天皇記『秋山と春山』
秋山之下氷壮夫と春山之霞壮夫
番外編がもうひとつ。天皇記とはちょっとズレて、久しぶりに神様のお話しだ。
先ほどヒボコが持ってきてくれた神宝から生まれたイヅシの神に、綺麗な娘ができた。イヅシ乙女という超単純な名前の女神様だ。
彼女はとても美しく、神々はみんなお嫁さんにしたいと思っていたが、ガードが固く、誰も結婚することができなかった。
そのイヅシ乙女の家の近所に住んでいた、秋山の神『
そんなある日、兄の秋山は春山に声をかけた。
秋山之下氷壮夫
なぁなぁ、春山~、お前もイヅシのこと好きなんだろ??どっちが先に落とせるか勝負しようぜ!!
春山之霞壮夫
えぇ?なにそれ。秋山兄さん、悪趣味。下品だよ。
秋山之下氷壮夫
はぁー!お前、ノリ悪りぃー!!
秋山之下氷壮夫
じゃあ、いいよ。俺が先に落としてみせるから。
そして、兄の秋山はその日のうちにイヅシ乙女に声をかける。
春山之霞壮夫
・ ・ ・ で?
春山之霞壮夫
秋山兄さん、イヅシに声掛けたんでしょう?どうだったの?
秋山之下氷壮夫
あぁ ・ ・ ・ その話か。
秋山之下氷壮夫
超塩対応だったよ。ほぼ無反応。誰も落とせないって言ってたのも納得した。
ダメだね、ありゃ。全然相手にされない。
春山之霞壮夫
そっかー。
秋山之下氷壮夫
お前なら、落とせると思うか??
春山之霞壮夫
ふふっ、簡単だと思うけどな。
秋山之下氷壮夫
はぁ?
春山之霞壮夫
だって、秋山兄さん全然乙女心わかってないじゃん。
秋山之下氷壮夫
ふん!ほざけよ。
秋山之下氷壮夫
そしたら、万が一でもお前がイヅシを嫁にできたら、俺は上の服も下の服も脱いで素っ裸になって、お前に渡してやるよっ!
春山之霞壮夫
えぇーそんな約束しちゃっていいのぉ??
秋山之下氷壮夫
いいーに決まってんだろ!イヅシは絶対に落とせないもん。
春山之霞壮夫
いや、だから、簡単だって。
秋山之下氷壮夫
へーへー、そーかよ。
秋山之下氷壮夫
そしたら、ついでに、俺の身長くらいデッカイ甕に酒をなみなみついで、さらに山の幸も海の幸もことごとく手に入れて、お前に貢いでやるっ!!
春山之霞壮夫
えぇー?ほんとぉ??
秋山之下氷壮夫
あぁ!絶対だ。約束してやるよ!!
春山之霞壮夫
ふふっ!約束だからねっ??
こうして、春山もイヅシ乙女に声をかけることになったのだが、彼はイキナリ彼女の元には行かなかった。
春山之霞壮夫
ねぇねぇ、母さん!
母親
あら、春山?どうしたの??
春山之霞壮夫
ふふっ、実はちょっとアドバイスが欲しくて。
そして兄との会話をこと細かく伝える。
母親
そう ・ ・ ・ でも、イヅシちゃんはガードが固くて有名だからねぇ ・ ・ ・
春山之霞壮夫
えぇ~、ねぇねぇ、母さぁ〜ん、母さんなら乙女心もわかるでしょう??
春山之霞壮夫
なにかイイ方法ないかなぁ??
母親
うーん。そうねぇ。でもまぁ ・ ・ ・ ・
母親
要は、寝室に入り込んじゃえば、いいのよね?
春山之霞壮夫
へ?
母親がクスリと微笑みを向ける。
母親
春山、脱ぎなさい?
春山之霞壮夫
へっ!!??
そして、春山は母親に身ぐるみを剥がされる。
春山之霞壮夫
えぇっ!?母さん、何する気っ!?
母親
いいから。そこの布団にでもくるまって、待っていなさい。
春山之霞壮夫
はぁ ・ ・ ・
すると母親は夜なべをして、一晩のうちに、春山の上着、袴、靴下と靴にまで藤のツルを縫い込んでいった。
母親
あと、あなたの弓矢も貸して?
春山之霞壮夫
うぅん ・ ・ ・
そして、弓矢も藤のツルをクルクルと巻かれてしまう。
母親
これでいいわっ!!
春山之霞壮夫
何が?
母親
はい、後はあなた次第よ!頑張ってねっ!
春山之霞壮夫
何をどうやって!?
母親に家を追い出されてしまった春山は、仕方なくトボトボとイヅシ乙女の家の方へ向かった。
春山之霞壮夫
はぁ。母さんから、乙女心を伝授してもらおうと思ったのに、こんなツルまみれにされちゃって、何をどうしたらいいんだか ・ ・ ・
やがて、イヅシ乙女の家のトイレの前に出る。現代とは違って、トイレは家の外に設置されている。
春山之霞壮夫
ん??なんか、トイレの小屋からいい感じの木材がはみ出てる。ココに弓矢を、掛けて行こうかな。
春山がトイレの脇に弓矢を掛けると、突然、藤のツルからグリーンの葉が生え出し、パァァっと紫の藤の花が満開に咲いた。
春山之霞壮夫
うわあっっ!!
