天皇記『日向のカミナガヒメ』
日向のカミナガヒメ
オオサザキは父親の応神と仲が良かった。
と言っても、応神にはたくさんの子供がいたので、最初から仲が良かった訳では無いのだが、ある時、父親に大きな恩義を感じる大事件があり、それがキッカケで応神との距離が急接近。
オオサザキは応神を心から尊敬するようになり、頭が上がらなくなっていた。
その事件は、何年か前の話しになる。
この時期の朝廷は、日向(九州)にカミナガヒメと言う、とても美しい姫がいるという噂で持ちきりだった。噂なんて3日もすれば、だいたいみんな飽きるものなのに、カミナガヒメの噂はいつまで経っても鳴り止まない。あまりにも美しいという噂が、毎日毎日稲妻の如く響いていた。

応神天皇
カミナガヒメねぇ ・ ・ ・ 名前からして艶髪美人っぽいけど。どんな子なんだろ。
そんだけ毎日噂を聞いていれば、さすがの応神も気になる。応神は日向に遣いを送って、彼女を呼び寄せることにした。

家臣たち
陛下GJ!!一生ついてく☆
それから数週間が経ち、難波にカミナガヒメが着いたとの噂がまた広まると、朝廷はたちまちウキウキモードになる。
オオサザキもその噂を聞きつけ、応神の部屋を覗いた。

オオサザキ
親父?カミナガヒメが港に着いたそうです。今日は難波に泊まるとか。もう、聞かはりました?

応神天皇
あぁ、そうなんだ。
相変わらずみんな騒いでるけど、どんだけ美人なんだろね。気になる。

オオサザキ
ですね。
・ ・ ・ せや。なんならオレ、迎えに行ってきましょか?

応神天皇
あ、そう?じゃあ、お願しちゃおうかな。

オオサザキ
はいな。

オオサザキ
・ ・ ・ ぃよっしゃ!!
応神の許しを貰うと、オオサザキは後ろで小さくガッツポーズを取る。そして、楽しげにスキップをしながら難波へと向かった。
難波に着くと、早速(と言っても、途中からテンションが上がって猛ダッシュしちゃったので、汗かいた体を全部拭いたり、髪を結びなおして整えたり、歯磨きしたり、いろいろしてから)彼女の部屋の前に正座をする。

オオサザキ
この扉の向こうに噂の美人がっ!!

オオサザキ
失礼します。カミナガヒメさんのお部屋ってコチラで大丈夫でした?

カミナガヒメ
はい、そうですが ・ ・ ・

オオサザキ
なんやこの透き通るような声 ・ ・ ・ ステキ♡

オオサザキ
オオサザキと申します。応神天皇に変わってお迎えに上がりました。

カミナガヒメ
まぁ、わざわざ、ありがとうございます。どうぞ、お入りください。

オオサザキ
失礼します。
オオサザキは冷静なフリをしながら扉を開ける。そして、高まる気持ちを抑えながら、そっと顔を上げた。

オオサザキ
・ ・ ・ ・ ・ ・ っっ!!!

オオサザキ
なんや、この美人っ!!!噂以上やないかっっっ!!!!

カミナガヒメ
・ ・ ・ ??
オオサザキはカミナガヒメを一目見ると、その美しさに一瞬にして心を奪われてしまう。

オオサザキ
うわ、まじか。こないなべっぴんさん、この世に産まれて来る?奇跡や。めっちゃ綺麗やんか。

オオサザキ
これ親父にはもったえないんちゃう??アイツ意外と老けとるで?

オオサザキ
親父より、オレのヨメさんになってくれへんかな。
オオサザキの心の声が漏れる。

カミナガヒメ
えっ!?

