天皇記『白鳥の伝説』
白鳥の伝説
気がつくとヤマトタケルは玉倉部(滋賀県)の林の中にいた。そこから湧き出ていた水を飲むと、徐々に意識がはっきりしてくる。
ヤマトタケル
あれ ・ ・ ・ ここまでどうやって来たんだっけ?んー。
透き通って底まで見えている湧き水の泉をぼーっと眺める。辺りを見渡すと鮮やかな緑に囲まれていた。しかし、初めて見る景色だ。
ヤマトタケル
覚えてない ・ ・ ・ ・ ・ ・ まぁ、いいや。うちに帰ろ。
ようやく歩けるまで回復し、大和に向かったヤマトタケルだったが、白猪の祟りはこれだけではなかった。これまで健康体で、風邪すらひいた事のなかったヤマトタケルが体調不良を感じていた。頭はぐわんぐわん響くし、手足もぼわーっとして感覚が鈍い。
ヤマトタケル
うわー虚弱体質とか、無縁だと思ってたのに ・ ・ ・ 呪い怖えぇー。
う~なんかフラフラするし。今まで神と戦ってきて呪いかけられたことなんて無かったのに ・ ・ ・ ・ ・ ・
そして、ぼわーっとしている頭の中にふとある考えがよぎる。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ん?
ヤマトタケル
もしかして、草薙の剣って『全ステータス異常回避』的なオプション付いてたのかな ・ ・ ・
ヤマトタケル
そういえば、あれ、ラスボス倒して出て来た武器だもんな ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あり得る ・ ・ ・ 。
ヤマトタケルは、今更ながら
ヤマトタケル
やっちまったーー
と思った。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ 今までボク、鳥みたいにどこまでも空を飛んでいけるような気でいたのにな。足が曲っちゃって全然前に進まないや。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 早く ・ ・ ・ 大和に帰りたい ・ ・ ・ ・ ・ ・
彼の体はだんだんいう事を聞かなくなり、今にも倒れそうだったか、その辺に落ちていた木を杖代わりにして、前へ前へと進んだ。 その杖が地面にめり込むほど、強く突きながら進んだので、そこは杖衝坂(三重県四日市)と呼ばれるようになる。
ヤマトタケル
あー、これ、結構本格的にヤバイやつだなぁ。あちこち痛いし、もーフラフラなんですけど。
ヤマトタケルは少しづつ、一歩、一歩、確実に足を進めていく。伊勢を抜け、尾津の崎まで来ると、平定の行きに通った一本松を見つけた。ここは旅の中でも最初に通った道だ。 嬉しくなって近づくと、さらに嬉しい事が重なった。
ヤマトタケル
これ ・ ・ ・ ここでお弁当食べた時に置き忘れて行った太刀じゃん!!
ヤマトタケル
武器、GETだぜ★
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ はは。そりゃ、手ぶらで平定なんて無理あるよねぇ。ふふっ、やっちゃったなぁ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
でも、よかったぁー。 尾津の一本松さん!あーぁ!
君が人間だったら、お礼にめっちゃいい服着せて太刀でも差してあげるのに。あーぁ!
くふふっ!
ヤマトタケルはなんだかナチュラルハイになってきた。
ヤマトタケル
ふふっ、やばい疲れすぎなんですけど。足が三重に折れて餅みたいに膨らんじゃってやんの ・ ・ ・ まじでうけるっ!!
