天皇記『伊吹山の神』
伊吹山の神
甲斐を抜け、どうしようもなく切ない気持ちになってきたヤマトタケルは足を速め、途中で信濃の坂の神を従わせると、美濃、木曽川と、どんどん先に進んだ。
そして尾張に辿り着くと、久しぶりに笑みが溢れてくる。そこには平定の最後に取っておいた自分へのご褒美が ・ ・ ・
ヤマトタケル
ミヤズヒメっっ ・ ・ ・ !!
ミヤズヒメ
っ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うそ? ・ ・ ・ タケルさま??
尾張に着いてすぐにミヤズヒメの元を訪れると、走って行って彼女をぎゅーっと抱きしめる。何年かぶりに会ったミヤズヒメはやっぱり可愛かった。
もうどっか他に嫁に行ってしまったんじゃないかとヒヤヒヤしていたが、どうやら彼女は自分の帰りを信じて待っていてくれたようだ。
ミヤズヒメはヤマトタケルの訪問を大喜びし、その夜は彼女の親戚総出で大宴会を開いてくれた。
西も東も平定したヤマトタケルは、この頃には寄るところ寄るところでもう天皇のように扱われていた。彼は酒の席を楽しみ、ミヤズヒメも嬉しそうにどんどん酒を注いでいく。 しかし、彼女が立った瞬間、着物の裾に血がついていることに気付く。
ヤマトタケル
うわ、まじかー ・ ・ ・ 生理中かよ。ついてねぇー。
そりゃーどんなに可愛い顔してたって、彼も男だ。ヤりたいもんはヤりたい。急にテンションが下がってしまったヤマトタケルは、親戚中の前で、文句でも言うかのように歌を詠い出す。
ヤマトタケル
・ ・ ・ いつだったか、天香具山の上を渡って行く美しい白鳥を見たことがあるんだ。
ヤマトタケル
今夜はあの白鳥の首みたいにか細くて綺麗な君の腕を枕にして寝ようと思ってたのにさ。せっかく一緒に寝ようと思ったのにさ。
ヤマトタケル
君の着物の裾に月が出てるじゃないか。
ヤマトタケルがイジケたように彼女を見ると、裾の血に気付いたミヤズヒメはクスクス笑いながら、子どもを𠮟るお母さんみたいに腕を組んで歌を返す。
ミヤズヒメ
空に光る日の御子さん、私の天皇陛下さま、新しい年が訪れてまた過ぎて行けば新しい月も訪れては過ぎるものなんです。
ミヤズヒメ
私、あれからずっとずっとず〜〜っと待ってたんだから!
月が出ても仕方が無いでしょう??
そんな若い2人のやり取りを、親戚中がほっこりしながら見守った。さすが古代。超オープンだ。
ヤマトタケル
別に僕、天皇じゃないし。
ヤマトタケルがまたいじけたようにポソリと言葉を加えると、ミヤズヒメは嬉しそうにこちらを見上げて来る。
ミヤズヒメ
でも、次の天皇はタケル様だって、み〜んなが言っているんですよ?
ヤマトタケル
・・・・・・そう。
どこか物悲しそうに視線をそらされ、ミヤズヒメは心配そうにヤマトタケルの顔を覗き込んだ。それに気付き、慌てて言葉を繋げる。
ヤマトタケル
そんなことより、今日は一緒に寝れないね。生理中の女の子は神聖な神様なんだもん。
ミヤズヒメ
ごめんなさい・・・。
ミヤズヒメ
でも、タケルさまは日の御子なんだから、神様みたいなものでしょう?
ヤマトタケル
へ?