オオサザキ
あっ、あれ ・ ・ ・ おっかしいな。

オオサザキ
心の中で言うたつもりやったんけど。
オオサザキが彼女の反応を試すように微笑むと、カミナガヒメも恥ずかしそうに笑顔を返してくれた。

オオサザキ
うわぁ、これ絶対、両想いやんかぁぁ ・ ・ ・ 今晩、一緒にお泊まりしてもえぇかなぁ?
しかし、オオサザキの脳裏には『ある事件』がよぎる。彼の曾おじいちゃんにあたる、ヤマトタケルの兄の件だ。
確か彼は、父親に美人を迎えに行くよう頼まれ、自分の妻にしてしまい、

オオサザキ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 便所の前では死にたない。
そこで頭をフル回転させたオオサザキは、朝廷に帰ると応神とカミナガヒメを会わせる前に、
ていうか、武内の寿命が長過ぎだ。成務天皇の時代からずーっと仕えているので、もうとっくに200才は越えている。

オオサザキ
武内いぃぃっっ!!!一生のお願いやぁぁ!!!

オオサザキ
オレ、こない人を好きになったんは産まれて初めてなんやぁぁっっっ!!!!
オオサザキがオーバーリアクションで武内の袴にすがり付く。

武内宿禰
オオサザキ様 ・ ・ ・ ・

武内宿禰
武内は元カノの時も、元元カノの時も、その前も、前も前も前も数え切れぬほど同じ台詞を伺っております。

オオサザキ
いやっ ・ ・ ・ あれはちゃうねんっ!

オオサザキ
越えたんやっ!!オレのラブメーターの新記録が大幅に更新されたんや!!!

武内宿禰
しかし、オオサザキ様のラブメーターはすぐに更新されますから ・ ・ ・

オオサザキ
それは ・ ・ ・ ・

オオサザキ
でも、ほら!!オレ、親父の嫁には手ぇ出したこと無いやろ??これでも人として最低限のルールは守っとるつもりや。

オオサザキ
オレはフリーしか落とさないっっ!!!!

武内宿禰
・ ・ ・ それは大変結構でございます。

オオサザキ
でもな、彼女がこのまま親父の嫁に行ってもーたら、オレ、一線越えてまう気がするんや。

オオサザキ
そう。つまり、めっちゃピンチなんや!!
わかるやろ???オレの命が掛こうてるていうても過言やない!!

オオサザキ
だからなっ??なっっ??
頼むよ武内ぃ~~!!!!

武内宿禰
うぅん。しかし、坊ちゃまが何と申されるか ・ ・ ・
オオサザキの猛烈なアタックに武内は困った様に首を傾げる。しかし、彼は一転、笑顔になった。

オオサザキ
ハハッ!いけるて!!

オオサザキ
親父は『坊ちゃまぁ~』呼ばれとる限りは、武内に頭が上がらへんもん。

オオサザキ
なっ??お願いお願いっっ!!!
オオサザキは『パンッ!』と手を合わせると、憎めない笑顔でニカッ笑った。
こうして彼の説得に折れた武内は、それとなく応神に話しをもちかける。すると拍子抜けするほどあっさり

応神天皇
あぁ、いいよ。俺、見てみたかっただけだし。
と、OKが出た。

武内宿禰
坊ちゃまっ ・ ・ ・ こんなに慈悲深くご立派な天皇になられて ・ ・ ・!!武内は嬉しゅうございます!!
それから数日後、カミナガヒメのウェルカムパーティーが執り行われることになった。
ちょっとしたお披露目会のつもりが、彼女の到着を待ちに待っていた大和男子の参加希望者が後を絶たず、朝廷の社員ほぼほぼ全員が参加するという大宴会になってしまう。

応神天皇
うーん。こんなにみんな集まると思わなかったな ・ ・ ・

応神天皇
新嘗祭以上に盛り上がってるんじゃない?普段は誘っても来ないヤツまできてるよ。
予想以上の人の集まりに応神も呆れて笑う。
カミナガヒメが宴会の席に入ってくると、会場の全員の視線が彼女の元に集まった。
『おぉ〜〜』
大和男子のピュアな心の声が、会場全体に漏れる。応神は彼女を呼び寄せると、自分とオオサザキの間に座らせた。会場からは、恋する乙女のような溜息が、羨ましいと言わんばかりに続々と聞こえて来る。

応神天皇
はは。みんな、俺がカミナガヒメのことお嫁さんにすると思ってるでしょう?