さらに自分の服に編み込まれたツルからもパァァっと藤の花が咲き乱れてしまう。
春山之霞壮夫
ギャーー!!!
全身花まみれになってしまった春山は、思わず叫び声を上げる。
しかも、最悪のタイミングで、イヅシ乙女がこちらに歩いてくるのが見えた。
春山之霞壮夫
・ ・ ・ んあああ!!こんなメルヘンなイタイ格好、絶対に見られたくないっ!!!
春山は、藤の花まみれになりながら、その場で縮こまり隠れる。
彼女はこちらに気付いた様子もなく、どんどん近づいてくる。やがて、トイレまで来ると春山がトイレにかけた藤の花を見上げた。
イヅシ乙女
わぁ、綺麗な藤の花 ・ ・ ・ 弓矢に巻きついてかわいい。
その花に見とれる彼女は、とても美しい。
イヅシ乙女
でも、なんでこんなところに?不思議ね。
彼女は首を傾げてその弓矢取ると、家に持ち帰ることにした。春山はコッソリとその後を付ける。
春山之霞壮夫
後付けてること、バレてないみたい。この藤の花のおかげなのかな??
そして、そのまま彼女の部屋まで入ってしまった。
イヅシ乙女
どこに飾ろうかしら ・ ・ ・
彼女が部屋を見渡し、くるりと春山の方を向く。
春山之霞壮夫
ヤバイ!見つかるっっ!!!
春山が慌てて扉にへばりつくと、彼女と目が合った。
イヅシ乙女
!?
2人は硬直する。
春山之霞壮夫
最悪な状況で見つかったぁぁーー!!!
春山は藤の花まみれのもふもふ状態で、イヅシ乙女に愛想笑いを向けた。
春山之霞壮夫
あの ・ ・ ・ こんにちは。藤の花の妖精です。
そのシュールでコミカルな姿に、イヅシ乙女は思わず吹き出す。
イヅシ乙女
あははっ!!
そんな格好で何されてるんですかっ!!!
春山之霞壮夫
笑われちゃった。けど、ドン引きはされてない!!
春山之霞壮夫
ふふっ、ごめんなさい。ボク、春山って言います。
君のことが気になって、付けてきちゃったんだ。
イヅシ乙女
ははっ、それにしても、よりによってなんでその恰好 ・ ・ ・
春山之霞壮夫
あー、えぇーっと、これはー、ボク、春の神様だから、春アピールしてみたんだけど ・ ・ ・
春山之霞壮夫
でもまぁ、ウケたみたいでよかった。
いつも外で見かけるときにはツーンとしているイヅシ乙女が、こんな風に笑うとは意外だ。彼女と春山の会話ははずみ、その日のうちにお泊まりまで許してもらえた。
やっぱり、乙女心ってよくわからない。
この日から2人は付き合い始め、やがてイヅシ乙女は子供を1人産んだ。そして、春山は秋山の前に顔を出す。
春山之霞壮夫
ふふふぅ〜!秋山兄さぁん?噂で聞いてるとは思うけど、ボク、イヅシをお嫁さんにすることができましたよっ!!
秋山之下氷壮夫
・ ・ ・ ・ ・ ・ クッ!!
春山之霞壮夫
ほぉ~らぁ〜、あの約束!守ってくださいよぉ〜!!
秋山之下氷壮夫
知るかっ!!
しかし、秋山は弟を妬ましく思って、約束を守らなかった。
そこで、春山はまた母親の元を訪れる。
春山之霞壮夫
ねぇー母さん、聞いてよぉー!!秋山兄さんったらね!!
と、秋山の悪口を言う。
母親
まぁ!私たちは神様よ??
人間みたいに約束を守らないなんてダメよ!!
春山之霞壮夫
そうでしょう??ボクもそう思いますっ!!
母親
だって、今は神世ですもの!
母親
いつの日か人の世が訪れることになっても、今の私たちが、人々のお手本にならなくちゃダメなのっ!!
春山之霞壮夫
そうだそうだー!!
母親
あの子にちゃんと約束を守らせましょう!!
春山之霞壮夫
さんせーい!!
こうして母親は、秋山に呪いをかけた。秋山はその呪いのせいで8年もの間、苦しい病にかかり、ヒドイ目にあってしまう。
秋山之下氷壮夫
母上 ・ ・ ・ ごめんなさい ・ ・ ・ ・ もう許して ・ ・ ・
母親
秋山?春山と約束をしたのでしょう?
さぁ、脱ぎなさい??
秋山之下氷壮夫
ぎゃあぁぁぁー!!
こうして、約束を無理やり守らされた秋山だったが、呪いを解いてもらうと、その後は元のように平穏な日々を取り戻すことができたそうだ。
秋山之下氷壮夫
口は災いの元 ・ ・ ・
春山之霞壮夫
みんなも、できない約束は最初からしないように気を付けてねっ★
秋山之下氷壮夫
お前が言うなっっ!!