日本神話『黄泉の国』

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イザナギ

黄泉の国

イザナギはイザナミを失った悲しみから、息子のヒノカグツチを殺してしまった。しかし、ヒノカグツチを殺しても、イザナギの悲しみが癒えることはなかった。

まだ心のどこかでイザナミが生きいてるような気がして、どうしても彼女の死を受け入れることができない。

イザナギ

イザナギ

いっそこのまま自分も死んで死者の国へ行こうか ・ ・ ・ ・

なんて暗い考えが頭によぎったその時。ふとあることを思いついた。

イザナギ

イザナギ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 死者の国?

そうだよ。バカだな ・ ・ ・ ・ 何で気づかなかったんだ。

イザナギ

イザナギ

黄泉の国に行けばいいじゃないか!!イザナミを迎えに行こうっ!!!

黄泉の国よみのくに』とは、地下にある死者の国だ。

イザナギ

イザナギ

共食が済んだら大変だ!急がないと!!

共食きょうしょく』は死者が黄泉の国の住人になるためにする儀式のこと。この儀式で黄泉の国の食物を食べると、現世には戻れない決まりになっていた。

イザナギはいてもたってもいられず、黄泉に行く準備を急いだ。黄泉の汚れから身を守るため、みづらを結い、お守りに髪飾りや腕輪などを身につけた。

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準備が整うと、すぐに出雲の奥深くにある黄泉の国よみのくにへと飛んだ。そして地下にある、根の堅洲国ねのかたすくにへと続く『黄泉比良坂よもつひらさか』の手前に降り立った。黄泉の国は根の堅洲国の中にある。

イザナギ

イザナギ

あれ ・ ・ ・ なんかうまく飛べない。

どうやら根の堅洲国では空が飛べないらしい。イザナギは仕方なく黄泉比良坂を駆け下りた。

するとその先に、岩山を掘って作ったような、立派な御殿が見えた。中心にある岩の扉が、きっと黄泉の国への入り口だ。

イザナギ

イザナギ

ハァ ・ ・ ・ ハァ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 着いた。ここだ ・ ・ ・ ・ ・ ・

まだ昼間だというのに薄暗く、寒気がする。

イザナギ

イザナギ

おい!誰かそこにいないか?? ・ ・ ・ ・ イザナミ!いないのか?

石の扉を叩きながら叫ぶと、声が反響し冷たく響いた。

返事はない。

イザナギはさらに声のボリュームを上げた。

イザナギ

イザナギ

イザナミ!!イザナギだ!!!迎えに来たんだ!!

イザナギ

イザナギ

・ ・ ・ ・ ・ ・ 誰もいないのかっ??

イザナミ

イザナミ

うそ。本当にイザナギなの ・ ・ ・ ・ ?

イザナギ

イザナギ

イザナミっっ!!

それは、大好きな大好きなイザナミの声だった。嬉しさで思わず涙が滲む。

イザナギ

イザナギ

なんだよ、すぐそこにいたんじゃないか。こんなに早く君の声が聞けると思わなかった ・ ・ ・ また君の声が聞けるなんて ・ ・ ・ ・ ・ ・

しかし、扉の向こうのイザナミには、喜んだ様子は無い。イザナギは不安になり、再び彼女に呼びかけた。

イザナギ

イザナギ

君を迎えに来たんだよ。だって、僕らの国造りはまだ終わってないじゃないか。一緒に帰ってまた国をつくろう!!

イザナミ

イザナミ

イザナギ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい。私、あなたと一緒に帰れないの

イザナギ

イザナギ

なんで ・ ・ ・ ・

イザナミ

イザナミ

だって ・ ・ ・ ・ 私もう、共食しちゃったから ・ ・ ・ ・

それは予想した最悪の事態だった。しかし、扉のすぐ向こうにいる彼女をそう簡単に諦められるわけがない。

イザナギ

イザナギ

な ・ ・ ・ ・ ・ 何言ってるんだよ!飯を食ったくらいで戻れなくなるものか!!

イザナミ

イザナミ

・ ・ ・ ・ イザナギ ・ ・ ・ せっかく迎えに来てくれたのに ・ ・ ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・私がまだ共食を終えていなければ ・ ・ ・ ・

イザナギ

イザナギ

まだ大丈夫だよ ・ ・ ・ ・ ・ ・

イザナミ

イザナミ

イザナギ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 無理だよ ・ ・ ・ ・ ・

イザナミは力なく答える。

イザナギ

イザナギ

そんな ・ ・ ・ ・ 嫌だよ。僕はただ、また君に会いたいだけなんだ ・ ・ ・ ・ ・ 君に触れたい。抱きしめたい ・ ・ ・ だって、こんなに近くにいるのに ・ ・ ・ ・ ・ 君も同じ気持ちじゃないの?

