古事記 -日本神話-

トヨタマヒメの素顔

海幸彦に勝利すると、山幸彦は家路についた。

そして玄関を開くと、小さな男の子がパァッと笑顔を向け駆け寄ってきた。

アエズ

ちちうえーっ！おかえりなさぁい！！

と、思いっきり飛びついてくる。超かわいい。

山幸彦

ただいま、アエズ。

ホオリが息子のアエズを抱きかかえると、彼を追いかけるように、綺麗な女性が出てきた。

タマヨリヒメ

･ ･ ･ おかえりなさいませ。ホオリ様。

トヨタマヒメの妹、タマヨリヒメだ。さすが姉妹。彼女も目鼻立ちが揃って美しい。トヨタマヒメと比べると童顔の可愛い系だ。彼女はこの家で乳母をしていた。傍から見たら幸せな家族そのものだが、この家には妻のトヨタマヒメがいなかった。

それは、この日から2年ちょっと前の話だ。山幸彦こと、ホオリが海岸沿いを歩いていると、突然後ろから呼び止められた。

トヨタマヒメ

ホオリ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ！！！

ホオリはその声の主が誰かすぐに分かった。この辺で自分のことを本名で呼ぶ人間なんてどこにもいない。

ホオリ

トヨタマ！！！あぁ！！！会いたかった！！！すっごく会いたかったよ！

ホオリは嬉しさのあまり、トヨタマヒメに駆け寄りガバッと抱きついた。しかし、いつもの抱き心地じゃない。

ホオリ

っ ･ ･ ･ そのお腹 ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･

トヨタマヒメ

ふふっ、あなたの子よ。

ホオリ

僕の子供！！？？すごい。この中に僕の子供が入ってるのか？？

なんだか不思議な感覚だ。ホオリが好奇心からお腹に耳をつけると内側から思いっきり蹴られた。

ホオリ

いてっ！！え ･ ･ ･ どうしよう ･ ･ ･ 。こいつ、産まれる前から反抗期なんだけどっ！！

トヨタマヒメ

ふふっ！そんな訳ないでしょ？最近はしょっちゅうよ？

ホオリ

へぇ～ ･ ･ ･ すごいなぁ。お腹の中なのにもう生きてるんだ ･ ･ ･

トヨタマヒメ

本当ね ･ ･ ･ 実は、ずいぶん前から妊娠してたんだけど ･ ･ ･ もう少しで出産だから。天つ神の御子を海で産むべきじゃないと思って上がってきたの。

ホオリ

そうだったのか ･ ･ ･ 。

めちゃめちゃ嬉しいよ！早速、産屋を建てさせよう！！

トヨタマヒメ

うんっ！

ホオリはトヨタマヒメのことを思い、海辺に産屋を建てさせた。産屋とは、サクヤヒメの時にも出てきた、あの簡易的な出産小屋のことだ。

しかしトヨタマヒメは、思ったよりも早く産気づいてしまい、完成が間に合わなかった。

トヨタマヒメ

はぁ ･ ･ ･ どうしよう ･ ･ ･ 産まれそう ･ ･ ･ ･ ･ ･

ホオリ

わ ･ ･ ･ ･ わかった。まだ完成していないけど、産屋に連れていくよ ･ ･ ･

ホオリは彼女に寄り添って、すぐに産屋に向かった。しかし、産屋はまだ屋根が付いただけで壁は中途半端にしかない。影にはなっているものの、角度を変えれば中が丸見えだ。それを見て、トヨタマヒメは祈るように彼に話しかけた。

トヨタマヒメ

あのね、ホオリ ･ ･ ･ 私は海の神だから、赤ちゃんを産む時は本来の姿に戻ってしまうの ･ ･ ･ ･ ･ ･ でも、そんな姿 ･ ･ ･ 恥ずかしくて見せたくないから、絶対に見ないでね。