そう言って顔を赤らめて微笑むミヤズヒメが可愛い過ぎる。
と、言うワケで、なんだかんだその夜は、彼女と一緒に寝てしまった。
次の日。ヤマトタケルは、伊吹山(岐阜県)の神が荒れているという話を聞き、再び平定の旅に出ることにした。
もちろん、ミヤズヒメは悲しんだ。せっかく12ヶ国の平定を終えて来てくれたのに、またすぐに旅立つなんて、彼女が待った時間に対してあまりにも短すぎる。 しかし、彼を止めることなど出来るわけもない。ミヤズヒメはただただ涙を流した。
そんな彼女をヤマトタケルは困ったように覗き込む。
ヤマトタケル
ミヤズヒメ ・ ・ ・ そんなに泣かないで ・ ・ ・ ・ ・ ・ コレ ・ ・ ・ あげるから ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケルは軽く微笑むと、ミヤズヒメにそっと剣を渡した。しかし、それを見た瞬間。彼女の顔がゾッとこわばる。
ミヤズヒメ
っっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ えっ ・ ・ ・ ・ ・ ・ これって ・ ・ ・
ミヤズヒメ
草薙の剣じゃないですか!!
何言ってるんですか、もらえません!!これから平定に行くっていうのに、どうやって戦うつもりですか!!
ヤマトタケル
え ・ ・ ・ ・ ・ ・ 素手??
ミヤズヒメ
そんなっ!!ふざけないでください!!!
さっきまでの涙が完全に引いてしまったミヤズヒメに叱られ、ヤマトタケルは、また困ったように首をかしげる。
ヤマトタケル
・ ・ ・ えっと、そーじゃなくて ・ ・ ・ ・ ・ ・ ほら、ボク、今までずっとこの剣に助けてもらってきたでしょ??
ヤマトタケル
だから、ほんとの自分の力でどこまでできるか試したくって ・ ・ ・
ミヤズヒメ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
それに、ボクなんかより、草薙の剣が君を守ってくれたほうが安心だから ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ヤマトタケル
だから、肌に離さず持っていて?そしたらこの剣が必ず君を守ってくれるから。
そう言って彼女に剣を押し付ける。
ミヤズヒメ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ちゃんと、取りに戻って来ますよね ・ ・ ・
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・
その問いにヤマトタケルは優しく笑って彼女をぎゅーっと強く抱きしめると、そのまま後ろも振り返らずに伊吹山へ向かってしまった。
ミヤズヒメは草薙の剣を持ったまま、呆然と立ち尽くした。
本当のところ、ヤマトタケル自身、これからどうしたらいいのかわからないでいた。大和に帰ったところで、どう考えても景行が喜ぶとは思えない。
ヤマトタケル
・ ・ ・ はぁ。ボクが帰ったら父上どんな顔するんだろ。いっそ目の前で自害してやったら喜ぶかな。
ヤマトタケル
にしても手ぶらになったものの全然死ぬ気がしない。
なんで、ボクこんなに強いんだろ。生まれつき??普通じゃないよね ・ ・ ・ バケモノ??
ヤマトタケル
なんつって。あぁーー痛いな。思考がどんどん厨二に走る ・ ・ ・ ・ ・ ・
そんなこんな考えながらトボトボ歩いていると、いつの間にか伊吹山の前まで着いてしまった。
山の入口にある大岩の上からは、牛みたいに大きな白猪がじっとこちらを見据えている。きっとあれがこの山の神だろう。
あんなイノシシレベルじゃ素手でも全然負ける気がしない。ヤマトタケルは投げ遣りにその神に声をかけた。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ あれれー。ココの神様、わざわざ君みたいな下っ端の遣いを送ってくれたんですか???