イザナミ

イザナミ

それは ・ ・ ・ ・ ・ ・ もちろん私だって嬉しいよ。だって、大好きなイザナギが迎えに来てくれたんだもん ・ ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ ・ ・ ・

長い沈黙が続き、イザナミがやっと口を開いた。

イザナミ

イザナミ

ハァ ・ ・ ・ ・ ・ ・ わかった。

黄泉の神々に、戻れないか相談してみる ・ ・ ・ ・ ・ ・

イザナギ

イザナギ

よかったっ!きっと大丈夫だよ。僕も一緒に行くっ!!

イザナミ

イザナミ

ダメっ!!!

イザナミは強く拒絶した。予想外の反応にイザナギはひるむ。

イザナギ

イザナギ

え ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ ・ ・ ・

イザナミ

イザナミ

っっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナギに ・ ・ ・見て欲しくないの ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 私のこと ・ ・ ・

イザナギ

イザナギ

??

イザナミ

イザナミ

だって、その、まだ、ちゃんと準備してないし ・ ・ ・ ・だから待っている間、絶対にこの扉を開けないでね。絶対に。

イザナギ

イザナギ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ?

イザナミ

イザナミ

約束よ。

イザナギ

イザナギ

え ・ ・ ・ ・ ・ あぁ ・ ・ わかったよ。

こうしてイザナミは、黄泉の神々の交渉へと向かい、イザナギは扉の前で待つことになった。

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イザナギはずっとずっと、待って待って待ち続けた。しかし、いつまでたってもイザナミは帰って来なかった。

扉に向かって何度か声を上げたが誰の返事もない。外は今頃、真夜中だ。

イザナギ

イザナギ

やっぱ、さっきのイザナミの様子はおかしかったよな。黄泉の神々とモメているのか??

イザナギ

イザナギ

大丈夫かな・ ・ ・ なんか、イザナミだけじゃ言いくるめられちゃいそうだし ・ ・ ・ ・ ・ ・

イザナギ

イザナギ

あぁ、超、想像できる。

イザナギ

イザナギ

んあぁー!!やっぱり、心配だ ・ ・ ・ 僕も説得しに行こう!!!

イザナギ

イザナギ

黄泉を敵に回しても無理矢理連れて帰ってやる。

そう決心したイザナギが岩の扉をこじ開けると、冷たい空気と共に何かが腐ったような臭いが流れてきた。中は鍾乳洞のようになっていて、灯りも無い。

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イザナギは髪に挿していた竹のクシを一本取り、火を灯して先に進んだ。

しかし、進めど進めど何も無かった。辺りには死臭が漂い、鼻がもげそうなほどだ。イザナギはさらに奥に進んだが、それでも何も無い。

イザナギ

イザナギ

一度戻って、もう少しイザナミを待とうか。

と考え始めたその時、彼の足に何かが引っ かかった。

イザナギ

イザナギ

痛てっ!

イザナギ

イザナギ

・ ・ ・ ・ なんだこれ?

イザナギが『ソレ』に明かりを近づけると、『ソレ』は大好きな人の声を発した。

イザナミ

イザナミ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナギ?

イザナギ

イザナギ

うっ ・ ・ うあああアアアアァァァ!!

そこには目が落ち窪み、あちらこちらが腐りウジの湧いたイザナミの姿があった。

ブツブツと気持ち悪い音でウジが呻き、彼女の腐ったところからは、まがまがしい雷神が8体も湧き出ている。

イザナギ

イザナギ

うそだ ・ ・ ・ ・ 嘘だろ? ・ ・ ・ ・ ・ ・ イザナミなのか??

イザナミ

イザナミ

・ ・ ・ ・ ・ 何で入って来たの? ・ ・ ・ こんな姿、イザナギに見られたくなかったのに ・ ・ ・ あの時のままの私を見ていて欲しかったのに ・ ・ ・ ・ ・ ・

彼女が手を延ばしてきた。イザナギは思わず振り払う。

イザナギ

イザナギ

うわっ、触るなっ!!

イザナミ

イザナミ

そんな ・ ・ ・ ・ 酷い。だから ・ ・ ・ だから入らないでって言ったのに ・ ・ ・ ・ ・

イザナミ

イザナミ

私にこんな恥ずかしい思いをさせるなんてひどい ・ ・ ・ 酷すぎるよ ・ ・ ・ ヒドイ ・ ・ ヒドイひどいひどい ・ ・ ・ ・ ・

イザナミは何かが壊れてしまったかのように同じ言葉を繰り返している。

恐怖からイザナギが一歩後ずさると、彼女の声がピタリと止んだ。

イザナギ

イザナギ

イザナミ ?

イザナミ

イザナミ

・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・コロシテヤル。

辛うじて残っていた彼女の片目と目が合った。

イザナギは自分でも情けないと思うほど大きな悲鳴を上げると踵を返し、一目散で出口へと走った。

 

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