天皇記『ナガスネビコとの決戦』
ナガスネビコとの決戦
土雲を平定したイワレビコと久米兵は生駒山に登った。待ちに待ったナガスネビコとの戦いを目前に控え、気合の入った久米兵たちは次々に歌を詠い出す。
『アワの畑にくっさいニラが1本紛れ込んでやがる!!その芽も根もまるごと引っこ抜くように、勇ましい久米の子たちが!!
アイツは絶対撃ってやる!!』
『垣の下に植えてあったあの山椒!!口にビリビリ響いた痛い想いを俺らが忘れるわけがない!!
アイツは絶対撃ってやる!!』
『神風が吹く伊勢の海!!石の上で這ってるちっこい貝みたいに這いずり回ってでも!!
アイツは絶対撃ってやる!!』
こうして山を超えるとナガスネビコが軍と共に待ち構えていた。
ナガスネビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
・ ・ ・ あいつだ。
前回も待ち伏せしていただけあって、さすが情報が早い。久米兵は武器を抜き、一歩一歩、近づいていく。
相手の方が明らかに数が多いが、もう淀川の支流で戦ったあの時とは違う。ここまでの戦いで、確実にレベルを上げてきたのだ。負ける気がしなかった。距離が近くなるに連れ、久米兵がウズウズしているのが伝わってくる。
声の届く距離まで近づくと、イワレビコは少し高台になった場所で、久米兵を止めた。ナガスネビコが、馬に跨がり前へ出てくる。
ナガスネビコ
イワレビコ殿 ・ ・ ・ また貴殿か!なぜ凝りもせずこの地を攻めるのだ!!
イワレビコ
葦原の中つ国を平定するためだ。天下を安らかに治める為には、国の中心に都を構える必要があるっ!!
ナガスネビコ
ハッ!偽天つ神がよくいうわ!!
「 ・ ・ ・ えっ??偽天つ神??」
久米兵がざわつく。
イワレビコ
・ ・ ・ 何?どーゆうことだ。
ナガスネビコ
貴殿が1番分かっているだろう!この嘘吐きが!!
イワレビコ
いや、わからん。説明してもらおうか。
ナガスネビコ
その必要は無いっっ!!!
皆っっっ!!!あいつは偽の天つ神だっ!!!捕まえて八つ裂きにしてやれっ!!!
ナガスネビコの軍が勢い良く走ってくる。しかしこちらでは、さっきまで開戦を待ち望んでいた久米兵に動揺が走っていた。
「偽物ってどういうことだ?」
だが敵は待ってくれない。
イワレビコ
・ ・ ・ くっそ!!こっちの士気を下げるのが目的か???ふざけんな!!!!
イワレビコは久米兵に向かって叫んだ。
イワレビコ
・ ・ ・ オイ!!お前らっ!!
オレがニセモンかどうかはお前らが1番良くわかってんだろ!!
イワレビコ
敵の言葉に惑わされるなっ!!イツセの弔い合戦だ!!!
久米の強さを見せつけてやれ!!!
我に返ったように久米兵の士気が蘇る。
兵は全力疾走でナガスネビコの軍に突っ込んだ。
こちらの方が数が少ないにも関わらず、形勢は五分五分だ。両軍が激しくぶつかり合う中、イワレビコは高台から弓を構えナガスネビコを狙う。
そして焦点を定めたところで、脳内に ・ ・ ・ この場に似合わないユルい声が響いてきた。
・ ・ ・ プツッ
タカミムスビ
・ ・ ステス ・ ・ ・ テステス。あー。お疲れ様です。高木です。ここ、イワレビコさんの脳みそで大丈夫ですよね??
タカミムスビ
時間無いんで簡潔に言いますけど、そのままの体制で5分くらいキープしてもらえますか??
タカミムスビ
高天原からもう一羽、その弓の先にめがけてサポートの鳥を降ろすんで。お手数ですが、よろしくお願いします。では。
・ ・ ・ ガサッ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
タカミムスビ
ったく、あのてんてる娘なんとかならn ・ ・ ・
プツッ ・ ・ ・ ツーッツーッ ・ ・ ・
イワレビコ
えっ!?何今のっ!?
今の声、本当に高木神??もっと優しいイメージだったのに!!!
イワレビコ
つーかこれ、弓矢引いたまま待ててこと?この体勢けっこーキツイんですけど。
5分って意外とあるぜ?大丈夫かな?その間にオレ刺されねーかな??
しかし、天つ神の指示とあれば仕方が無い。プルプルしながらもイワレビコはその体制をキープした。
「 ・ ・ ・ あの人は何をやってるんだ?」
という視線を、ナガスネビコ軍だけでなく、久米兵からも感じる。
時より前線を抜け、イワレビコに向かってくる敵をミチノオミが斬った。いつも無表情の彼が、迷惑そうな顔でこっちを見てくる。
ミチノオミ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
っっやばい。腕より心がくじけそう。でも頑張る。
・ ・ ・ ていうか、もう5分以上経ってない??