彼のこの一言で、三重県は三重県になった。
さらに進むと、能褒野(三重県鈴鹿市)まで着いた。行きよりかなり時間がかかったが、ここまで来れば大和まであともう少しだ。ヤマトタケルは次々に歌を詠っていく。
ヤマトタケル
大和は 国のまほろば たたなづく 青垣 山隠れる 大和しうるはし
ヤマトタケル
大和はね、すっごく素敵な国なんだ。青い生垣が何重にも巡ってるみたいに山々が重なり合っててさ、その山々に包まれてるみたいに綺麗な都があってね ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ほんと、なつかしいや。
あともう少しで大和の我が家に帰れる。 それなのに何故かヤマトタケルの目からは涙がポロポロ流れてきた。それでも笑いながら歌い続ける。
ヤマトタケル
ふふっ、平気な顔して大和に帰れるリア充はチャラチャラ着飾りながら人生を謳歌すりゃあいいんだ。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ 生きられるだけでリア充じゃんか。
彼の歌ラッシュは止まらない。
ヤマトタケル
あの綺麗な雲 ・ ・ ・ ウチの方からだ。 ・ ・ ・懐かしいな ・ ・ ・ 愛しい我が家 ・ ・ ・ ・ ・ ・
あともう少しなのに。もう目と鼻の先なのに。今にも見えそうなのに。なかなか一歩が踏み出せない。
ヤマトタケルは足を前に出そうとしたが、そのまま前に倒れこんでしまった。起き上がろうとしても、全く体が動かない。悔しくて悔しくてポロポロと涙が溢れ出てくる。
ヤマトタケル
あとちょっとなのに ・ ・ ・ ・ ・ 起きなくちゃ前に進めないじゃないか ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
戦闘力5のお供と料理番が顔をクシャクシャにして泣きながら自分の顔を覗いてくる。
ヤマトタケル
あ ・ ・ ・ ・ ・ ・ そういや、父上にもらったやつら、ずっと一緒に居たのか ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・いらなさ過ぎて完全にフェードアウトしてた。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ なんでお前らが泣くんだよ ・ ・ ・ ・ ・ ・ これでやっと父上のところに戻れるくせに ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 父上 ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 喜んでくれたかな ・ ・ ・
ヤマトタケル
っっ ・ ・ ・ はぁっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ なんで彼女んとこに置いてきちゃったかなぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あの剣。
そしてここで、彼の歌は終わってしまう。ヤマトタケルが再び大和の地を踏むことはなかった。
彼が亡くなるとお供はすぐに早馬を大和に走らせ、訃報を朝廷に伝えた。
すると、ヤマトタケルの家族がすぐに能褒野まで駆けつけた。彼の子供たちはもう喋れるくらい大きくなっていた。そして、悲しみに暮れながら御陵を作って葬儀をする。その場にいた誰もが悲しんで這いつくばるように泣き崩れた。
その姿を見た誰かが歌を詠い出す。
???
タケルさま・・・みんながあなたを死を惜しんで地面に伏せながら泣いていますよ?
水浸しの田んぼに刈った稲の茎が伏せているみたいに・・・
その周りに芋づるが伏せているみたいに・・・
すると、ヤマトタケルの体からスーッと御魂が抜け出して、大きな白鳥の姿に変わったではないか。
その白鳥が飛び立ってしまったので、家族は慌ててその後を追った。細い竹や尖った茎に足がかかって、切り傷が増えても気付かないくらいに夢中で追いかける。
???
あぁ、もう!
原っぱの草が腰に絡まってしまってうまく進めないわ。私たちは鳥じゃないから空も飛べないし、足でヨタヨタ追いかけるしかないのに・・・
と、誰かが詠う。しかし、白鳥は待ってくれずに海も超える。
???
海に腰まで浸かって、なかなか進めないじゃない。大きな川に浮いている浮草になった気分。海を漂っているだけでなかなか前に進めない。
と、また誰かが詠う。そして白鳥は磯を超えていく。
???
ねぇ、白鳥って砂浜にいるものでしょう?それなのにあなたは私たちの歩きづらい磯伝いに行ってしまうのね?
と、最後にまた誰かが詠った。このヤマトタケルの葬儀の時に詠まれた四つの歌は、天皇の葬儀の時にも詠われるようになる。
白鳥は河内国の志磯に(大阪府柏原市)降り立ったが、その地にも長く留まることは無く、大和に降り立つことも無く、やがて天に向かって空高く飛んで行ってしまった。
その後、その白鳥が何処に飛んで行ってしまったのかは誰も知らない。