ヤマトタケル
ふふっ、これから殺されるっていうのに、ずいぶんと律儀な神様なんですね。ありがとうございます。
じゃー、あなたのことは帰りがけに殺してあげますね。
ヤマトタケルはにっこり笑って白猪の横を素通りし、山道を進んだ。
ヤマトタケル
なんて。キレさせたら、あの神、何してくるかな。
そんなヤマトタケルの態度に、白猪は望み通り『ブチン』とキレた。
白猪
フン。あちらこちらで平定を成功させている人間がいるとかいうから見に来てやったものを。
ただの天狗になったガキじゃないか。
白猪は天に向かって
と、奇声のように吠えると、ヤマトタケルの後ろ姿を冷たく見据えた。
白猪
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 英雄とやらの活躍もここまでだ。
と稲妻が走り大きな雷が落ちる。そして、その音を合図にザーっと音を立てて降り出したのは、雨ではなく大粒の雹だ。
ヤマトタケル
ちょっ!!えっ!?何これ??痛っ!!超痛いんですけどっっ!!!
雹はヤマトタケルの体にベチベチと激しく降り掛かる。周りが見えず、右も左も分からないまま、彼は道無き道を進む。
ヤマトタケル
やばいやばい。道見えない ・ ・ ・ どうしよ、イタイ ・ ・ めっちゃ痛い ・ ・ ・
ヤマトタケル
てか感覚無くなってきた ・ ・ ・ これ、マジでやばくない?一回、山降りてそれで ・ ・ ・ ・ ・ ・ って、
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ここどこ?
ヤマトタケルは完全に道を見失ってしまった。しかし、雹は降り続けて止まない。激しく身体に打ち付ける雹に感覚が麻痺してくる。
ヤマトタケル
とにかく、山を下ろう。
なんだか、あちこち痛過ぎてわけがわからない。だんだん意識が遠のいていく。
ヤマトタケル
やばいな。どうしよ。これ死ぬ??こんな最初のダンジョンみたいな山で??うそでしょ。嫌だ。絶対やだ。
ヤマトタケル
絶対、死にたくない。
朦朧とした意識の中でヤマトタケルは歩き続ける。
ヤマトタケル
もう平定なんてどうでもいいんだけど。つーか、ぶっちゃけ最初から平定なんて興味なかったし。父上に言われたからやってただけだし。
ヤマトタケル
父上のリアクションだってどうだっていい。まじ、そもそも、なんでボクあの人のためにこんな頑張ってたんだろ。ばかでしょ。息子に死んでこいっていうような人でしょ??最低じゃん。あの人。 あーーもうやだ。ばかばかしい。
ヤマトタケル
大和に帰る。家に帰る。
だいたいボクの家族、あの人だけじゃないし。ちゃんとお嫁さんいっぱいいるし。
ヤマトタケル
そいえば、大和滞在の超短期間で結婚した子たち、何人か妊娠してたけど、もうとっくに産まれてるよね??
ヤマトタケル
つーかもう歩いてんじゃない??
ヤマトタケル
喋ってるかも。
ヤマトタケル
え、
ヤマトタケル
パパって呼ばれたらどうしよう!!!
ヤマトタケル
なんか、恥ずかしい!!心の準備できてない!!!
ヤマトタケル
ていうか、そもそもボクなら絶対自分の息子にこんな思いさせない。
ヤマトタケル
ちょー大事にする。
ヤマトタケル
ちょー親バカになる。
ヤマトタケル
ココに宣言する。
ヤマトタケル
ヤマトタケルは大和に帰って育メンになる!!
死を目の前にしたヤマトタケルの胸の中は、なんかよくわからない家族ラブの気持ちでいっぱいになっていく。
しかし、そんな中でも身体を打ち付ける雹は止まない。
とにかく、前へ前へと歩き続けた。
ヤマトタケル
前に ・ ・ ・ ・ ・ 前に ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 光?
やがて一筋の光が見え、フラフラになりながら彼はそこに向かう。
そしてその光を抜けると、ついに山から脱出する事ができた。
ようやく嵐のような雹から解放されたヤマトタケルは、その場でバタリと倒れ込む。山の外は、先ほどまでの雹が嘘のような快晴だ。
ヤマトタケル
空、超キレイなんですけど ・ ・ ・ まじでうける。
ヤマトタケル
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ うちに帰ろ。
ヤマトタケルはポソリとつぶやくと、そのまま意識を失ってしまった。