イワレビコが周りの視線と腕のプルプルに耐えること約30分。
やっと高天原から『金のトビ』が舞い降り、ゆっくりとイワレビコの弓の先に止まった。
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ で、コイツ、何ができるんだ?
イワレビコの不信感に満ちた視線を尻目に、トビは
と大きく羽根を広げた。
すると辺りはたちまち閃光に包まれ、ナガスネビコの軍は目がくらんで視力を失ってしまう。
イワレビコ
よかった!待った甲斐があった!!
イワレビコと久米兵がほっと胸を撫で下ろすと、トビはドヤ顔でまたバサッと飛び立った。
イワレビコ
今だっっ!!殺れっっっ!!!!
久米兵はこの期を逃すまいとバッサバッサと敵を薙ぎ払う。
イワレビコもやっと矢を放ち、ナガスネビコが乗っていた馬を一発で仕留める。こうして勢いの増した久米兵は一気にナガスネビコの軍を制圧することに成功した。
オオクメはナガスネビコを捕らえると、イワレビコの前に差し出す。
オオクメ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 旦那、トドメやります?
イワレビコ
あぁ。
イワレビコが自分の前にひざまづいたナガスネビコの首に剣を当てた。
ナガスネビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・
ついに兄の仇を取る時が来たのだ。
イワレビコ
ナガスネビコさん、何か言い残すことがあれば聞くが?
ナガスネビコ
・ ・ ・ ・ ・ あの金のトビ・ ・ ・ ・ ・ ・ 貴殿は天つ神の御子と言っていたが、偽りは無いのか?
イワレビコ
あぁ、オレは天照大神の御子だ。正確に言えば5代孫だけどな。
ナガスネビコ
・ ・ ・ ・ ・ しかし我が主、ニギハヤヒ様も天つ神の御子なのだ ・ ・ ・ 。なぜ高天原は2人も御子を降ろしたのだ?どうしても納得がいかない。
イワレビコ
は?天つ神の御子?? ・ ・ ・ 本当か?そんなの初耳だぞ。
イワレビコは、思わず剣を引く。高天原から降りて来たのは、自分達だけだと聞いている。
ナガスネビコ
ニギハヤヒ様は
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
ナガスネビコ
我はニギハヤヒ様こそが天下を治めるべき人物だと考えている。先ほどのトビには目を疑ったが、所詮はまやかし。やはり貴殿は偽の天つ神ではないのか。
イワレビコ
参ったな ・ ・ ・ ・ ・ ・ 兄貴の仇が天つ神の部下かよ ・ ・ ・
ナガスネビコ
・ ・ ・ あやつもニセモノだったのだ。
イワレビコ
はぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ナガスネビコさん、顔を上げてもらえないか。
顔を上げたナガスネビコは、騙されてたまるものかと言わんばかりの表情でこちらを睨みつける。イワレビコは、自分の矢の入った
イワレビコ
これは、
ナガスネビコ
なっ ・ ・ ・ これは ・ ・ ・ ・ ・ ・ 確かに、地上のものではない ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ですな。
イワレビコ
これで信じてもらえるか?
ナガスネビコはやっと信じることができた様子で、急に態度を改め平伏した。
ナガスネビコ
これは ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ 大変なご無礼を ・ ・ ・ !!
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ あんたはあの時、アマテラスの御子を殺したんだよ。
イワレビコがまた首に剣をかける。
ナガスネビコ
はっ ・ ・ ・ しかし ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
何だよ、まだ信じられないのか?
ナガスネビコ
いえ、しかし ・ ・ ・ ・
負けた身で恐縮ではございますが、一度戻らせていただけないでしょうか? ・ ・ ・ ・ ニギハヤヒ様にご報告がしたい。
ナガスネビコは、困惑した表情でイワレビコに頭を下げた。
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
イワレビコ
・ ・ ・ わかった。いいだろう。
オオクメ
はぁっ!?いいのかよ??
という顔でオオクメに睨まれたが無視する。
ナガスネビコ
ありがとうございますっ!
ナガスネビコは深く頭を下げると、ニギハヤヒの宮殿へと戻って行った。
オオクメ
なんだよ、旦那!!さっさと殺っちまえばよかったのに。本当に返してよかったんすか??
オオクメ
・ ・ ・ イツセ様の仇じゃないっすか ・ ・ ・
イワレビコ
あぁ ・ ・ ・ ・ ・ ・ だが、その天つ神とやらが何者なのか気になる。今日は野営に戻ろう。
ここまで付いてきてくれた仲間たちに
イワレビコ
ナガスネビコさん、悪気は無さそうだったし ・ ・ ・ ・
とは言えなかった。
戦には勝ったものの、ナガスネビコの首を取れなかった久米兵はどうも煮え切らないまま、トボトボと野営へ戻った。