ホオリ

本来の姿 ･ ･ ･ ？

トヨタマヒメ

ね？お願い ･ ･ ･ あなたにずっと好きでいて欲しいの ･ ･ ･

ホオリ

･ ･ ･ わ ･ ･ ･ わかったよ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･

トヨタマヒメ

･ ･ ･ ･ ･ ･ 絶対だからね？

ホオリ

うん、絶対だ。

しかし、そんなこと言われて、見たくならない人はいない。それに、どんな姿だってホオリは彼女を愛せる自信があった。

トヨタマヒメを産屋に送ると、彼は家に帰るフリをして、岩陰に隠れて産屋を覗いた。トヨタマヒメは苦しそうにしているものの、別段変わった様子はない。

しかし、よく見ると着物の裾から人魚のような尻尾がはみ出ていた。

ホオリ

え？本来の姿ってこーゆうことっ？？なんだよ、めっちゃ、可愛いんですけどっ！！帰ってきたら、からかってやらなくちゃ。

その姿を見てほっとしたホオリだったが、トヨタマヒメの苦しみ方が激しくなるに連れ、だんだん様子がおかしくなった。いつも綺麗な白い肌が灰色に変わり、目が離れ、ギザギザの歯が見えたかと思うと、みるみるうちにサメの姿に変わってしまったのだ。

ホオリ

･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ まじで？

妻の本来の姿を見てしまったホオリが呆然と立ち尽くしていると突然、大きな泣き声がした。

おぎゃあ！おぎゃあ！！

ホオリ

わっ！！びっくりした ･ ･ ･

ホオリは生まれた赤子の声に驚き、つい声を上げてしまった。するとそのサメはビクッとし、こちらを向いた。ホオリは慌てて岩陰に隠れると、家に向かって走った。

ホオリ

ヤバイヤバイヤバイヤバイどうしようどうしよう。

ホオリ

いや、平常心平常心。大丈夫。普通に『おかえり』って言えばいいだけだ。別に正体を見たからって嫌いになった訳じゃないし！！

大丈夫！！！全然大丈夫っっ！！！！

しかしトヨタマヒメは、ホオリに正体を見られたことに気づいてしまった。

トヨタマヒメ

ホオリ･ ･ ･ ･ ･ ･ 見ないでって言ったのに ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ あぁ、サメの姿なんて、恥ずかしくて絶対見られたくなかったのに･ ･ ･ ･ ･ ･ ･

トヨタマヒメは、真っ赤になった顔を両手で覆った。

トヨタマヒメ

陸に長く住めなくても、海の国と行き来してこの子のこと見に来ようと思ってたけど･ ･ ･ ･ ･ ･ ･

あぁ、やっぱり無理っっ！！恥ずかしすぎてホオリの顔見れないっっ！！！！

そう言うと、トヨタマヒメは赤子を置いたまま海に飛び込んだ。そして、海の国と地上の国との境にある海坂を塞き止め、ホオリが追って来れないようにしてしまった。

ホオリは、タマヨリヒメの出産に立ち会った助産師から赤子を受け取ると、途方にくれた。

ホオリ

え？海に帰ったって ･ ･ ･ ･ ･ うそだろ？この子を母親なしで育てるってこと？？

おぎゃあ ･ ･ ･ ･ ･ ･ おぎゃあ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･

赤子の鳴き声が響く。

ホオリ

･ ･ ･ ･ ･ ･ トヨタマ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ ･ あぁ ･ ･ ･ くそっ ･ ･ ･ ･ ･ ･

それから数日後、自分の子供を心配したトヨタマヒメは、乳母として妹のタマヨリヒメを送ってきた。しかし、彼女自身が陸に上がってくることは二度となかった。

トヨタマヒメは赤子に『ウガヤフキアエズ』という名前を付け、タマヨリヒメを通してホオリに伝えた。『産屋の屋根の完成前に産まれちゃった勇ましい子』という意味だ。

彼女のネーミングセンスはともかく、こうしてアエズはホオリとタマヨリヒメによって育てられることになった。

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