日本神話『三貴神の誕生』
三貴神の誕生
黄泉の国から脱出したイザナギが地上に戻ると、外はまだ夜明け前だった。
夜風がとても心地よい。
イザナギ
はぁ。今思えば何であんな穢れた国に行っちゃったんだろ。
イザナギ
うぅー。なんか、全身モヤモヤするし、服に臭いついちゃって体中クサイし ・ ・ ・ 禊して身を清めた方がいいか。
イザナギ
そーいや、筑紫の日向に禊に良さそうな川があったな。せっかくだし、そこに行ってみよう!
イザナギが出雲から日向に飛ぶと、月明かりにキラキラと照らし出された美しい河原が見えてきた。
イザナギ
あそこだ。
イザナギは髪を解き、服を脱ぎ捨てながら、河原に近づいた。
すると、不思議なことに服を脱ぎ落とすたび、新たな神々が生まれてきた。
イザナギ
わ。いつの間にか12人も生まれてる ・ ・ ・
イザナギは、ワラワラ生まれてきた子供たちをかき分けながら河原を覗き込んだ。
イザナギ
この川、上流は流れが速くて怖いけど、下流はゆっくりすぎて穢れが流れなさそう。
そこで川の中ほどに潜って水を浴び、身体を清めた。すると、またそのたびに新たな神々が生まれた。
黄泉の国の穢れを払ったため、『マガツ神』っていう邪悪な神様も生まれてしまったが、その次には『悪いことを無かったことにしてくれる神様』も生まれてきたので、
イザナギ
ま、いっか。
と思い、禊を続けた。
川の底と、中と、上で、それぞれ穢れを払うと、福岡県の住吉神社に祀られているメジャーな神様を含め、合計11人もの神様が生まれてきた。
そんな生まれたての神々がふわふわと宙を舞う中、空が朝焼け色に染まる。
やがて朝日が差し込み、辺りは神秘的な空気に包まれた。
そんな中、イザナギが最後に左目を清めると、
右目を清めると、
鼻を清めると、
イザナギ
わぁ ・ ・ ・ すごい ・ ・ ・ 僕らは子供たちを生んで生んで生みまくってきたけど、最後にこんなに尊い神が生まれるなんて ・ ・ ・
アマテラス
・ ・ ・ ・ ・ ・
嬉しそうな父親の姿に、少し高飛車な印象の女神、アマテラスは得意げに微笑んで見せた。
ふいに、イザナミの笑顔と重なる。
1人で三貴神を生んだイザナギだったが、子供たちにどこか彼女の面影を感じた。
イザナギは、首からかけていた玉飾りのネックレスをはずし、『シャラン』と心地よい音を鳴らして、アマテラスにプレゼントした。
イザナギ
アマテラス、君は高天原を治めなさい。
アマテラス
はいっ!
アマテラスは嬉しそうに答える。
イザナギ
ツクヨミは夜の国を。
ツクヨミ
はい。
イザナギ
そして、スサノオは海原を治めなさい。
スサノオ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ はい。
使命感に燃えている様子のアマテラスと違って、男性陣はリアクションが薄い。
しかし、みんな素直に天と月と海に向かって行ったので、とりあえずイザナギも家に戻ることにした。
こうしてイザナギがオノゴロ島に戻ると、信じがたい光景が目の前に広がっていた。
海が荒れて荒れて荒れまくっていたのだ。
海を任せたのはスサノオだ。
イザナギ
つーか、任せた後の海の方が荒れてるって、どーいうこと???
イザナギ
・ ・ ・ ・ ・ ・ いや、つってもまだ生まれたばっかだもんな。そんなすぐには治めらんないよね??
しかし、何年経っても、何年経っても、海の大荒れは収まらない。それどころか、この大荒れに引き寄せられるかのように、悪霊が大量に増えてしまった。
イザナギ
あぁーーもぅっっっ!!!アイツ、なにやってんだよっっっっ!!!
