天皇記『草薙の剣』
草薙の剣
ヤマトタケルが大和に着いてからというもの、熊襲と出雲での活躍を知った豪族が次々と「是非うちの娘を嫁にっ!!」と言って近付いてきた。彼は旅の間に嫁をもらえる年になっていたのだ。
景行に褒めてもらえなかった上に、続けざまにミッションインポッシブルな命令を下されたヤマトタケルは、ずっしりとのしかかる倦怠感をなんとなく彼女達で紛らわせた。
しかし、ほとんど休む間もなくまた平定の旅に出かける事になる。
とぼとぼと朝廷を後にしたヤマトタケルは、景行から授かった矛とたった一人のお供と、なぜかついてきた料理番を従え、特に用もないのに伊勢に向かった。彼は道中一言も発せず、まるで葬式の帰り道のようなテンションだ。
伊勢に着くとアマテラスを参拝し、その足で斎王の倭姫の元に向かう。この前借りた女物の着物は、血まみれになってしまいもう捨ててしまった。
ヤマトタケル
そういえば、着物のことちゃんと謝らなくちゃ ・ ・ ・ 。
ヤマトタケルが、斎王の住む斎宮の屋敷の扉を叩く。すると、倭姫は甥っ子が来る事を知っていたのか、すぐに笑顔で出迎えてくれた。
ヤマトヒメ
オグナ~!待ってたよ~!!あっ、今はタケルだったか。平定の話し聞いたよ??すごいわねぇ~!
ヤマトヒメ
あんた、大活躍じゃない!!なんか、ちょっと見ないうちにすっかり大人になっちゃった気がするわ~!!
ヤマトタケル
・ ・ ・ 伯母さん ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ぁりがと ・ ・ ざいます ・ ・ ・
ヤマトヒメ
ん?
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ひっく ・ ・ ・
ヤマトヒメ
えっ!?なに?泣いてんの??
ヤマトタケルは、その倭姫の声を聞くと玄関にしゃがみ込み、泣き出してしまった。 彼は景行のこういう反応を見たかったのだ。
困った倭姫は家の中に招き入れて、あったかいお茶を出してくれた。
ヤマトヒメ
タケル ・ ・ ・ 大丈夫?ちょっとは落ち着いた?
ヤマトタケル
ひっく ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ おばさん ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ もしかすると、父上はボクなんか死んじゃえばいいって思ってるんじゃないかな ・ ・ ・ ・ ・ ・ ぐじゅっ ・ ・ ・
ヤマトヒメ
何言ってんの ・ ・ ・ そんな訳ないじゃない。アイツは昔っから愛情表現とかできない奴なんだって。
ヤマトヒメ
おばちゃんだって、小さい頃アイツに何度泣かされたかわかんないよ?しかも暴力じゃなくて、陰湿なイジメでだからね。想像できるでしょ?
ヤマトタケル
・ ・ っく ・ ・ ・ でも ・ ・ ・ ・ ・ 西は熊襲だけじゃなくて、山、川、海、出雲まで平定して帰ったのに、喜ぶどころか、顔引きつってたし ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトヒメ
いやいや、アイツはダメなんだよ。Sの星の元に産まれてきた男だから。褒めたりとかそーいうのできないんだって。
ヤマトタケル
でも ・ ・ ・ ・ ・ ・ 大和に帰ったらほとんど休む間もなく東の12ヶ国を平定しろですよ?
ヤマトヒメ
うーん。それは期待されてるんじゃなくて?
ヤマトタケル
期待??まさか。
12もの国を相手に軍も兵も無しで、与えられたのは、ただ長くて邪魔な木の枝みたいな矛と戦闘力5のゴミみたいなお供だけですよ?
ヤマトタケル
ついでになぜか天皇の料理番がついて来たけど、逆になんでついて来たのかわかんないし。抜刀斎ならまだしも平定の旅にグルメ要素必要ないでしょう?
