べ物が増え、人々は船で魚を獲(と)ったり、他の地域と交流したりするようにもなり、暮らしはますます豊かになっていった。

そんなある日。

僕らは淡路島(あわじしま)の小高い丘の上で、眼下(がんか)に広がる国を眺(なが)めていた。

茜色(あかねいろ)に染まった空に、つがいの鶴(つる)が気持ちよさそうに飛んでいる。

イザナミ

あ、 天浮橋(あめのうきはし)だ!

イザナミが指をさした。

本当だ。

鶴(つる)の飛んで行った向こうに、うっすら天浮橋(あめのうきはし)が見える。

昔はもっと近くに架(か)かっていた気がするけど、世界の成長と共(とも)に遠のいていっている気がした。

イザナギ

みんな、元気にしてるかな……

僕がボソッとつぶやくと、イザナミが首を傾(かし)げて、こちらを覗(のぞ)き込んだ。

イザナミ

ねぇ、イザナギ?  国造り(くにづくり)って、楽しいね!

イザナギ

えっ? どうしたの、急に

イザナミ

だって、最初は不安でしかたなかったから……

イザナミ

こんなに幸せな未来が待ってるなんて、想像してなかったんだもん

そう言うと、彼女は僕の肩に、こてん、と頭を乗せてきた。

ああ、あかん。

何柱(なんはしら)もの子どもを産んできた、この国の母神とは思えないほどの、圧倒的(あっとうてき)可愛(かわい)さである。

イザナギ

それは……

イザナギ

全部、君のおかげだよ

イザナミ

え?

きょとんとした顔がまた可愛(かわい)い。

彼女の柔(やわ)らかい髪(かみ)を撫(な)でると、ほのかに甘い香りがして、つい顔がニヤけてしまう。

イザナギ

だって、出産は簡単なことじゃないでしょう?

イザナギ

それなのに君は、島も、神様も、こんなにたくさん産んでくれた

イザナギ

人々の幸せを願って

イザナミ

それは……私がみんなの喜ぶ顔が見たいだけだよ

イザナギ

そうやって、君は当たり前みたいに言うけど、本当に感謝してるんだ

イザナギ

おかげで、人間もたくさん増え続けてる

イザナギ

僕らの大切な宝物がどんどん増えて、幸せにならないわけないでしょ?

イザナギ

だから、この幸せは全部イザナミのおかげなんだ!

イザナミ

へへっ……なんだか、そう言われると照(て)れますなぁ

イザナミ

本当は、動けなくて苦しんでる人たちも幸せにしたいんだけど……

イザナミ

私、何もできないから

イザナミ

……せめて、もっともっと、いろんな神様を産んであげたいの

その慈愛(じあい)に満ちた笑顔があまりにも綺麗(きれい)だったから。

僕は照(て)れ隠しするように、はぐらかした。

イザナギ

あー……

イザナギ

……じゃあ、そろそろベッド行く?

イザナミ

もぉー!!

イザナミ

人がせっかく真剣(しんけん)な話してるのにー

イザナギ

ごめんて

イザナミ

まったく、調子いいんだから

イザナギ

へへっ

イザナギ

だって、僕は君のことが大好きで、大好きで、大好きすぎるから……

イザナギ

必要以上に、くっつきたくなってしまうんです

僕はイザナミをぎゅーっと抱(だ)きしめた。

イザナミ

イザナギ……

イザナミの声は鈴の音のように澄んでいて、聴いているだけで胸が幸せで満たされていく。

イザナギ

僕も……愛してる

この時の僕らは、あまりにも幸せだったから……

だから、この幸せがこのままずっと、永遠に続くものだって信じて疑わなかったんだ。

そう、あの子が生まれるまでは――

相関図・神様一覧

神産み相関図
神生みをする神
家宅などに関わる七神
海と川の三神
速秋津日子・比売に続く八神
風・木・山・野の四神
・ 鹿屋野比売神
カヤノヒメノカミ
別名:野椎神(ノヅチノカミ)
大山津見・鹿屋野比売に続く八神
神生みの締めくくり
・ 鳥之石楠船神
トリノイワクスフネノカミ
別名:天鳥船(アメノトリフネ)
Author & Historical Supervisor:小野寺優
Illust:駒碧 × AI × Canva
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