応神天皇
まったく。俺だって、こんなに美人だって最初から知ってれば、譲りませんでしたよ。
カミナガヒメが応神に酒を注ぐ。いつものおちょこでは無く、柏の葉を折って器代わりに使い、なんとも風流だ。
応神は乾杯のために立ち上がると、オオサザキも立たせ、その酒の入った柏の葉を渡した。
『なんだなんだ??』と会場がザワつく。そして、応神は大きな声で歌を詠い出した。

応神天皇
さぁ!若い奴らと

応神天皇
俺が行く道には香りのいい橘の花が咲いているけれど、上の方は鳥が枯らし、下の方は誰かが折ってしまったようだ。

応神天皇
でもその間には、ほんのりと赤く染まったつぼみが残ってるだろ?

応神天皇
そいつをお前の嫁にするといい。
その歌の意味を理解するため、一瞬、会場がシンと静まる。
『え?陛下、こんな美人を息子に譲るってこと??』
『超、太っ腹っ!!!!』
その場にいた面々は、これはめでたい!!と次々に乾杯をし、酒が進んだ。

オオサザキ
親父ぃぃ!!めっちゃ好きぃっっ!!!!
オオサザキは父親に思いっきりハグをする。

応神天皇
はいはい。まったく、お前にはやられたよ。感謝してよね?

オオサザキ
んな、めっちゃ感謝しとるやぁ〜ん♡

オオサザキ
オレ、親父には一生逆らわへん。永遠に親父の下僕になるぅ♡
オオサザキが笑顔で応神をツンツン突っつく。

応神天皇
バカ、やめろっ!!
お前みたいに態度のデカイ下僕なんか要らないからっ!!
それから2人はしばらくサシで飲んでいたが、途中から悪ノリが始まり ・ ・ ・ と、まぁ、かくかくしかじかで、みんなベロンベロンになった。
そしてベロンベロンになった応神は、

応神天皇
んあああぁ~~!!
と叫ぶとまた歌を詠い出す。

応神天皇
俺は溜池の水を止めるために、杭がすでに打たれたことも知らなくてっっ!!
水草に手が伸びていたことも気付かなくてっっ!!

応神天皇
あぁっっ!!あの時の俺っ!!バカッッ!!!!

応神天皇
はぁーー ・ ・ ・ まじで惜しいことしちまったなぁ ・ ・ ・ ・
やっぱりカミナガヒメは、譲るには惜しい美人だったらしい。応神はそのままパタリと倒れて寝てしまった。
一方、一足早くカミナガヒメ共に席を外していたオオサザキは彼女に歌を詠んでいた。

オオサザキ
あんたは道の果ての先にある、遠い遠い国から来よったやろ?
大和ではな、あんたの噂が毎日毎日、雷みたいに騒がしく聞こえとったんや。

オオサザキ
そんなあんたと、こうして一緒に同じ枕で寝ることができるやなんて ・ ・ ・ 思いもせんかった。
オオサザキが腕の中のカミナガヒメを見つめると、彼女も嬉しそうにこちらを見上げる。

オオサザキ
はぁ ・ ・ ・ こんなん幸せすぎるやろ。

オオサザキ
オレなんか嫌われへんかて不安やったけど、こうして嫌がりもせずに、一緒に寝てくれるなんてな ・ ・ ・ ・

オオサザキ
ほんまに、あんた、めっちゃ可愛らしぃわぁ〜♡♡♡
オオサザキはぎゅっーとカミナガヒメを抱きしめた。
後日、その歌が朝廷中に広まってしまい、応神がまた後悔するハメになったのは内緒だ。

応神天皇
サザキ、いいなぁぁぁ ・ ・ ・
こうしてカミナガヒメを譲ってもらったオオサザキは、その恩を忘れず、以来、応神の望みはできる限り全て叶えるようになった。
よく「食べ物の恨みは忘れない」というが、オオサザキにとって「美女の恩」はそれ以上に忘れられないものだったらしい。