ヤマトヒメ
うぅん。そうねぇ ・ ・ ・
ヤマトタケル
これじゃもう、死んでこいって言われてるようにしか ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ っっやっぱりボクが死ぬことが父上にとっての幸せなんだ ・ ・ ・
ヤマトタケルは体育座りで膝に顔をうずめた。ヤマトヒメは困って彼の肩をポンポンと叩く。
ヤマトヒメ
はぁ ・ ・ ・ ・ 思春期の男子ってのは、何ですぐにそういう思考になるのかね? おばちゃんは、タケルが死んじゃったら悲しいけどな。
ヤマトタケル
伯母さん ・ ・ ・ ・ ・ ・
少しの沈黙の後、倭姫は何かを思いついたかのようにパチンと手を叩く。
ヤマトヒメ
あっ!そうだ。おばちゃんが可愛い甥っ子のために良いものをプレゼントしてあげよう!!
彼女はなぜかドヤ顔だ。
ヤマトタケル
え ・ ・ ・ ・ ・ ・ プレゼント?
ヤマトヒメ
・ ・ ・ えっと、確かここの引き出しに ・ ・ ・ ・
ヤマトヒメ
・ ・ ・ ・ ・ ・ あ、はい。これ。
彼女は小さな袋を手渡した。中には何か硬いものが2つ入っている。
ヤマトタケル
何ですか?この石っころ。
ヤマトヒメ
あんた、自分で火も付けた事無いの??どからどう見ても火打石でしょ??
ヤマトタケル
あぁ、火打石か。ボクいつも、縄文スタイルで火ぃ起こしてました。確かに便利。
ヤマトヒメ
そうだったの??それはそれで、すごいわね。 ・ ・ ・ まぁ、急に困った時には、これがあるってこと、思い出してね。
ヤマトタケル
あ、はい。ありがとうございマス ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトヒメ
・ ・ ・ 何よ?これだけじゃ不満?
ヤマトタケル
えっ?あっ、いや、別にそういうわけじゃ無いんですけど、なんか、さっき伯母さん、すごいドヤ顔してたから。
ヤマトヒメ
ふっふっふ!!気づいちゃいました??実は、もう一個のやつがスゴイんだよねっ。ちょっと待ってて!
倭姫は奥の部屋から綺麗な包みに入った木箱を取り出し、丁寧に開いた。
中もまた綺麗な布に包まれており、さらに開くと立派な剣が入っている。なぜか鳥肌が立つ。
ヤマトタケル
うわぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ かっこいい ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトヒメ
いいわよ。抜いてみても。
剣を手に取ると、ずっしりと心地よい重みがあり、抜くと不思議と手に良く馴染んだ。思わず刃先の美しさに見惚れてしまう。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 綺麗 ・ ・ ・
ヤマトヒメ
綺麗よねぇ ・ ・ ・ とても太古の剣とは思えないわ。これが"
ヤマトタケル
えっ!?うそっ??草薙の剣っっ!?三種の神器じゃないですか!!なんでココにあるんですかっ!!
ヤマトヒメ
アマテラスの引越しの時に八咫鏡と一緒に持ってきたのよ。この剣も強い力を持ってるからね。大和のオオモノヌシと相性が悪いの。
ヤマトタケル
そうだったんだ。ずっと宮中にあるものかと思ってた ・ ・ ・ ・ ・ でも、こんな貴重なものもらえませんよ。
ヤマトヒメ
いいのよ、持っていって?アマテラスもそれを望んでるわ。タケル1人で12ヶ国を平定して、あの顔面硬直の景行をギャフンと言わせてやんなさいよ!!
ヤマトヒメ
ね?だから、持って行きなさい。
倭姫は草薙の剣をヤマトタケルに押し付けると、にっこり笑った。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ っありがとうございますっ!!
ヤマトヒメ
絶対に肌から放さないでよね?そうしたらこの剣があんたを守ってくれるわ。
ヤマトタケル
はいっ!
こうして倭姫に励まされたヤマトタケルは、また人懐っこい笑顔を取り戻した。