今年でいくつになるわけ???もうヒゲもモシャモシャになってる頃じゃない??
イザナギ
・ ・ ・ ・ ・ ・ うぅーん ・ ・ ・しょうがないな ・ ・ ・様子でも見に行くか ・ ・ ・ ・ ・ ・
こうしてイザナギがスサノオを探しに出かけると、大海原に向かって泣き叫んでいる息子の姿を、すぐに見つけることができた。
あまりにも大きな声で泣き続けるものだから、周りの木々は枯れ果て、泉も干上がり、悪霊が充満している。
イザナギ
原因これだぁぁぁーーーーー ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イザナギはスサノオのあまりの荒れように呆然と立ち尽くした。
スサノオ
うおおおおおん!!うおおおおおおん!!!!!
もはや泣いているんだか叫んでいるんだかよくわからない。
イザナギ
コイツ何年間この状態で泣き続けてんだよ ・ ・ ・
と、呆れながらも放っておくわけにもいかず。イザナギはスサノオの様子を見ながら、優しく話しかけた。
イザナギ
なぁ、スサノオ ・ ・ ・ どうかしたのか??何で泣いてるんだ???誰かにイジメられたのか????
スサノオ
ひっく ・ ・ ・ ・ ・ ・ ひくっ ・ ・ ・
イザナギ
・ ・ ・ スサノオ?
スサノオ
ちがう ・ ・ ・ ひっく ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 根の堅洲国に行きたい ・ ・ ・ ・ ・ 母ちゃんに ・ ・ ・ 会いたいんだ ・ ・ ・
それは、予想外の答えだった。
イザナギの脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
イザナギ
・ ・ ・ ・ ・ ・ 駄目だ。それはできない。
スサノオ
なんでっ??
イザナギ
スサノオ、イザナミは死者になってしまったんだ。会いに行けばお前だって ・ ・ ・
スサノオ
嫌だっ!!母ちゃんに会いたいっ!!
スサノオは声を荒げた。聞き分けのない息子の態度に、イザナギも徐々にイライラが込み上げてくる。
イザナギ
つっても、こんな図体ばっかデカくて、中身がガキんちょの子を根の国に行かすわけにもいかないし ・ ・ ・
イザナギ
スサノオ、それはお前が死者の恐ろしさを知らないから言えるんだ。いいから、いうことを聞きなさい。
スサノオ
母ちゃんが恐い人なわけないだろっっ!!!父ちゃんの意気地なしっ!!!!俺は絶対に根の国に行くんだっっ!!!
イザナギ
駄目だ、スサノオ!!いい加減にしろっ!!!
と、イザナギもつい声を荒げてしまう。
スサノオ
うぅ ・ ・ ・ う ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うああああああああああああっっ!!!!!
スサノオが泣き叫ぶと、周りの木々は更に腐り、海は大荒れとなった。
イザナギ
やめろ!スサノオ!!みんなに迷惑がかかってるのが、わからないのかっ!!
しかし。スサノオは泣き止まない。
スサノオ
うああああああああっっっ!!
イザナギ
あぁ!もういいっ!!とにかく、根の国に行くことだけは許さないっ!!!聞かないなら、日本から出て行け!!!
追放だっっっ!!!
スサノオ
んぐああああああぁぁぁぁぁ!!!!!!!!
スサノオは泣き叫びながらどこかへ行ってしまった。
泣き声が聞こえなくなると辺りはしんと静まり返った。
イザナギ
ハァ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イザナギは深い深い溜め息をついた。
イザナギ
自分の子供にロクな説教もできないなんてな。もしイザナミがいてくれたら ・ ・ ・
ふいにギュっと胸が締め付けられる。
イザナギ
いや、よそう。きっとイザナミを失った時点で、僕らの時代は終わっていたんだ。後は子供たちに任せよう。
この事件を機にイザナギは淡海へ渡り、隠居生活を送ることにした。
こうしてイザナギとイザナミの物語は幕を閉じ、主人公は2人の子供たちへと移っていく。